覗く目
戦いの終わった森には、血の匂いと焦げた煙が漂っていた。
ライネルはまだ木の棒を握りしめ、肩で荒い息をついている。
体中が強張り、喉は焼けつくように乾いていた。
その隣で、葛葉は煙管をくわえ、何事もなかったかのように紫煙を吐いていた。
「いやあ……助かったな。正直、もう面倒くさくなってたとこだ」
「怪我はないか?」
声をかけてきたのは、先ほど先陣を切った剣士だった。
汗を拭いながらも、その眼差しは真っ直ぐで揺るぎない。
隣で大盾を担ぐ大柄な男が、無言のままこちらを一瞥し、こくりと頷く。
言葉は少ないが、その仕草に“安堵”が滲んでいた。
杖を手にした女魔法使いは、じっと葛葉を観察していた。
「……さっきの、あれ。人影が現れて消えたり、あなた自身が霞のように消えたりしていました。
あれは何の術ですか?」
フランの声は穏やかだった。
その瞳には恐れも侮りもなく、ただ“理を知ろうとする光”が宿っていた。
――けれど、その光は、煙の奥の“仕掛け”を覗き込もうとするものでもあった。
葛葉はその視線を受け止め、わずかに笑みを歪める。
次の瞬間、目を逸らし、軽く鼻を鳴らした。
「ただの戯れさ。……深く考えるもんじゃねえよ」
紫煙がふわりと流れ、蝶や花の形をとって舞う。
だが、葛葉はその光景を楽しむでもなく、眺めもしなかった。
フランが手を伸ばすより早く、煙は風に散り、跡形もなく消える。
「ま、遊びみたいなもんさ」
そう言い捨て、葛葉はもう前を向いていた。
その背には、何かを遠ざけるような静けさがあった。
フランは短く息を呑み、言葉を飲み込む。
彼の背を見つめながら、胸の奥に小さな疑問を残した。
――あの男は、何を隠しているのだろうか。
⸻
「俺はハリス。剣士だ」
リーダー格の男が胸を張り、仲間を順に示す。
「こっちは大盾持ちのジャン。寡黙だが腕は確かだ。
後ろの魔法使いがフラン。頼りになるぜ」
ライネルは姿勢を正し、深く頭を下げた。
「ライネルです。村を出てきたばかりで……冒険者として生きていこうと思っています」
ハリスの視線が、ライネルの抱えた籠に移る。
中には白露草がぎっしり詰まっていた。
「なるほど。薬草採取の依頼か。新人ってとこだな」
ライネルは少し顔を赤らめて頷く。
「ええ、今日が初めての依頼です」
ハリスは口元に笑みを浮かべ、ライネルの肩を軽く叩いた。
「運は悪かったが、結果的にはいい出会いだったな」
フランも穏やかに微笑んで言葉を添える。
「町へ戻る途中ですし、ご一緒しましょう。新人を放ってはおけませんから」
「助かります」
ライネルは深々と頭を下げた。
葛葉は隣で紫煙を吐き、肩をすくめる。
「こりゃ心強いこった」
⸻
こうして二組は連れ立って森を抜けた。
日はすでに傾き、木々の間から差す光は赤く染まっている。
草を踏みしめる音と、籠の中で揺れる薬草の葉擦れだけが耳に残った。
ジャンが先頭で大盾を背負い、無言のまま警戒を続けていた。
その背中は厚く頼もしく、矢の雨の中で微動だにしなかった姿が思い出される。
ハリスは軽く剣を肩に担ぎ、振り返ってはライネルに声をかける。
「緊張は解けたか? まあ初依頼で山賊に絡まれるなんざ、運が悪いにもほどがある」
「……はい。でも、助けてもらえて本当に……」
ライネルは素直に頭を下げる。
ハリスは豪快に笑った。
「気にすんな。新人のころは誰だって危なっかしいもんさ」
フランは後方を歩きながら、ちらりと葛葉の背を見た。
風に溶ける紫煙が、まだかすかに残っている。
それは形を持たず、触れれば崩れる幻のようだった。
⸻
やがて木々の合間から石造りの町壁がのぞき始める。
夕陽に照らされたその影を見て、ライネルの胸はようやく安堵で満たされた。
こうして彼らは、新たな縁を得て、町へと戻っていった。




