第6話:猫の夢で、君をさがして
気がつくと、私は真っ白な空間に立っていた。
何もない。空も地面も、音も色も存在しない。
ただひとつ──自分が猫の姿になっていることに気づいた。
(これが、“猫の夢”?)
肉球の感覚、しなやかな尾、耳の動き、匂いの粒。
すべてが生々しい。夢とは思えないほどリアルだった。
どこかで“鈴の音”がした。
私はその音を追って、光のない道を進んでいく。
やがて、風景がゆっくりと現れてきた。
そこは、古い町の路地裏だった。
どこか懐かしい……いや、これは──昔の町?
「……あれ?」
壁の影から、小さな子猫が顔を出す。
黒と白のぶち模様、どこか見覚えのある目。
> 「君、迷子?」
子猫が、私に話しかけてきた。
だけどこの子、普通の猫じゃない。何かが違う。
「……あなた、誰?」
> 「あは、忘れちゃった? 僕、aikoの記憶の中の猫だよ」
「でも……ここでは、“ナギ”って呼んで」
ナギ。記憶の中の猫。
つまりこの夢の中で私は、過去の何かをなぞっている?
> 「この町で、昔ね、一人の“半猫”が猫神様に会ったんだ」
「その子は……選ばなかった。どちらにもならず、夢の中に消えた」
「……選ばなかった?」
> 「うん。人間にも、猫にもなれなかった。
だから今も、夢のどこかで“選べずにいる子”が、ずっと泣いてるんだ」
胸が締めつけられた。
ナギが少し寂しそうに、微笑む。
> 「aiko。君は違うよね? 君は、選べる気がする」
「だからこの夢に呼ばれたんだよ。“誰かの代わり”じゃなく、君自身の意志で」
私はナギと並んで歩き始める。
「猫神様に、会いに行きたいの」
「でも、選ぶのがこわい。間違えたら、何かを失いそうで……」
ナギが止まり、私の顔を見上げる。
> 「だいじょうぶ。選ぶことは、“終わり”じゃなくて、“始まり”だよ」
そのとき、遠くから再び鈴の音が聞こえた。
今度は、はっきりと。近づいている。
空間の奥に、小さな鳥居が現れた。
赤く古びたその鳥居の向こうには──
誰かが、私を待っている気がした。
(……猫神様)
私は息をのんだ。
次に進めば、もう戻れないかもしれない。
でも、戻らないと決めたのは、わたし自身だ。
一歩、踏み出した。
──鳥居をくぐった瞬間、視界が真っ白に染まった。