地瓊壺
宿場町の商店街は夜になっても賑わっていた。
三人は干し肉や乾パン、木の実などを買い込み、袋を抱えて歩いていた。
「……これだけあれば三日は持ちますね」
ライネルが袋を確認しながら言う。
ネリンは布袋を抱え、頷いた。
「足りなければ森で補えば良いけれど、最低限は確保できました」
葛葉は紫煙を吐き、にやりと笑った。
「腹が減っちゃ戦にならねぇしな。ま、買えるうちに買っとくもんだ」
⸻
ふと、路地裏に妙な気配を感じて葛葉が足を止めた。
「……ちょいと寄り道だ」
彼が入っていくと、そこだけ草木が濃く繁り、小動物まで集まっている。
周囲より空気が澄んで、命の息吹が溢れていた。
葛葉は煙管を外し、目を細める。
「この世界に来てから、よく見るな。
本来、滅多にお目にかかれねぇ代物なんだが……酒の補充には困らねぇ」
懐から徳利を取り出し、軽く振ってみせる。
ネリンが目を細め、真剣な声で問いかけた。
「……それは? 龍脈の気配が確かにそこから……」
葛葉は杯に注ぎ、紫煙を吐いた。
「……そういえば気になってたな。
ちょっと呑んでみるか? 精霊使いのお前なら、どうなるか気になる」
ライネルが慌てて声を上げる。
「えっ……それ飲んで平気なんですか?」
「まあ、お神酒の一種だ。害はねぇよ
ちょっと目が良くなるくらいだ」
葛葉は飄々とした口調で言い、杯を差し出す。
ネリンは少し迷ったが、やがて杯を受け取った。
「……分かりました。試してみます」
⸻
酒を口にした瞬間、ネリンの頬に熱が差し、胸の奥に脈打つような感覚が走った。
「……ああ……確かに……」
葛葉が地面を指さす。
「ここをよく見ろ。
地の下の、更に下……生命の根源が流れてるのが見えるはずだ」
ネリンは石畳の割れ目を凝視し、目を細める。
するとただの地面の下に、言葉にできない“流れ”を感じ取った。
森の精霊の声とも違う、もっと根源的なうねり。
「……これは……なに……」
その声は小さく震えていた。
やがて感覚はふっと途切れ、彼女は軽く息を吐いた。
「……体が少し軽くなった気がします。けれど、ほんの一瞬だけでした」
葛葉は鼻で笑い、杯を取り戻す。
「あれが龍脈だ。言葉では知ってても、見るのは初めてだろう」
ネリンは苦笑しつつも、瞳に興味の光を宿した。
「……確かに不思議な体験でした。忘れられそうにありません」
⸻
その様子を見ていたライネルが、羨ましそうに口を尖らせる。
「いいなー……僕も飲んでみたい」
葛葉は即座に鼻で笑った。
「はぁ? お前ガキだろ。まだ早ぇよ」
「えっ、ちょっとくらい……」
食い下がるライネルに、葛葉は紫煙を吐きながら肩を竦める。
「駄目だ。この国じゃ知らねぇが、俺の国じゃ二十歳未満は酒も煙草も禁止だ。」
「……ずるい」
ライネルは不満げに唇を尖らせ、ネリンは苦笑した。
葛葉は徳利を懐に戻し、にやりと笑った。
「旅が長引きゃ嫌でも呑める歳になるさ」
葛葉は徳利を取り出し、石畳の割れ目にかざした。
「……まあいい。せっかくだ、補充させてもらうか」
外から見れば何も起きていない。だが葛葉の手には、じわりと力が滲み上がり、徳利の底から満ちてくる感覚が伝わっていた。
やがて重みが戻り、彼は軽く揺らして満足げに笑う。
「こうすると、中に滲んでくるんだ。龍脈の流れを器で受け止めるわけよ」
ネリンが目を丸くして身を乗り出す。
「えっ……そんな簡単にできるんですか!?」
葛葉は鼻で笑い、紫煙を吐いた。
「簡単に見えるだけだ。普通の器じゃ、龍脈の力は掬えねぇ」
徳利を軽く掲げ、指先で叩く。
「これは地瓊壺っていう神物の分体だ。本体は根源そのものらしい。
――上司が、妙なコレクションしててな。
今は、まぁ、俺の手元にある」
ネリンは息を呑み、徳利を凝視する。
「つまりは根源の欠片……。そんなものが現実に……」
ライネルは不思議そうに二人を見比べた。
彼には何のことやら理解できなかったが、葛葉の手にある徳利が只の道具ではないことだけは察せられた。
葛葉は懐にしまい込み、肩を竦める。
「ま、便利な代物だろ?」
葛葉は紫煙を吐き、徳利を懐に戻す。
「……さて、夜風に当たるのもこれくらいでいいか。宿に戻ろうぜ」
ネリンはまだ驚きの余韻を残したまま小さく頷き、ライネルは不思議そうにそのやり取りを眺めていた。
三人は路地を抜け、再び宿場町の明かりの中へ歩を進める。
人々のざわめきが遠ざかるにつれ、夜は静かに深まっていった。
やがて宿に着き、それぞれの荷を整える。
干し肉と乾パン、木の実。ささやかながら明日の糧を抱え、三人は床に就いた。
――夜が明ければ、また森だ。
白塩の狼の痕跡が、彼らを呼んでいる。




