夜道と朝
夜道と朝の邂逅
酒場を出ると、喧騒が嘘のように遠のき、夜の冷えた空気が肌を撫でた。
石畳には月明かりが差し、遠くで犬の吠える声が響く。
二人は肩を並べて歩いていたが、しばし沈黙が続いた。
やがてライネルが口を開く。
「……さっき言ってた“家に帰りたい”っていうの、どういうことなんですか?」
葛葉は煙管をくわえたまま笑みを浮かべ、紫煙を吐き出した。
「大した話じゃねぇよ。ただ、ちょっと遠いだけだ」
「遠い?」
「ま、気にすんな。坊主が想像してるより、よっぽど遠いところさ」
それ以上を語る気はないらしく、葛葉は軽く肩をすくめた。
ライネルは追及できず、黙り込むしかなかった。
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その時、葛葉がふと思い出したように口を開く。
「……あ、そういや思い出した。坊主、お前、魔法ってどう思う?」
唐突な問いにライネルは目を瞬かせる。
「どうって……ごく一部の人しか使えない、特別な力だと」
「やっぱそんな感じなのか。俺の国でも似たような扱いだったさ。呪文唱えて火や水を出す――そんな芸当だろ?」
葛葉は煙を吐きながら笑った。
「俺は魔法使いじゃねえし、妖術は別物だ。けど……」
言葉を切り、ライネルを横目で見た。
「さっき初めて魔法を見たからな。……今まで気づかなかったが、坊主の身に流れてる力を見りゃ分かる。
魔法の素養がある。間違いねぇ」
ライネルは思わず足を止め、胸に手を当てた。
「僕に……そんな力が……」
葛葉は肩をすくめ、軽く笑った。
「この世界の力の使い方は、なんか独特だからよ。まあ、追々わかるさ」
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翌朝。
二人は再びギルドを訪れた。
木造の扉を押し開けた瞬間、葛葉の足が止まる。
人の群れの奥に立つ、一人のエルフ。
金糸のような髪を背に流し、細身の杖を携えた女。
その周囲の空気は澄み、淡い光が揺らめいている。
「……お仲間か?」
低く呟いた声は、坊主にしか届かなかった。
「仲間って……誰の?」
ライネルが首をかしげると、葛葉は紫煙を吐き出して、にやりと笑う。
「世界の理に近いもんだ」
エルフは彼らに気づくことなく、依頼書を一枚抜き取り、受付へと向かっていった。
葛葉の視線だけが、最後までその背を追っていた。
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「さて、俺たちの番だな」
ライネルが掲示板から依頼書を抜き取る。
「薬草の追加採取です。昨日とは違う森みたいです」
葛葉は露骨に顔をしかめる。
「また森かよ……虫に刺されんのは御免だぜ」
「収入は大事ですから」
ライネルは諭すように言い、依頼票を受付に差し出した。
受付嬢が受理し、にこやかに説明する。
「採取対象は《アイスブルーメ》です。川沿いに群生地がありますので、場所はこちらに」
そう言って地図を広げ、目印を示す。
葛葉は字が読めず、ライネルの説明を横で聞きながら、ぶつぶつと煙を吐いた。
「ほんっと、字ってやつは面倒だな。坊主がいなきゃ詰んでるわ」
ライネルは苦笑しながらも、しっかり地図を写し取る。
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こうして二人は、新たな依頼を抱えながら、
朝の光に溶けるようにギルドを後にした。




