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少女と遺骸は密室の中。


 館の構造は大きく二棟に分かれていて、大広間の会場の隣に、代表達が休息を取れるフロアが設えてある。そこには代表分の部屋が整然と並び、各々が宛がわれた部屋の鍵を渡されていた。現場はそのうちの一室で、しかも発見者のケットシーの部屋だという。

 会場も休憩フロアも、白を基調とした造りだ。リノリウムを感じさせる静謐な廊下を代表達は進む。ふと、休憩フロアまでの合間にある共有スペースに、代表の一人らしき者が座っていた。くつろいでいるようで、その実、隙の無い気配を漂わせている者だった。だが、道案内をするケットシーは目もくれずに奥へと向かうので、続く一行も横目に見るだけで済ませる。

 L字に曲がると、すぐさま部屋が両側に並ぶ廊下だ。やや広く幅が取られていて、二箇所に簡素な、それでいて重厚感のある台座があった。手前にはガラスボールらしき球状の物体が乗せられていて、ライトの役割を果たしているようだ。対して奥の台座には、何が飾られているわけでもなく、同じ台座だけがある。

 ケットシーはボールが置かれている台座に近い部屋の前で止まった。

 重厚感のあるドア自体は、他の部屋と変わりなく見えるが、唯一違う部分は、ドアの下部に同素材で縁取りされた、小さめの上げ下げ窓のようなものが付いていることだ。

「キャットドア……か?」

 猫人族や犬人族の為に用意されたものだろうか。それにしてはあまりに小さい。普通のネコの大きさなら通れるのだろうが、あいにく傍にいるケットシーは普通よりも大きな体をしている。

「我々はきちんとドアを開けて入るニャ……。これはそんニャに……そんなに好みではないニャ」

 眉間に皺を寄せながらも、ふつふつと静かに怒っている様子が見て取れる。上位世界にたいして直接的で過激な言葉を寸前で飲み込んだらしい。軽んじられている気持ちは伝わるが、代表は如何なるときも冷静でいなくては、示しが付かない。

「それで、この部屋の中ですか?」

 白髪の少女は冷静に、それでいて急くように訊いた。

「はいニャ! ……心臓の弱いヤツは覚悟しておくニャよ!」

 と言って、なぜか彼はキャットドアから室内を覗いた。突き当たりの壁付近に、何かがあるのは把握出来る。

「眼はイイにゃ。あれは、あれは……。おじさんの亡骸に違いないニャ」

「なら早くドアを開けてください」

 ノブを回してみるが、確かに開かない。

「おい、ネコ精霊。この部屋はお前の部屋なんだから、鍵はお前が持っているんじゃあないのか?」

 魔族のベリアルに痛いところを突かれたとばかりに、耳が垂れ下がる。

「そ、それが……。盗まれてしまったんだニャ……」

「本当なのですね?」

 少女の金銀の眼が、嘘か真かを天秤に掛けているように見える。

「誓って嘘は付いてないんだニャ!」

「何においても、このドアの施錠を解く必要があるわね。どうするの?」

 森の民のエルフが問いつつ、代表達を伺った。

 少女はしばらくの間、思案する素振りを見せた後、

「ドアが開けられなければ、非常に残念ですが、捜査を進めることができません。まことに名残惜しいですが、会場に戻ってアナウンスが再起するのを待つしかありませんね」

 中空に向かって、棒読み気味で、はきはきとそう言った。

 暫くすると、少女の眼前にぼうっと光が現れ、すぐに収縮して消えていく。現れたのは鍵だ。自然落下しようとするそれを彼女は両手ですくい取った。

 各代表に渡された真鍮の鍵と同素材に見えるが、持ち手に華美な意匠が凝らしてある。

 これはおそらく――。

「もしかして……それはマスターキーなの?」

 森の民の問いに少女は頷く。

「十中八九そうでしょうね」

「え? え?? どういうことニャ?」

「上位世界からの後押しでしょう。……少し、アナウンスを控えた主催側の思惑が見えてきましたよ」

「つまり、何が言いたい」

 いえ、独り言です、と小さく笑みながら、少女は鍵穴に差し込む。

 期待通り、その鍵で施錠を解くことが出来た。

 代表達は、示し合わせたように無言で、足音小さく、恐る恐る部屋に入る。

 室内もまた白を基調としていて、ベッド、机、椅子と最低限の物で構成されており、作りもシンプルだ。

 そして、ドアから向かって一直線、正面の壁際に、動くことのない被害者……だったものが散乱していた。

 ホネ?

 最初に浮かんだのは二文字の言葉。

 ……。数瞬、思考が理解するのに奪われた。『骨ごと粉々ニャ!』――彼の言葉を聞いていたはずなのに。

 まさに骨だった。骨が正面の壁際に折り重なるように散乱している。

「ははぁ。こりゃあ、焼かれたわけじゃないな。彼だ、スケルトンだ。骨の王だよ」

 ベリアルが言った。魔族の代表としては、彼の世界にも同種の仲間がいるのかもしれない。

 赤黒いぼろ布が混じっているが、これは……そうか、彼が羽織っていたマントだ。スケルトン・ロードの演説は初手だったからよく覚えている。

 空気中の酸素濃度が薄い彼の世界では、肺呼吸をする生物は存在せず、骨人族などの一風変わった者達が文明を築いていると、達弁を振るいながら言っていた。骨人族からすれば、一風変わっているのは人類の方かもしれないが。

「ひでぇ有様だナ、これハ」

 ゴブリンが焦燥した顔を見せた。

 エルフが巻きスカートを押さえながら、中腰になって骨の欠片を摘まむ。

「鋭利なもので殺されたようには見えないわね。丸太で一息に砕いたような、そんな折られ方をしている……」

 まさに彼女が言うような有様だった。しかし殺すだけならば、頭部の破壊で済むのかは分からないが、全身の骨をことごとく砕く必要性はあったのだろうか? 犯人の真理としては、基本的に一刻も早く現場を去りたいはず。これは異様な、執念深いものを感じる。

「マントを広げてみませんか」

 見守られる中、エルフがゆっくりと捲るにつれ、骨の破片がパラパラと落ちる。

 綺麗に刺繍の施された紋章が全貌を現した。やはり骨の王が着ていたものと同じ紋章で、被害者が骨の王であることが濃厚そうだ。

 だが、それ以上に重要な手掛かりが発見された。

 鍵だった。

「ニャにゃ!? この鍵はまさか」

「この部屋のものか?」

 確かめるべく、揃ってドアに向かい、魔族が鍵穴に差し込む。結果は期待通り、ケットシーが盗まれたという鍵だった。

 骨の王の遺骸を充分にみた後、各々室内を検める。と言っても簡素な作りの内装は、取り立てて調べるまでもない。

 やはり誰もが気になったのはドアだ。閉ざされた部屋の、唯一の出入り口。

 外開き。つまり廊下側に開く。

 ドアは内側からも鍵を使って施錠するタイプであり、キャットドアを用いても、古典的な針と糸のトリックを使うことは出来なさそうだった。

 キャットドアは上に開く仕組みだ。扉を持ち上げてみると、当り前だが廊下側が見える。バネが強いのだろう、手を離すと、パタンッとすぐに扉は閉じた。もう一度今度は押してみる。廊下側にも開くことから、どちら側にもキャットドアは開く構造のようだ。……そうでなければネコが一方通行になってしまうから、当り前ではあるのだが。

 少女より背丈の低いケットシーやゴブリンでさえ、キャットドアは通れそうにない。

 ……しかし、鍵はマントに包まれるように見つかった。

 つまり、

「この部屋は密室だったと言えるな」

密室。何者かがとある思惑を持って、出入り不可能と思われる現場をわざわざ作ったわけだ。

「ネコの妖精さん、……あなたがあやかしの術を使って殺したのではないの?」

「何をばかニャことを。我々は魔法の類いを一切封じられているのを忘れてはいニャいか?」

 ケットシーは精霊だ。妖術にも長けている。だが、あいにく魔法は使えない。それはケットシーだけではなくこの館にいる代表全員だ。

 どんなテクノロジーが働いているのか見当も付かないが、あらぬ暴力等を抑止するため、この空間では魔法や異能力の類いは全てかき消されてしまう。

「それなら、マスターキーやスペアの鍵は、殺害の時点で存在したのかしら?」

 エルフが再び考えを述べるが、即答出来るのは、主催側だけだろう。

 後に探索と他の代表への聞き込みを行ない、それらの存在を知っていた者は確認されなかった。各々が貰った部屋の鍵だけが、唯一開閉可能な鍵と言って差し支えないと結論付けることになる。

 一旦、廊下に戻った。

 廊下も調べておこうという意見が出たからだったが、球形のガラスボールのようなものが台座の上に置かれているくらいだ。

「これ、向こうの台座にはないナ。どれどレ、よっと」

ゴブリンが両手でそっと持ち上げた。ボールは球面全てガラス製のような質感で、下部に水平に切り口がある。ロウソクなどにすぽんと被せて彩りよく使うことや、台座に安定させて置けるような作りだ。

「あれ? 中に光源が入ってると思ったんだけど、何もないヤ――」

覗き込んだその刹那、

「現場の物には勝手に触らないでくれますか!?」

「アっ」

 少女が制しようと伸ばした手が、ゴブリンの腕に当たり、ボールから手を滑らせる。当然のようにガラスボールは重力で落下していき……。

 次の瞬間には耳障りな音がしていた。

 そして、当然の感覚として、ガラスボールは粉々になり散らばる……はずだった。

 しかし現実には、砕けた破片はあちこちに飛ぶ瞬間に、霧散して消えた。

「エ、これどうナって……」

 当の本人は呆然として、ボールの破片が手品の如く消えた床を見つめ、目をぱちくりさせていた。

「安全のために、破片となった瞬間に気化する性質を持つ科学構造をしているのよ」

 森の民はこのボールの素材を知っているらしい。

「私の世界にも存在しますよ。だから防ごうとしたのですが、このような結果になってしまうとは、がっかりです」

 白髪を左右に揺らし、少女は落胆の様相を隠すことなく、溜め息交じりに、

「……これが重大な証拠だったとしたら、どうしてくれるのですか」

 刺々しい言葉の合間に、ふと現場の部屋のドアが開いた。

「んあ? 珍しく棘のある声を出してるじゃあないか。天使さんよ」

 魔族の代表だ。どうやら室内に残っていたらしく、いじり時とばかりに、にやにやと笑みを浮かべた。

「何か不吉なことでも起こったのか?」

「たいしたことでは……ないですよ」

「ごめんナさい。迂闊に触ったりしテ」

 何度も頭を下げるゴブリンの姿が痛々しかった。

 廊下は暗くなってしまう、ということもなく、光源は初めから別で確保してあるらしい。会場や部屋の中と同様だ。この館で視界に困ることはないらしい。

「ボールが砕けたのか? 耳障りな音がしたが」

 再び重たい空気に参加する声が、今度は会場方向から聞こえた。

 こちらに歩いてきたのは、先ほど共有スペースにいた者。代表者の一人だ。背丈はさほど高くなく、露出した体の部位を見る限り、筋力も無さそうだ。人間に近い外見で、武家のような直垂を雑に着崩してはいるが、一瞬の隙も無い気配を感じる。

「あなた、眼が」

 とエルフが双眸を細めて言った。

「初めて会う者からは聞き慣れておるよ。我々の種族に視力など、さして需要ではない。我々は音波で視ているのだから」

 コウモリが持つエコーロケーションという能力に類似したものだろうか。

「重要なことをお訊きしたい」

 少女の金銀のオッドアイの眼が、真摯な眼差しを向けている。

 休憩フロアを使う者は意外と少ない。やはり皆、他の異世界の代表が物珍しく、何を対価としてプレゼンするのか気掛かりで、会場に居座ることが多いからだろう。

 だからこそ貴重な証人であり、彼によって今後の展望が左右される可能性が大きい。

「この廊下を通った者が何名いて、どの代表がいつの時間どのくらい滞在したのか、覚えているかぎり話して欲しいのですが、可能ですか?」

 彼は口角を上げると、

「随分と容易なことをおっしゃる」

 そう言って滔々と話し始めたことは、以下の通りだ。

 まずは骨とマントの者。一仕事終えて、そのまま休憩のつもりだったのだろう。弁舌を披露した後の時間と一致する。再び共有スペースの前を通ることはなかった。

 次に通ったのは魔族の代表で、ベリアル本人もその場で認めた。国際単位系に換算してしまえば、二十分ほどの後、会場に戻るため再び通過したという。

 そのベリアルが休んでいる二十分の間に行き来したのが、フードを被った謎の人物。少女のトゥニカや、白い法服を着るドルイドはいるが、顔まで覆えるフードを着用している代表は記憶にない。犯人が隠して持ち込んだのだろう。

「フードの人物についてですが、足元も判別出来なかったのですか?」

「足元はなにより駆け抜けていったから分からなかった。力になれずすまんな」

 そしてその者が再び通ったのは、十分後だという。その後でベリアルも再び通るという順だ。

 最後はケットシーだった。彼は二分と経たずに全速力で引き返してきたらしい。

 まとめると、被害者、魔族(二十分)、フードの者(十分)、発見者のケットシー(二分)になる。

 フードの者の足の形状が判明していれば、容疑者はそれなりに絞れたと思うと、遣る瀬ない気持ちになるが、十分な情報を得られたことは確かだった。

「ん? ……これは何でしょう」

 ふと、少女が視線を落とした先に目を向ける。

「糸、でしょうか」指で挟んですっと撫でる。「先端に粘着性のものが付着していた痕跡がありますね。これがもし犯人が残した物証だとしたら……」

 思考に耽るように、彼女は唇に指を当てた。

「んん? ムムム。他にも落ちてるニャ、こっちはニャんだろう」

 ケットシーが手にした方は、白い欠片だった。

 よく見れば、微細な骨の欠片がいくつか落ちているのが確認出来る。白を基調とした館内だけに、どちらも落ちていることにようやく気付けた体だった。

 少女は白銀の前髪をいじりながら、

「先ほど、遺体の骨を触っていましたよね」

 とケットシーに問う。

「隠し持っていって、あなたが不注意で落としたのですか?」

「そんニャわけ……。どうして我が盗人紛いのことをして、しかも滑稽にも落としたことに気付かないなど……」

「では、他の代表の方々に聞きますが、廊下に骨の欠片が幾つもあることに関しての情報を持っている者はいませんか?」

 沈黙。

「なるほど。色々と見えてきました」

 少女は得心した表情だ。

「見えただと? 俺に見えたのは、やはり誰かが魔力で殺したのだろうってことだ。例えば魔力を使えないこの世界で、魔力を使っている生物がいるじゃないか」

 ああ、あいつか。

「グールだ。腐敗臭がきついから近づかないようにしてるが、ありゃ霊的な魔力を生命源に動いてるだろ」

「それは難しいかと」とすぐさま少女は否定する。

 例えばエレメント系は魔力そのものによって生命を維持している。そういった代表は最低限の魔力使用を許されているが、攻撃に転じる魔法は当然使えない。

「しかしなぁ……。魔力の応用がどこまで各代表に許されてるかなど、俺達に分かりゃしないぜ」

 ベリアルは腑に落ちていない様子だ。

「問題ありませんよ。すでに密室のトリックは分かっています。あとは手掛かりを精査するだけ――」

 そうして少女が行動するままに、代表達は付き添った。意図の読めない探索や、会場に残った者達への聞き取りにも、誰も水を差さなかったのは、彼女以外にこの事件を解けるとは誰も考えられなかったからだろう。

 あらかた情報を取り入れると、会場に設えてられているオークション用の壇上に上がって、全ての代表と、視ているであろう上位世界に宣言をする。

「この事件の真相が分かりました。今から私の推理をお話させていただきます」


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