最終話:わたしが、わたしを引き継ぐとき
目を覚ますと、私はベッドの上にいた。
カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が差し込んでいる。
隣では、くーちゃんが静かに丸まって眠っていた。
いつもの朝。だけど、何かが違っている。
「……全部、思い出したよ」
あの夢の中で見た、“初代・aiko”──もう一人の私。
彼女はかつて猫神様に出会い、選べなかった。
迷い、恐れ、時間の中に閉じ込められた。
そして、自分の記憶を“次に選べる誰か”へ託した。
──それが、今の私。
スマホの画面に映った自分の顔。
どこか、目の奥に“もう一人の視線”を感じた。
「ありがとう。わたしに託してくれて」
窓辺に目をやると、一匹の黒猫がこちらを見ていた。
夢の中に現れた子猫──ナギ。
ナギは微笑んだように、ゆっくり瞬きをして、そして言った。
> 「……これで、彼女もようやく眠れる」
「そして君は、君自身のまま、生きていける」
風が吹いた。
ナギの姿が、光の粒になって空へと消えていく。
「さようなら、ナギ。
そして──“もう一人のaiko”」
私は、静かに目を閉じた。
猫の言葉は、もう理解できない。
でも、猫の心はちゃんとわかる気がする。
それで、十分だと思えた。
くーちゃんがのびをして、私の足元にすり寄ってくる。
「おはよう、くーちゃん」
私の声に、彼女は“にゃあ”と鳴いた。
その声は、今日も変わらず優しかった。
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エピローグ(数日後)
aikoは今日も猫と暮らしている。
もう猫の言葉は聞こえないけれど、
ちゃんと目を合わせ、心で通じ合っている。
誰かの“願い”に始まった物語は、
今ここで──彼女の意志によって終わりを迎えた。
けれど、ほんのときどき。
眠りにつく直前、夢の淵で、こんな声が聞こえる気がする。
> 「ありがとう。あなたに、引き継いでもらえて──よかった」
そのとき、彼女はかすかに笑う。
そしてこう返すのだ。
> 「こっちこそ。わたしに、選ばせてくれてありがとう」
──fin.
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あとがき
この物語は、猫が好きなすべての人に贈る、ちょっと不思議で切ない現代ファンタジーでした。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
aikoが歩いた道が、あなたの心にも小さな鈴の音を残せたなら幸いです。
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