第7話:猫神様は、すべてを知っていた
鳥居をくぐった瞬間、世界が反転した。
視界がぐにゃりと歪み、感覚が音と光に変わっていく。
足元がなくなり、空を歩いているような感覚に包まれる。
そして、私は**“そこ”に立っていた**。
ただひとつの大きな鈴が、空中に浮かんでいる。
音は鳴っていないのに、心に“響く”ような存在感があった。
「……あなたが、“猫神様”?」
答えは、言葉ではなく気配だった。
> ――お前の願いは、なんだ。
声ではない、でも確かに語りかけてくる。
その存在は、すべてを知っている。
私の過去も、心の奥も、迷いさえも──すでに。
「私は……人間として生きたい。
でも、猫としての感覚も、全部捨てたくない」
静寂。
やがて、鈴が小さく揺れた。
> ――お前の“変化”は、自然の流れではない。
――“誰かの願い”によって歪められたものだ。
「……誰かの、願い?」
ふいに、あの言葉がよみがえった。
> “君は選ばれたんだよ。あの子の代わりに”──ナギの声。
あの夢に現れた子猫。
彼は、私の“記憶”にいたのではなく……“誰かの記憶”を引き継いでいたのでは。
「私は……誰かの“代わり”に選ばれた存在なの?」
> ――違う。
――お前は、“願われた”存在だ。
「願われた……?」
> ――“本当は猫になりたかった誰か”が、お前に託した。
――“もし、もう一度選べるなら”と。
――その願いに、お前の魂が“共鳴”した。それだけのことだ。
誰かの願いが、私の中で目を覚ました。
だから私は、“猫の言葉”を理解できるようになった。
でも、選ぶのは私自身だ。
「……じゃあ、選ばせてください」
空中に、二つの鈴が現れた。
一つは白。人間としての生を象徴するもの。
もう一つは黒。猫としての魂に寄り添うもの。
私は、しばらく見つめたあと、白の鈴に手を伸ばした。
その瞬間、黒い鈴がスッと消えた。
> ――選んだな。ならば、“記憶”を与えよう。
光がはじける。
そして──私はすべてを“思い出した”。
夢の中で泣いていた“あの子”。
私とよく似た声で、同じ名前を名乗った少女。
彼女の名は、“初代・aiko”。
“選べなかった”少女の記憶を、私は受け継いでいたのだった。