朝焼けと、トマトの真実
風間くんは、まだうっすら眠気の残る目をこすりながら、焚き火を見つめていた。
火は、生きていた。昨夜からずっと、燃え続けている。
そしてその端っこでは――
「……焼けてる……トマトが、ちゃんと……」
赤い果実は、じゅうじゅうと音を立て、皮がしわしわに縮まり始めていた。
少し焦げ目のついたその姿は、妙にセクシーで、かつ謎の神々しさを放っている。
「……食えるのか、これ……?」
恐る恐る、割り箸でつまみあげてみる。
ふるふると揺れる。中はとろっとして、見るからに熱い。
風間くんは――意を決して、かぶりついた。
「……あっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっつ!!!」
叫んだ。飛び上がった。
寝ていた梓さんがびくっと起きる。
「どした!?敵襲!?」
「ちがいます!!トマトが!!熱いだけです!!!」
「ああ、それ。火の端っこで地味にずっと焼かれてたからね」
「どんだけ高火力で温存してたんですか!?」
「でも、うまくない?」
「……え、あ……」
口の中でとろけたトマトは、酸味がほとんど消え、驚くほど甘く、スープみたいに濃厚だった。
なんというか……“ミネストローネをワンバイトで凝縮した何か”。
「……うまっ……うま……マジか……」
「でしょ!?焼きトマト、世界に広めるべきだよね!?」
「ちょっと泣きそうなんですけど……」
「朝から感動の涙って、いい目覚めじゃん!」
焚き火の中、トマトの香りがふんわり広がる。
鳥のさえずりが聞こえはじめ、空の端が少しずつ明るくなる。
「……あー……きたな。朝焼け」
梓さんが、シュラフから顔だけ出して、火を見つめる。
その横顔は、昨夜よりも少し柔らかくて、なんだか……守りたくなる感じだった。
「風間くん」
「はい?」
「今度、パンとチーズ持ってこう。焼きトマトに乗せたら、絶対トーストになるから」
「いや、朝から感動と企画力の両方くるの重いんですけど!!」
朝焼けの中、ふたりは笑った。
焚き火は、まだ燃えていた。
夜を越えて、朝を迎えて――恋はまた、少しだけ、進んでいた。