表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

白塩化の残滓

 翌朝、ライネルと葛葉は森を抜け、かつての村へと戻ってきた。

昨夜より幾分か顔色の良くなった葛葉は、歩きながら煙管をくわえる。


「ふう……やっと人心地だ」

その先端に、何もしていないのに赤い火がぽっと燻り始めた。


ライネルはぎょっとして足を止める。

「……今の、どうやったんですか? あなたは魔法使いなんですか」


 ライネルの胸には動揺が広がっていた。

魔法使い――それは世間において、ごく一部の才ある者だけがなれる特別な職種だ。

 生まれながらの資質を持ち、長年の修練を積んで初めて、火や水といった術を操ることができる。

村人の彼からすれば、まるで遠い世界の存在。

その力を目の前の男が、何の気負いもなく示したのだ。


葛葉は薄く笑い、紫煙を吐く。

「魔法使い? そんな大層なもんじゃねえよ。火は狐の得意分野だ。……ま、俺にできるのはせいぜい火種を作るくらいのもんだけどな」


軽く肩をすくめて見せるその仕草に、ライネルは疑問と戸惑いをないまぜにしたまま、再び歩みを進めた。

やがて二人の目の前に、白塩化の残滓に覆われた村が姿を現す。



朝靄の残る中、集落は不気味な静けさに包まれていた。

人の声も、家畜の鳴き声もない。ただ乾いた風が吹き抜け、白い粉を巻き上げる。


家々の戸は半ば開きっぱなしになっていた。

覗き込めば、そこにあるのは「死」よりもむしろ「止まった生活」だった。


竈の上には黒く冷えきった鍋があり、汁は干上がり、鍋肌には白い粉がびっしりとこびりついている。

土間には脱ぎ捨てられた靴。床板には粉が降り積もり、足跡の形だけが薄く残っていた。

織機には布が半ば織りかけのまま残り、糸巻きが転がり落ちて白い粉にまみれている。


寝室には布団の上で硬化した夫婦が並び、白く乾いた手が互いを求めるように伸びていた。

奥の部屋では、木の玩具を抱いたまま動かなくなった子供の姿があった。


どの家も同じだった。

人々は少しずつ衰え、動けなくなり、最後には横たわりながら白く乾いていった。

風が吹けば表面から細かな粉が剝がれ、静かな雪のように床や土間に降り積もっていく。




ライネルは何も言えなかった。

村が滅んだ現実を前に、言葉を紡ぐことすらできない。


葛葉はしばらく無言で見回していたが、やがて煙管を指で弾き、深く煙を吐いた。


「……なるほどな」

その声は先程までのの軽さを欠き、妙に低かった。

「これは病なんかじゃねえ。理が歪んでやがる」


ライネルは顔を上げる。

「理……?」


「この世界を巡る流れだ。命を育て、死へと還す筋道。

 本来なら土に還るはずの命が、途中で止められてやがる。

 流れが詰まっちまったんだな、龍脈の」


ライネルは首を捻った。

聞き慣れぬ言葉、理解できぬ理屈。

ただ、この光景が異常であることだけは、痛いほど分かる。


「……よく分からない」

それだけを呟いた。


葛葉は肩をすくめ、紫煙を吐きながら言った。

「だろうな。俺だって迷い込んでなきゃ気づかなかった。……まあ、ぼちぼち教えてやるさ」



 風が吹き抜け、粉がまた舞い上がった。

白く乾いた残骸ばかりの集落を背に、ライネルと葛葉は歩き出した。

その異様な光景は、静かに遠ざかりながらも、ライネルの胸に重く刻み込まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ