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僕の彼女はやばい  作者: 脇汗ベリッシマ
6/23

テントで一夜を共に!?……と思ったら木をこすってた

金曜の夜。

 駅前、仕事終わり。俺は、いつも通り彼女を待っていた。


 


「おつかれー風間くん!今日はさ、キャンプしよっか!!」


「……はい?」


 


 耳を疑った。

 いや、一応想定はしてた。

 またカラオケ?それとも、魚の次は肉か?って。


 でも――キャンプ!?


 


「えっと……キャンプって、あの……泊まりの、ですか……?」


「うん。テント立てて、焚き火して、星見て、ちょっと語ったりして?いい感じじゃん!」


「……テント……」


(え!?え!?これってつまり、一緒に寝て!?近くで!?でもテントって狭いし!!え、え、え!?)


 


 俺の頭は暴走した。


 心臓は馬鹿みたいに速くなり、脳内には“恋人と過ごす星空の夜”というポエムが全開で再生されていた。


 


 だが、現実は――俺の想像など軽く超えていく。


 



 


 キャンプ場に着くなり、梓さんはこう言った。


「じゃ、火起こしから始めよっか!」


「バーナー使います?それとも炭?」


「んーん。今日は……きりもみ式で!」


「……は???」


 


 目の前にあるのは、

 木の棒、木の板、麻ひも……。

 ガチの原始人セットだった。


 


「やったことないんですよね〜!でも一回やってみたくて!」


「いや、今やる!?てか、それで火って本当につくんですか!?」


「回せば火はつく!理屈は合ってる!!」


「理屈だけで押し切るな!!!」


 


 そう言いながら、

 彼女は真剣な顔で棒を両手で挟み、ゴリゴリときりもみを始めた。


 スーツ姿の女性が、夜の森で全力きりもみ回転。


 これは現実なのか。夢なのか。

 いや、もういっそ幻覚でもいい。


 


「……ちょっと煙出た!今きた!あともうちょい!!!」


「火事だけは勘弁してくださいね!!!」


「大丈夫!!火がついたら“めでたいキャンプ飯”するんで!」


「もう“めでたい”の使い方めちゃくちゃですって!!」


 


 ……それでも。


 楽しそうに笑う彼女の横顔に、

 また俺は、心を持っていかれた。






――ついた。


 


 梓さんのきりもみ式。

 誰もが無理だと思ったその行為は、奇跡を起こした。


 


 煙が立ち、火花がちらつき、そして――


「……ついた……ついた!!!!!」


「ま、マジか……!!?」


「ついたぁぁああああああ!!!!」


 


 真夜中のキャンプ場に、勝利の咆哮が響いた。

 スーツとヒールの女が、素手で火をつけたその姿は、

 もはや何のジャンルかわからないが、確かに神々しかった。


 


 そして彼女は言った。


 


「この火はね。

 私たちと、血と、涙と、汗の火なの。

 絶やしてはいけない。」


 


 ――風間樹、22歳。営業マン。

 今、恋人が火を“精神論”で守ろうとしている現場にいる。


 


「……え、いや、寝るんじゃ……」


「交代で見張りね。私、最初いくから。風間くんは後半。いい?」


「火番制度!?現代日本にあったんですかそれ!!?」


「焚き火は命。絶対に絶やしちゃダメ。

 ちゃんと焚き火シート敷いてるから安全性はバッチリ!あとは気持ちの問題!」


「いや気持ちの問題が重すぎるんですけど!!!」


 


 俺はもう何も言えなかった。

 目の前の焚き火が、やけに神聖に見えてきたせいで。


 


 それでも彼女は笑ってた。

 焚き火のオレンジが、頬を照らして――


「……いい火になったなぁ」


「いや、どこの仙人ですか……」


 


 その夜、

 俺たちは愛と火を守るために、交代で眠るという試練のキャンプをやり遂げた。


 恋がこんなに……体力使うとは思ってなかった。


 


 でも――

 夜が明けて、火が静かに消えていくその瞬間まで、

 俺は、彼女の隣にいることを、誇らしく思っていた。


火が安定した頃、梓さんはカバンをごそごそ漁りはじめた。


「……え、なに出すんですか?」


「ふふん、これだあああ!!」


 


 彼女の手の中にあったのは――銀色に輝くアルミホイル包みが2つ。


「焚き火といえば、これでしょ。焼き芋!」


「え!? そんなの持ってきてたんですか!?」


「当然。キャンプってのはね、事前準備で決まるの。

 準備8割、火力2割。焼き時間は愛と根性!」


「いちいち名言っぽいのが重い……」


 


 そう言いながら、彼女はその芋を――バッサリ焚き火の中に投げ込んだ。


「おいおい!置くんじゃなくて投げるんですか!?」


「大丈夫、アルミホイルは信じてるから」


「宗教的な意味で!?」


 


 火の中でじんわりと熱される芋。

 パチパチと音を立てながら、焚き火は静かに燃え続けている。


 


「これが今日の夕飯ね。時間をかけて、じっくり作るぞー!」


「まさかの芋2個でキャンプ飯フィニッシュ!?」


「いいじゃん!質素だけど味は濃厚よ!あと、デザートも焼くつもりだから!」


「……何焼く気ですか……?」


「ひ・み・つ♪」


 


 予測不能の焚き火ナイト。




「……うまっ……」


 


 そして風間は焚き火の前で、手にした焼き芋にかじりつく。


 皮を破った瞬間に広がる、ねっとり甘い香り。口に入れれば、ほくほくで、やさしくて、まるで“ご褒美”だった。


 


「ね?美味しいでしょ?」


「うまいっす……いや、うますぎて涙出るかも」


「それはもう疲れてるんだよ。食べたらすぐ寝な。あとは私が見張ってるから」


「……すいません、ほんと」


「いいって。交代制だから。恋も火も、長持ちさせるには努力が必要!」


「うわ、また名言っぽいの出た」


「今の書き留めといて!」


「日めくりカレンダー作りましょう」


 


 彼女が笑った。


 その横顔が、炎に照らされて綺麗で――風間くんは胸が少しだけ、ぎゅっとなった。


 


「じゃ、寝ます……頑張ってください」


「いってらっしゃい夢の世界〜」


 


 



 


 しばらくして――


 風間くんが、薄明かりの中で目を覚ます。


 焚き火はまだ生きている。ゆらゆらと、オレンジの火が静かに揺れていた。


 


「あ……梓さん、交代します」


 


 火のそば、彼女は正座していた。真剣な目で、火を見つめている。


 


「んー、ちょうどいいタイミングだね。じゃ、バトンタッチ!」


 


 風間くんが火の番に入り、彼女がやっとシュラフにくるまる。


 


 ……だが。


 


「ちょっと待ってて」


 梓さんが、カバンをごそごそ漁りはじめた。


 


「え、もう寝るんじゃ……?」


「最後にひと仕事!」


 


 そして取り出されたのは――トマト。


「は?」


「今夜のデザートはね、焼きトマトです」


「……なんで?」


「トマトって、焼くと甘くなるのよ。酸味が飛んで、旨みだけ残るの。これ、マジでびっくりするから」


「……芋で感動した直後に、それ……!?」


 


 それでも彼女は、焚き火の端っこに、トマトをそっと置いた。


 じゅう……と、皮が焼け、少しずつ弾けていく。


 


「このトマトみたいにさ。見た目は変わらないのに、熱を加えると味が変わる。恋も人も、そういうもんでしょ?」


「……名言が……ちゃんとトマトで来た……」


「寝る前にひとつぐらい、残したくてさ」


 


 彼女はトマトを少し転がして、火加減を調整すると、ようやく眠りについた。


 


 風間くんは焚き火の前に座り、じっくり焼けていくトマトを眺めながら、ぼそっとつぶやいた。


 


「……デザートで哲学すな……」


 


 火は、今日も静かに、温かく、夜を照らしていた。


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