白塩の調査人
翌日、ライネルと葛葉は川沿いの森を歩いていた。
木々の間から差し込む陽光はやわらかく、前に訪れた森とは違って鳥の声も聞こえる。
それでも空気の底には、どこかざらついた違和感が潜んでいた。
「なあ、今朝の……あの女」
葛葉が煙管をくわえ、紫煙を吐きながら言った。
「妙に澄んだ気配をまとってたな。なんなんだ、ありゃ?」
ライネルは少し考え込み、答える。
「精霊使いですよ。精霊と契約して力を借りる、特別な職だって聞きました」
「精霊使い、ね」
葛葉は口の端を歪め、紫煙をもう一度吐いた。
「お仲間かと思ったが……似て非なるか」
「……お仲間というのは?」
「生まれつき術を持ってる連中のことだ。魔法とは少し違う。
あいつらは“龍脈”に近い場所に立ってやがる」
「理の側、ってやつですか」
「まあ、そんなもんだ。――近い奴ほど、自由がねぇ」
葛葉は笑いながらも、どこか遠い目をしていた。
⸻
やがて木々が途切れ、川沿いに広がる花畑が現れた。
アイスブルーメ――青白く輝く花々が一面に咲き誇り、川風に揺らめいている。
「これが……アイスブルーメか」
ライネルは感嘆の声を漏らした。
「へぇ、洒落てるじゃねえか。酒に漬けたら旨そうだ」
「……真面目にやってください」
ライネルは苦笑しながら籠を取り出し、花を摘み始めた。
しかし、群生地の一角だけが不自然に白く変質していた。
花弁は萎れ、茎は粉を吹き、触れればざらりと崩れ落ちる。
「……白塩化」
ライネルが息を呑む。
葛葉はしゃがみ込み、白くなった茎を指で弾いた。
「だな。理がよじれてやがる」
⸻
「やはり……ここもか」
澄んだ声が背後から響いた。
振り返ると、昨日ギルドで見かけたエルフの女が立っていた。
金糸の髪を背に流し、杖を携えたその姿には淡い光がまとわりついている。
彼女が歩み寄るたび、森のざわめきが一瞬だけ息を潜めた。
「精霊使いの嬢ちゃんか」
葛葉は紫煙を吐き、目を細める。
エルフの瞳がまっすぐに彼を射抜いた。
「……失礼ですが、あなたは――人、ですか?」
葛葉は笑って受け流した。
「人かって? さてな」
その笑みの裏に、わずかな棘があった。
エルフは首を傾げ、杖を握り直す。
「精霊たちが囁いています。“仲間……?”と。あなたの気配を、不思議がっているのです」
葛葉は片眉を上げ、しばらく黙った。
紫煙がふわりと舞い、淡い陽を乱す。
「……多分、違うな」
その声は軽かったが、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。
ライネルは二人を交互に見ながら、息を呑む。
目の前の会話が、自分の知らない層で交わされているような気がした。
⸻
エルフは視線を群生地に戻し、静かに息を吐いた。
「……とりあえず、ここら一帯の歪みを和らげましょう」
「直せるのか?」
葛葉の問いに、彼女はかぶりを振る。
「完全には。精霊たちの力を借りれば、進行を抑えることはできますが――
根を断つには至りません」
「だろうな」
葛葉はそう言い、煙管を軽く叩いた。
⸻
彼女が目を閉じると、空気が澄み、光の粒が舞い始めた。
川面が揺らぎ、白く枯れかけた花々に淡い輝きが降り注ぐ。
崩れかけた茎がわずかに張りを取り戻し、粉の流れが静まっていく。
ライネルは思わず息を呑んだ。
「……治った……?」
その声には驚きよりも、ほっとした響きが混じっていた。
葛葉は紫煙を吐きながら、淡々と呟く。
「歪みを押さえつけてるだけだな」
エルフは杖を下ろし、静かに風へ耳を澄ませた。
「……この森は、しばらくは持ちこたえるでしょう。早く原因を見つけなければ」
白く濁っていた空気がわずかに澄み、重苦しさが和らいでいく。
ライネルは胸いっぱいに空気を吸い込み、安堵を覚えた。
一方で、葛葉の瞳は冷静に揺れていた。
「……原因の究明、ね」
紫煙の奥で細められた視線が、淡い光をまとった女へ向かう。
「何か分かっているのかい?」
エルフはその言葉に眉を寄せ、静かに言い返した。
「あまり好奇心で踏み込むべきではありません。危ない目に合いますよ」
「へぇ……それは怖い話だ」
葛葉は笑い、煙を吐いた。
二人の間を、風が抜けていく。
白い花弁が散り、陽光がそれを透かして揺れていた。




