白に沈む村
少年の暮らす村は、大陸の中央平野に広がる数多の集落の一つにすぎなかった。
大都市からは遠く、国境からも離れ、戦乱も魔族の襲撃も滅多に及ばない。
土は肥え、麦と豆を育て、羊を飼えば一年を生きていける。豊かではないが、飢え死にするほど貧しくもない。
村人にとって「国王」や「魔法」などは遠い存在だった。街道を巡視する騎士団を遠目に見ては安心し、町から来る行商人の話に耳を傾ける。そんな素朴で退屈な日々が続くはずだった。
その日までは――。
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収穫祭の翌日、一人の老人が「骨がきしむ」と訴えた。
薬草を煎じても治らず、数日もすれば皮膚が乾き、白い粉を吹き始める。
やがて指が思うように動かなくなり、歩くことすらできなくなった。
最初は村人も笑っていた。季節の寒気か、働きすぎの疲れだろうと。
だが一週間も経たぬうちに、同じ症状を示す者が次々と現れた。
白塩化――誰が言い出したのかは分からない。
ただ、皮膚が石のように固まり、白く粉を吐きながら命を落とすその現象を、人々はそう呼ぶようになった。
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白塩化は、発症から死まで一月ほど。
緩やかに、だが確実に村を蝕んでいった。
父は三週間で立てなくなり、母は看病を続けるうちに同じ症状を示した。
弟分を抱え、隣家の子を世話し、主人公は必死に走り回った。
だがどれほど励まし、手を尽くしても、硬直は止まらなかった。
「触れると移る」という噂が立つと、村人たちは互いを恐れ始めた。
病人を外れの小屋に押し込み、泣き叫ぶ子を親から引き剝がす。
「神の祟りだ」と泣き崩れる者、「魔族の呪いだ」と叫ぶ者。
村の中には恐怖と疑心だけが残り、かつての絆は音を立てて崩れていった。
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一ヶ月のあいだに、村は白に沈んだ。
家々の竈から煙が上がらなくなり、畑は放置され、子供の声は消えた。
通りを歩けば、布をかけられた白い人影が転がり、風に吹かれて粉が舞う。
生き残った者たちも、錯乱してどこかへ去るか、幼子を抱えて親戚を頼るしかなかった。
主人公は布で両親を覆い、家の中に眠らせることしかできなかった。
怒りも涙も尽き果て、胸に残ったのは「これはおかしい」という漠然とした思いだった。
ただの病ではない。世界の理から外れた、何か異様なもの。
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翌朝、少年は背にわずかな荷を背負い、村を出ることを決めた。
行くあてもない。だがここに留まれば、白い石像と化した村人たちに囲まれて、心まで凍りつくだけだ。
振り返れば、白く硬直した人々が沈黙のまま佇んでいる。
かつて父が鋤を振るい、母が笑い、子らが遊んだ広場。
そこにはもう、乾いた風に白い粉が舞うばかりだった。
――こうして、少年の旅が始まった。