表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

毒のようなもの

「……これは毒のようなものです」

エルフは静かに杖を握り直し、真剣な眼差しを葛葉へ向けた。

「触れれば広がり、抗えば抗うほど命を蝕む。余り関わらない方が良いでしょう」


葛葉は唇の端を吊り上げ、紫煙を吐いた。

「そう言われると余計に気になるな」

軽く片肩を竦めて笑うが、目の奥には冷たい光が宿っている。

「ま、依頼を済ませりゃ帰るだけだ。深入りは御免だぜ」


エルフはわずかに目を伏せ、群生地を見渡した。

「……そうですか。では、私はこの辺りの調査を続けます。どうかお気をつけて」


「お互いにな」

葛葉は軽く手を振り、踵を返した。紫煙が風に溶け、背を押すように揺らいでいく。



森を後にし、二人は川沿いの道を歩いていた。

昼の光は穏やかだったが、どこか肌の奥にざらりとした違和感が残っている。

水面を流れる泡が、どれも白く濁って見えた。


「……葛葉さん、どうしてあんなに白塩化にこだわるんです?」

ライネルがふいに問う。


葛葉は煙管をくわえ、少しだけ歩調を緩める。

「こだわってるように見えたか?」

一拍ののち、短く笑い、煙を吐いた。

「俺は依頼さえ済ませりゃ帰るつもりだ。ただな……」


風が川面を逆撫でした。

紫煙が一瞬途切れ、葛葉の横顔が光に晒される。


「――俺は、この世界の人間じゃねぇ。気づいたらここにいてな。……だから帰り道を探してる。

 で、その原因に“白塩化”が絡んでる気がしてる」


ライネルは息を呑んだ。

「別の……世界から?」


「信じるかどうかは勝手にしろ」

葛葉は淡々と告げ、煙を吐いた。その声には、寂しさとも諦めともつかぬ静けさが混じっていた。


ライネルは拳を握りしめ、低く呟く。

「……俺の村は、白塩化に呑まれて滅びました。家も仲間も、全部……」

声がわずかに震えた。だが、彼は顔を上げる。

「だから、もう自分と同じ思いをする人を作りたくないんです。もし白塩化をどうにかできるなら……俺も協力したい」


葛葉はしばらく無言で歩き、やがて鼻を鳴らした。

「なるほどな。そういうこったら、誰にも止められねぇわな」



やがて、川岸の草むらに白い粉を吹いた一角が見えてきた。

アイスブルーメの花弁が濁り、茎がざらりと崩れ落ちている。

風が吹くたびに、粉が舞い、川沿いの空気をざらつかせた。


葛葉はしゃがみ込み、白い茎を指先で弾く。

「……ちっ、どこにでも顔を出しやがる」

紫煙を吐きながら、ライネルを振り返った。

「さっきも言ったが、俺はこの世界の理が分からん。白塩化ってやつも、色々教えてくれや」


ライネルは苦笑して首を振った。

「……僕も詳しくは知りません。初めて見たのは、村が呑まれた時でした。その時は、ただ逃げるしかなかった」


葛葉は目を細め、肩を竦める。

「なるほどな。じゃあ二人して、これから学ぶしかねぇってわけだ」


「……でも、僕たちより詳しい人ならいます。――さっきの精霊使いの方に聞くのが早いでしょう」


葛葉はにやりと笑い、煙管を弾いた。

「どうします? 戻りますか?」


ライネルが問うと、葛葉は肩を竦めた。

「いや、もう遅ぇ。ギルドで待つ方が確実だろ」


「……そうですね」

ライネルは頷き、二人は再び歩き出した。



宿場町に戻るころには、陽は落ちていた。

依頼の報酬を受け取った葛葉は、その足でギルドの酒場に腰を落ち着けていた。


「金が入りゃ、まずは一杯だな」

杯を傾け、苦味を楽しむように喉を鳴らす。紫煙が燭火に揺れ、騒がしいホールの空気と混じり合った。

ライネルは隣で水を頼み、落ち着かぬ様子で周囲を見回している。


「……本当に、ここで会えるんでしょうか」

「来るさ。調査報告はギルドの仕事だろ。それに来なきゃ来ないで、大して困りゃしねぇ」


葛葉が肩を竦めたその時、扉が軋んで開いた。

夜風に揺れる金糸の髪。淡い光をまとった精霊使いが姿を現す。

場の空気がわずかに澄み、冒険者たちの視線が自然と逸れた。


エルフは二人を見止め、静かに歩み寄ってくる。

「……また、お会いしましたね」


葛葉は杯を置き、にやりと笑った。

「おう、無事で何よりだ。で、何か珍しいもんはあったか?」


エルフは首を横に振り、淡々と答える。

「白塩化の広がりを抑えるのが精一杯でした。残念ながら、決定的な手掛かりは見つかっていません」

その頬には灰がついており、彼女は拭おうともしなかった。


ライネルは目を見開き、小さく息を吐く。

「……それでも、本当に戻るんですね。枯れかけていた花が」


「一時のことです。根を断たねば、また広がるでしょう」

彼女の声音は淡々としていたが、杖を握る手はわずかに震えていた。


葛葉は薄く笑い、煙管を弾く。

「だろうな。――なら、その調査に俺らを使ってくれねぇか?」


エルフは少し眉を寄せた。

「……なぜ、あなた方が? 危険に踏み込む理由はないはずです」


「理由なんざ単純だ。俺らも白塩化には困らされててな。あの辺りの状況については、あんたより詳しい」

そう言って、指先から薄い煙を伸ばす。

煙は蛇のように枝へ絡み、刃や鎖の形をとって揺らめいた。


「それに、こんな芸当もできる。少しは役に立つと思うぜ?」


エルフは目を細め、しばし沈黙した。

やがて短く頷き、淡く光る杖を胸に抱く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ