毒のようなもの
「……これは毒のようなものです」
エルフは静かに杖を握り直し、真剣な眼差しを葛葉へ向けた。
「触れれば広がり、抗えば抗うほど命を蝕む。余り関わらない方が良いでしょう」
葛葉は唇の端を吊り上げ、紫煙を吐いた。
「そう言われると余計に気になるな」
軽く片肩を竦めて笑うが、目の奥には冷たい光が宿っている。
「ま、依頼を済ませりゃ帰るだけだ。深入りは御免だぜ」
エルフはわずかに目を伏せ、群生地を見渡した。
「……そうですか。では、私はこの辺りの調査を続けます。どうかお気をつけて」
「お互いにな」
葛葉は軽く手を振り、踵を返した。紫煙が風に溶け、背を押すように揺らいでいく。
⸻
森を後にし、二人は川沿いの道を歩いていた。
昼の光は穏やかだったが、どこか肌の奥にざらりとした違和感が残っている。
水面を流れる泡が、どれも白く濁って見えた。
「……葛葉さん、どうしてあんなに白塩化にこだわるんです?」
ライネルがふいに問う。
葛葉は煙管をくわえ、少しだけ歩調を緩める。
「こだわってるように見えたか?」
一拍ののち、短く笑い、煙を吐いた。
「俺は依頼さえ済ませりゃ帰るつもりだ。ただな……」
風が川面を逆撫でした。
紫煙が一瞬途切れ、葛葉の横顔が光に晒される。
「――俺は、この世界の人間じゃねぇ。気づいたらここにいてな。……だから帰り道を探してる。
で、その原因に“白塩化”が絡んでる気がしてる」
ライネルは息を呑んだ。
「別の……世界から?」
「信じるかどうかは勝手にしろ」
葛葉は淡々と告げ、煙を吐いた。その声には、寂しさとも諦めともつかぬ静けさが混じっていた。
ライネルは拳を握りしめ、低く呟く。
「……俺の村は、白塩化に呑まれて滅びました。家も仲間も、全部……」
声がわずかに震えた。だが、彼は顔を上げる。
「だから、もう自分と同じ思いをする人を作りたくないんです。もし白塩化をどうにかできるなら……俺も協力したい」
葛葉はしばらく無言で歩き、やがて鼻を鳴らした。
「なるほどな。そういうこったら、誰にも止められねぇわな」
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やがて、川岸の草むらに白い粉を吹いた一角が見えてきた。
アイスブルーメの花弁が濁り、茎がざらりと崩れ落ちている。
風が吹くたびに、粉が舞い、川沿いの空気をざらつかせた。
葛葉はしゃがみ込み、白い茎を指先で弾く。
「……ちっ、どこにでも顔を出しやがる」
紫煙を吐きながら、ライネルを振り返った。
「さっきも言ったが、俺はこの世界の理が分からん。白塩化ってやつも、色々教えてくれや」
ライネルは苦笑して首を振った。
「……僕も詳しくは知りません。初めて見たのは、村が呑まれた時でした。その時は、ただ逃げるしかなかった」
葛葉は目を細め、肩を竦める。
「なるほどな。じゃあ二人して、これから学ぶしかねぇってわけだ」
「……でも、僕たちより詳しい人ならいます。――さっきの精霊使いの方に聞くのが早いでしょう」
葛葉はにやりと笑い、煙管を弾いた。
「どうします? 戻りますか?」
ライネルが問うと、葛葉は肩を竦めた。
「いや、もう遅ぇ。ギルドで待つ方が確実だろ」
「……そうですね」
ライネルは頷き、二人は再び歩き出した。
⸻
宿場町に戻るころには、陽は落ちていた。
依頼の報酬を受け取った葛葉は、その足でギルドの酒場に腰を落ち着けていた。
「金が入りゃ、まずは一杯だな」
杯を傾け、苦味を楽しむように喉を鳴らす。紫煙が燭火に揺れ、騒がしいホールの空気と混じり合った。
ライネルは隣で水を頼み、落ち着かぬ様子で周囲を見回している。
「……本当に、ここで会えるんでしょうか」
「来るさ。調査報告はギルドの仕事だろ。それに来なきゃ来ないで、大して困りゃしねぇ」
葛葉が肩を竦めたその時、扉が軋んで開いた。
夜風に揺れる金糸の髪。淡い光をまとった精霊使いが姿を現す。
場の空気がわずかに澄み、冒険者たちの視線が自然と逸れた。
エルフは二人を見止め、静かに歩み寄ってくる。
「……また、お会いしましたね」
葛葉は杯を置き、にやりと笑った。
「おう、無事で何よりだ。で、何か珍しいもんはあったか?」
エルフは首を横に振り、淡々と答える。
「白塩化の広がりを抑えるのが精一杯でした。残念ながら、決定的な手掛かりは見つかっていません」
その頬には灰がついており、彼女は拭おうともしなかった。
ライネルは目を見開き、小さく息を吐く。
「……それでも、本当に戻るんですね。枯れかけていた花が」
「一時のことです。根を断たねば、また広がるでしょう」
彼女の声音は淡々としていたが、杖を握る手はわずかに震えていた。
葛葉は薄く笑い、煙管を弾く。
「だろうな。――なら、その調査に俺らを使ってくれねぇか?」
エルフは少し眉を寄せた。
「……なぜ、あなた方が? 危険に踏み込む理由はないはずです」
「理由なんざ単純だ。俺らも白塩化には困らされててな。あの辺りの状況については、あんたより詳しい」
そう言って、指先から薄い煙を伸ばす。
煙は蛇のように枝へ絡み、刃や鎖の形をとって揺らめいた。
「それに、こんな芸当もできる。少しは役に立つと思うぜ?」
エルフは目を細め、しばし沈黙した。
やがて短く頷き、淡く光る杖を胸に抱く。




