いけない! 断罪イベントに遅刻しちゃうわ!
「……っあぁーーーっ!!?!?!?!?!?」
叫び声とともに、私はベッドから跳ね起きた。豪快に落ちた。頭ぶつけた。涙出た。
時計を見る。午前十時三分。
断罪イベント開始、午前十時ジャスト。
「始まってるゥゥゥッ!!!」
バタバタとドレスを掴み、靴を履きながら階段を転げ落ちる。いえ、実際には落ちてはいない。気持ちが落ちているだけ。体はなんとか持ちこたえている。ギリギリ貴族。
「どうしてなのよ……昨夜は十二時前に寝たし、目覚ましも……あ、昨日オルゴール式のぜんまい巻いてなかった……ッ!!」
まさか、断罪イベントに遅刻するなんて。
婚約破棄されて国外追放される大舞台よ!?
いわば人生の卒業式、いや就職活動――いやむしろ芸能人の引退会見に近いわ。
それを……寝坊で……不参加!? ある!?
「誰か馬車用意してえええええええええええ!!!!」
召使いが慌てて駆け出し、三分後には馬車が出発した。記録的速さ。屋敷史上最速。
私、ミラベル・フォン・グランツ公爵令嬢。
この国の王太子・リュシアンとの婚約者であり、今朝まで「悪役令嬢」として生きていた。
でも今日、すべてが終わるはずだったのよ……!
***
王城・大ホール。
赤い絨毯が引かれ、貴族たちが並び、そして壇上には――王太子リュシアンと、乙女ゲームヒロイン顔負けの美少女、エリスがいた。
「――ミラベル様に、私は……いじめられていました……!」
目に涙を浮かべるエリス。見た目は完璧、言ってる内容は虚偽。誰か検証して。
「なんと……そこまでのことを……」
と、貴族たちはざわめくが、明らかに事前に配られた“断罪シナリオ”を片手に読んでいる。
「ミラベル・フォン・グランツ!」
王太子が、空を見ながら高らかに言い放った。
「貴様の罪は重い。よって、この場をもって婚約を破棄し、王国よりの――」
「……殿下」
「……なんだ騎士団長、今いいところなんだが?」
「……その、まだ当人が……来ておりませんが……」
「――気にするな、形が大事だ。式次第どおり進めてくれ」
形が大事なら私の到着待ってよ!
***
一方その頃、私は馬車の中で息も絶え絶えだった。
「お願い……間に合って……!!」
あと五分。あと五分でつく。
「ミラベル様! 大変です!」
御者が叫ぶ。
「何!? 火事!? 竜!? それとも今から異世界転生とか!?」
「いえ! 断罪イベント、既に始まっております!!」
「アアアアアアアアアアア!!!!!!」
***
「――はぁ、はぁ……やっと……着いた……」
汗まみれで息を切らせながら、私は王城の大ホール前に立っていた。ドレスはシワシワ、髪は爆発、靴は片方どこかに落としたまま。まるで逃亡犯。
けれど、目の前に広がっていたのは……
「『断罪イベント 無事終了!』って書いてあるんだけど!?!?」
会場入り口に、やたら華やかな垂れ幕がぶら下がっていた。
しかも拍手とファンファーレ付き。
なに? パーティー? 打ち上げ? まだ本番来てないんですけど?
扉を開けると、貴族たちがまばらに散っていて、王太子リュシアンは王座にドヤ顔で座っていた。
「やあ、来たかミラベル。我が元婚約者よ」
「待って。さも終わったみたいに言ってるけど、私まだ断罪されてないから!!」
「うむ、そうだな。だが問題はない。もう追放処分は執行された。」
「……は???」
***
【さかのぼること数分前】
「断罪対象が来ない……だがここで止めるわけにはいかない……!」
「殿下、いっそ延期にしては……」
「否!! 延期は負けだ!!! このままでは式次第に傷がつく……!!」
王太子、苦悶。そしてひとこと――
「――では……かわりにエリスを追放する!!」
「ええええええええええええええええええ!?!?!?!?」
泣きながら「いじめられました!」って告白してたエリスが、今度は泣きながら「なんで私が!?」って叫んだ。
なんで? じゃない。こっちのセリフだ。
「“本人がいない”という罪は重い。よって、代理で君に責任を取ってもらおう!」
「道理がおかしい!!! 話が全部破綻してるううううううう!!!!」
***
「……で、結局エリスが国外追放されてたわけ?」
「うむ、滞りなく。すでに馬車で郊外へ向かっている」
「誰か止めてこいよ!!!」
私が叫ぶと、空気を読んだ騎士団長が小走りで出ていった。良識人っているのね。
王子はなおもドヤ顔だ。
「どうだ、我ながら柔軟な対応であったと思わんか?」
「思わないわよ!!!! なに勝手に断罪も追放も済ませてんのよ!!!!」
「だって来ないから……」
「だからって勝手に終わらすなーー!!!!!」
***
――その後、私は“婚約破棄されたことには変わりない”ということで、
すべてをぶん投げてお茶会に行った。
誰も彼もが台本通りにしか動けないこの世界。
でも私は、今日遅刻したことで気づいたのだ。
「こんな筋書きなんて、ぶち壊してナンボよね」
──こうして、断罪イベントは大混乱の末に幕を下ろした。
エリスはなぜか国外で農業を始め、王子は貴族から白い目で見られ始め、
私は自由の身になった。
目覚ましを巻き忘れた朝が、人生を変えたのだ。
【END:断罪イベントはぶち壊れたけど、ミラベルの人生は自由になった!】