再び
枝葉を裂く鋭い音が連続し、矢が次々と飛来した。
ライネルは木の陰に身を伏せ、必死に息を殺す。
一本、二本、地面に突き刺さるたびに、鼓動が跳ね上がった。
「……このままじゃ的にされる!」
声を張り上げるライネルに、葛葉は苦笑しながら肩をすくめる。
「ちと不味いな。……酔いが切れちまった」
吐き出した煙は木立や影を象ったが、矢は容易く貫き、幻を霧散させる。
「やっぱり幻か!」「効かねぇぞ!」
山賊たちの怒号が飛んだ。
頭目が前列に向けて声を張り上げる。
「近づくな! 囲んで矢で仕留めろ!」
その号令に合わせて、幾十もの弓弦が同時に鳴る。
ライネルは木の棒を握り直し、汗を流す。
「どうする……これじゃ埒があかない!」
葛葉は空を見上げ、紫煙を吐き出してにやりと笑った。
「さて、どう料理してやるかね……」
⸻
その時だった。
森の奥から、鋭い声が響く。
「おい、こっちだ! 山賊を見つけた!」
矢の雨が一瞬止み、山賊たちがざわめいた。
木立をかき分けて現れたのは、三人の冒険者だった。
先頭に立つのは鋭い眼をした若い剣士。
陽光を受けて輝く刃が、まっすぐ敵を射抜く。
「今度は俺たちが相手だ!」
そのすぐ後ろには、大盾を構えた大柄な男。
一歩ごとに土を踏みしめ、矢の前に立ちふさがる。
「前は任せろ」
低く響く声が、森の空気を震わせた。
さらに後方では、長杖を手にした女魔法使いが詠唱を始める。
風が彼女の周囲を渦巻き、淡い光が杖の先に集う。
「ちっ……余計な奴らが!」
頭目が舌打ちした。
⸻
次の瞬間、戦況は一変した。
剣士が風のように駆け、最前列の山賊を一閃。
二人がまとめて倒れ、血が地面を染める。
大盾の男はすぐに前へ出て、飛来する矢を全て受け止めた。
金属と木のぶつかる音が響き、矢は無力に地へ落ちる。
「盾の壁を突破できねぇ!」
山賊たちの声に焦りが混じる。
その背後、女魔法使いの詠唱が終わった。
杖の先から生まれた炎の矢が、木陰の敵を正確に撃ち抜く。
爆ぜる熱風が走り、男の悲鳴が森を震わせた。
葛葉はその光景を見やり、紫煙を吐きながら口端を歪める。
「へぇ……あれが“魔法”ってやつか。……陰陽師の連中が似たことをしてたな」
ライネルは横目で彼を見たが、すぐに戦場へ意識を戻した。
彼ら――冒険者たちの連携は、まるで訓練された獣のように無駄がなかった。
⸻
山賊たちは怯んだが、頭目はまだ踏みとどまっていた。
「下がるな! 三人しかいねぇ、数で押せ!」
だが、その声が響くより早く剣士が踏み込む。
大盾が前進し、木々の間を突き崩す。
魔法の炎が続き、退路を焼き塞ぐ。
悲鳴と怒号が交錯し、戦況は瞬く間に崩れ去った。
残るは頭目ただ一人。
「クソッ……!」
血走った目の男は、剣士たちではなく後方の葛葉とライネルを狙った。
「せめて人質にしてやる!」
怒声と共に突進する。
だが掴もうとした葛葉の姿は揺らぎ、手応えは空を切った。
「な、なんだと……!」
紫煙がふわりと広がり、葛葉の声がその中から響く。
「――ほらな、煙は掴めねぇ」
頭目が息を呑んだその瞬間、女魔法使いの詠唱が終わった。
杖の先から放たれた炎槍が男の胸を貫き、爆ぜる熱気が森を染める。
呻き声を上げる暇もなく、頭目は黒く焦げて沈黙した。
煙の向こうから、葛葉が再び姿を現す。
煙管をくわえ直し、軽く肩をすくめた。
「狐につままれたってやつだな」
紫煙がふわりと舞い、沈黙した森に溶けていく。
⸻
ライネルは呆然と立ち尽くしていた。
剣士たちはすでに周囲の安全を確認しており、
大盾の男が静かに剣を収める。
「怪我はないか?」
短い一言に、ライネルは小さく首を振った。
葛葉は彼らのやり取りを背に、ぼそりと呟く。
「……人間ってのは、見てりゃ飽きねぇな」
煙が薄れゆく空へ溶け、森には再び、戦いのあとの静けさが戻った。




