精霊のような気配
翌朝。宿場町の外れには、まだ朝靄が立ち込めていた。
吐く息は白く、夜の冷気が地面に残っている。
エルフはすでに支度を整え、静かに二人を待っていた。
葛葉は欠伸を噛み殺しながら歩いてくる。
「……眠そうですね」
ライネルが声を掛けると、葛葉は煙管をくわえて肩を竦めた。
「酒は寝酒にゃちょうどいいんだよ。目ぇ覚ますのは煙草の役目さ」
「……元気なのか不健康なのか分からない人ですね」
「どっちでも、死ぬまで動けりゃ十分だろ」
ライネルが苦笑するのを横目に、エルフは「出発します」とだけ告げて歩き出した。
⸻
川沿いの森を進む道中、しばらく沈黙が続いた。
やがてライネルが口を開く。
「……精霊って、どうやって見えるんですか?」
「見えるのではありません。“感じる”のです」
エルフは足を止めずに答える。
「けれど、それも誰にでもできることではありません。精霊を感じられるかどうかは、その人との親和次第。精霊が心を開かねば、何も感じ取れません」
ライネルは感心したように頷いた。
「なるほど……選ばれた人にしか、見えないものなんですね」
エルフがふと葛葉に視線を向ける。
「……あなたから、少し妙な気配を感じます」
葛葉は鼻で笑い、紫煙を吐いた。
「妙な、ねぇ。狐の匂いでもしたか?」
「いいえ……精霊のような波を帯びているんです」
エルフは歩みを緩め、しばし葛葉を見つめた。
「あなたの中に、精霊と似た“流れ”がある。けれど、どの属性にも当てはまらない」
葛葉はにやりと笑った。
「そりゃ結構。俺はどこに行っても異端らしいからな」
ライネルは二人を見比べ、口を開きかけて閉じた。
妙な緊張が漂う中、三人は森の奥へと歩を進めていった。
⸻
やがて森を抜けると、小さな集落の跡が広がっていた。
崩れた石垣、草に覆われた土台。人が暮らしていた痕跡だけが残っている。
しかし、その草むらの一角は白く濁り、粉を吹いて崩れかけていた。
触れなくても分かる。そこだけ空気がざらつき、肌を刺すような冷たさを帯びている。
ライネルの足が止まる。
「……僕の村と同じだ」
エルフは無言で杖を握り直し、ゆっくりと結晶化した地面に膝をついた。
淡い光が杖の先に宿り、周囲の空気が澄んでいく。
「ここも、流れが乱れています」
葛葉は鼻を鳴らし、吐き出した紫煙を漂わせた。
「……匂いが死んでるな。生き物の気配がどこにもねぇ」
エルフは目を閉じ、耳を澄ますようにして囁いた。
「精霊たちが怯えています。……この先に、源があります」
ライネルは拳を握りしめ、葛葉の方を見た。
「行きましょう」
葛葉は煙管を口にくわえ、紫煙を吐き出した。
「……あんま面倒だと困るんだけどなぁ」
⸻
森の奥へ進むにつれ、空気はさらに重く淀んでいった。
木々の幹は白く結晶化し、触れずとも砕けそうなほど脆い。
川の水面まで白く濁り、流れが鈍く揺らいでいる。
エルフは足を止め、低く囁いた。
「……精霊たちが怯えています。“これ以上は近づくな”と」
それでも三人は進んだ。
やがて開けた場所に出る。
そこには白塩化が凝縮したような塊があった。
結晶の瘤のように地面から盛り上がり、微かに震えている。
周囲の空気は歪み、光さえ滲んで見えた。
ライネルは蒼ざめた顔で呟いた。
「……これが、白塩の……?」
エルフは視線を逸らさず、静かに答える。
「ええ。精霊たちは恐れている。ここが“源”であることに間違いはないでしょう」
葛葉は紫煙を吐き、肩を竦めた。
「ふぅん……面倒どころじゃなさそうだな」
白い結晶の塊は、音もなく膨らみ続けていた。




