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煙の剣

森の奥は昼なお暗く、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりついていた。

二人は白露草を探しながら進んでいたが、どこか落ち着かない気配が漂っている。


「……やっぱり、誰かいるな」

ライネルが小声で言うと、葛葉は煙管をくわえ直し、鼻を鳴らした。

「まあ、狼よりゃマシだろ」


その言葉の直後、茂みが揺れ、数人の男たちが姿を現した。

ぼろ布をまとい、錆びた剣や棍棒を構えた山賊たちだ。目は血走り、口元にはいやらしい笑み。


「若造と旅人風情が二人、こんな森で何してやがる?」

「金目の物を置いてけ。命までは取らねえでやる」


ライネルは思わず木の棒を構え、喉を鳴らした。

葛葉は肩をすくめ、へらへら笑う。

「へえ……物取りか。残念だが、酒ぐらいしか持ってねえんだがな」



「仕方ねえな……」

葛葉は煙管を強く吸い込み、勢いよく吐き出した。

立ちのぼった煙は渦を巻き、やがて燃え盛る火球となって宙に浮かぶ。橙が木肌に踊り、森の陰影が一瞬、濃くなる。


山賊たちは一度びくりと身を引いたが、すぐに一人が目を細めた。

「……待て。熱が来ねえ。」

別の男が鼻をひくつかせる。

「焦げ臭さもしねえ。本物の火なら草が縮れるはずだ」

三人目が指で地面を示す。

「**影を見ろ。**あれだけ光ってんのに、木の影が増えちゃいねえ」


恐れが薄れ、代わりに悪意が戻る。

炎の前に躍り出た男が腕で払いにいく。

火は確かに揺らいだが、皮膚は焼けず、熱も刺さらない。

「……ちっ、偽物だ」

別の者が石を拾い、火球へ投げつけた。ごう、と見かけだけの炎が割れ、中身の煙が散った。


「やっぱり煙の見せ物か!」「ふざけやがって!」


葛葉は冷や汗を浮かべてぼやく。

「……あ、やっべ。段取り、逆にしちまった」



すぐに紫煙を吐き出すと、それは色とりどりの花びらと蝶へと姿を変え、視界を覆った。

赤や青の羽が舞い、光を反射し、山賊たちは反射的に目を覆う。


「今だ、走るぞ!」

ライネルが叫び、二人は駆け出した。


だがその声も空しく、左右と前方の茂みから新たな影が飛び出す。

粗末な槍や剣を構えた山賊たちが道を塞ぎ、じりじりと迫ってきた。

後ろを振り返れば、蝶の幻を気合いで突き抜けた連中が追いすがる。


「……囲まれてんじゃねえか」

葛葉はため息をつき、懐から徳利を取り出す。

「しゃあねぇか」


栓を外し、わずかに口をつける。透明な液体が喉を通った瞬間、葛葉の目の奥に赤い光が宿る。

吐き出した煙は重さを帯び、渦は密度を増した。森の空気が変わり、粘るような圧が肌に張りつく。


「今度こそ仕留めろ!」

一人の山賊が怒声を上げ、ナイフをライネルへ投げ放った。


「――っ!」

刃が一直線に迫る。足はすくみ、棒を握る手も震えて動かない。

どん。硬い音。

ライネルの眼前に黒鉄の盾が立ち現れ、ナイフを弾いて地面に突き立てた。

衝撃が盾を伝い、ライネルの体まで震わせる。


「……っ!」

息を呑む。確かな手応え。

数秒ののち、黒鉄はかすみ、紫煙となってほどけた。


「なっ……さっきは偽物だったのに、いまのは当たったぞ!」

「影も音もあった……さっきまでと質が違う!」

狼狽と疑念が、今度は恐怖の色に変わる。



葛葉は紫煙を吐き、口の端を上げた。

「ほら、今度は刃も立つ」


煙が彼の周囲をめぐり、渦を描きながらいくつもの剣を形作る。

冷たい金属光がちらつく。今度は空気が裂ける鋭い音がした。


合図もなく、それらは一斉に飛び出す。

矢のように走る刃が山賊の腕や脚を掠め、布が裂け、血が散る。


「ぎゃああっ!」

「煙なのに切れた……!」


膝をつく者、武器を取り落とす者。

残った連中は互いに顔を見合わせ、じりじりと後ずさる。


「ひ、ひいいっ……!」

「化け物だ……!」


総崩れになった山賊たちは、転げるように森の奥へ消えた。

ただ一人、頭目らしき大柄な男が振り返り、血走った目で睨みつける。


「……覚えてろ。次は必ず、地べたを這わせてやる」


吐き捨てると、闇に紛れた。



剣の群れはゆらりと揺れ、やがて煙となって消える。

静けさを取り戻した森には、鉄と血の匂いだけが残った。


ライネルは棒を握りしめたまま、肩で息をしている。

葛葉は煙管をくわえ直し、紫煙を吐きながら肩をすくめた。


「……ほら、ちゃんと仕事したろ?」

軽口に、ライネルは言葉を失う。

――彼の術は、さっきまでの見せ物とは違う。飲んだ後は現実になる。

胸の奥に湧きあがったのは、恐怖と……そして、抗いがたい憧れだった。

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