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そしてオークション会場は混迷を深めた。


「――豊饒の大地で取れる実り豊かな果実を使用した飲み物など、我が世界でしか取れない希少な品々、ゆえに我が異世界を傘下においていただけたなら、酒池肉林のカーニバルをお約束いたしましょうぞ!」

 想像力豊かな他の代表が、ごくりと喉元をならす。

 壇上に立つ者――雄々しい両翼に鋭い爪、萎縮させられるような眼を持つ翼有種グリフォンは、よほどの自信があるのだろう。声高に自身の世界をアピールし終えると、鳩胸の体躯を器用に折り曲げ、四十五度の一礼をしてから壇上を降りた。

「わらわの世界に対抗するとは、良い度胸ね」

 尖った耳が特徴的な色白のエルフだ。動きやすい巻きスカートを履いている。彼女も同様に極上の食べ物をプレゼンしていたが、グリフォンはすれ違いざまの小言には意に介さず、会場の一角に戻っていった。

 ここはどの世界にも属さない無の世界。そこに上位世界から支払われた莫大なエネルギーを使って建てられた、通称『無法の館』。

 現在は多種多様な種族の代表が集い弁舌を振るう、異世界オークションの会場になっている。

 上位世界とは高度な文明が発達している世界だ。存在する生物や文明は多岐にわたるが、いずれも半永久的なエネルギーの技術革新を実現した世界。得てして幸せを享受しすぎたせいで、怠惰で無気力な感情が蔓延している世界だ。一つ例を挙げると……チキュウという登録名で出資している世界がある。

 そして異世界オークションとは、上位世界が価値アリと判断した異世界を買い取り、その世界に多様な利益をもたらす返礼として、先のような格別の食べ物や飲み物を得たり出来る。端的に言えば、互恵関係を築くことにあるのだが、果たして上位世界がお気に召すものなどあるのだろうか?

 今回のオークション案は、そんな上位世界の戯れ、一興のことにも思えるが、何はともあれ各異世界の者達にとっては、今後の世の趨勢を握られているようなものだった。

 会場はぴりぴりと緊迫感が漂い、熱を帯びていた。

『7番世界の代表、壇上へ』

 どこからともなく聞こえる事務的で無機質なアナウンス。これも高度文明の産物なのだろう。上位世界の誰も姿を見せず、されど必ず超常的な方法で代表達を視ているはずだ。

 次に登壇したのは、魔族が統治する世界の代表、ベリアル。先ほどのグリフォンも堂々たる体躯だったが、こちらはよりストイックに鍛えた頑健な体つきで、威圧感のある様相を呈している。オークション開始前、彼の世界では二百年に渡る戦争の末に勝利し、魔族が人間や天使を奴隷にして文明を築いていると豪語していた。

 そんなベリアルが一呼吸置いたあと、口を開いた矢先のことだった。

 両開き扉が勢い良く開き、

「た、大変なことが起きたニャ! 最初の方で演説していたおじさんが、ば、ばニャっ、バラバラにされてるニャ!」

 頭に乗せたボーラーハットを落とすまいと前足で押さえたケットシーが、大慌てで会場に飛び込んできては、心中穏やかではない様子でそんなことを言い放った。

「バラバラとは……つまり?」

「殺されてるニャ! 誰が判断しても、どう見積もっても、骨ごとコにゃゴにゃに……粉々にされてるニャ!」

 目一杯に広げた両手を上下させて、ケットシーは由々しき自体であると真摯に訴えてくる。

 こんな場所で犯罪が起きるのか? と至極当然の疑念が湧く。

 状況を掴めていない者が大半だった。

「それは本当なのだな」

 真っ先に行動に移したのは、上半身が人間、下半身が馬のケンタウロスだ。彼の世界では多様な四足歩行の生物が国々を牛耳っているらしい。

「我が世界の官吏を呼んで来る!」

「お待ちなされ」

 言下に、停止を促す声が飛んだ。

 転移ポータルに前足を乗せ掛かけていたケンタウロスは、寸前のところでその声に反応して静止した。

しわがれた声だが、芯の通った強さの秘められた声だ。

「……お待ちなされ。これよりポータルに乗って元の世界に逃げ去った者は、犯罪者とみなすぞ。よいのか?」

 細い杖をついたドルイド風の生物。長き日々の労苦を乗り越えてきた老獪な者の顔が見て取れる。

「なっ、何を勝手な!」

 ケンタウロスは眉根をしかめる。

「はて、勝手とは、まことに勝手な言い草じゃな。お主がそやつを殺した犯人でない証拠はどこにある。百歩譲ってお主の世界の住民を入場させたとて、公平な判断が下されると、どう信じればよいのじゃ?」

「それは……」

 ケンタウロスは精悍な顔を苦々しくさせ、後に続く言葉を出せないでいた。空中に置いたままの前足を、そっとポータルの外に落とす。

「まずはお主が潔白であることを証明せい」

 確かに、それはそうだ、と各異世界の代表がやおらに声を上げ始める。

 犯罪をしていないことを証明するなど悪魔の証明に近いが、ドルイドの指摘はもっともだった。旅荷に隠した凶器などの証拠物を自身の世界に持ち帰られてしまっては、隠蔽は容易く、手遅れとなる可能性が高いからだ。

「ですが、どうするのです?」

 美しき声のマーメイド族が、持参した水槽から上半身を出し、それぞれの顔色を窺った。

「上位世界の意向を待とうぞ」

「そんなの疾うに待ってるでしょ」

 誰もが真っ先に思い浮かぶ当然の判断であり、なぜか叶っていない事実だった。ケットシーの嘘でも見間違いでもなければ、代表一名が殺されるという大事にも拘わらず、上位世界からのアナウンスは今に至るまで一切ないのだ。いったいなぜ。そもそもこの疑心暗鬼に陥りつつある会場を静めることは、代表達自身の裁量ではない。アナウンスの鶴の一声で静まるはずなのだから。

「俺に名案がある」

 唐突に、低音で、しかし艶のある声が響いた。

 それは壇上からだった。ケットシーの登場で待ちあぐねていた彼が、備えられたマイクを有効利用して大きく言い放つ。

「丁度良い種族がいるではないか。ほら、そこに」

 嘲るように、端正かつ蠱惑的な顔を歪ませて言うのは、魔族の代表ベリアルだ。ワインレッドの皮膚がまがまがしさに加えて悪意を助長しているように見える。

 そして、彼が指をくいっと差しているのは、早々に主張を終えて、会場の隅で静観している代表の一人。肩の辺りからつま先までを覆うトゥニカを纏った者だった。

 陶磁器のような白い肌に、セミロングの白銀の髪が、纏った衣服とよく似合う。

「上位の天使様とやらは、さぞ頭が冴えるらしいなぁ。俺達にそのお知恵とやらを拝借させてくれよ」

 所詮は違う世界。とはいえ、悪魔と天使には相容れない感情があるのだろう。

 沈黙を貫いていたその者の眼が、おもむろに開く。金眼と銀眼のオッドアイだ。さらさらとした白髪の下から、魔族の代表を射るように見つめた。

 彼女、あるいは彼は、中性的な美しさを持つ容貌をしていた。しかし美だけを感じるわけではない。光の中に昏く、憂いを漂わせているような、どこか謎めいた魅力も持ち合わせた人物だった。

 背丈はやや低め。少女のようでいて眼力がある。

 真逆に、その表情の変化は乏しく、

「私ですか? なぜ? 上位世界の意向を待てばよいではないですか」

 淀みのない澄んだ声で、誰もが思う当然の帰結を述べる。が、

「しかし、……うんともすんとも聞こえなくなったぞ」

「なあ、本当に事件が起きてるのか? そこのネコが嘘を付いてるんじゃ?」

「な! ニャにをバカな! 現場を見れば一目瞭然ニャ!」

「ネコさんが悪趣味な嘘を付くメリットはないと思いますけれど」

「だが、次の犠牲者が出たらどうするんだよ。隣のこいつが犯人かもしれん!」

「はんっ、何言ってくれてんだ! お前こそ!」

「我はケットシー。ただのネコと混同するニャど失礼な」

 各々の代表が好き勝手に話し始め、会場内は疑心暗鬼の加熱さを増していく。

 それでも上位世界からのアナウンスは、ない。

 醜い空騒ぎを横目に、トゥニカを纏う少女は、誰にも気付かれないくらいの小さな溜め息を着くと、

「分かりました。私に務まるかは疑問ですが、やれるだけやってみましょうか。それで、殺された場所はどこなのです?」

 ケットシーの表情がぱっと明るくなり、駆け足で彼女に近づく。

「あ、案内するニャ!」

 やはり少女にはオーラがある。意欲を示す発言をしただけで、会場内は落ち着きを取り戻していた。

 話し合いの末、名乗り出た代表数名が同行し、残りの代表はこの大広間の会場で待機することになった。


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