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僕の彼女はやばい  作者: 脇汗ベリッシマ
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真鯛と彼女と、湯気の向こう

朝焼けの港に、冷たい風が吹く。


 ぐったりした俺を横目に、梓さんは釣ったばかりの真鯛をヒョイと持ち上げた。


「ほら、見て見て!このサイズ、今日イチでしょ?」


「……はい。真鯛より僕の魂が釣り上げられてます……」


「なにそれダサい。あと、魂は釣ってないけど、魚はガチで釣ったよ?ほら、めでたい!」


「“めでたい”使いすぎて、そろそろ真鯛が気まずそうに見えてきました」


 


 桟橋で待っていたのは、船長――ノブさん。

 ニット帽に無精ひげ、魚より笑顔が濃い男だ。


 


「おう梓ちゃん、またスーツとヒールかよ。

 んで今日は……お、男連れか?」


 


 梓さんは胸を張って、爽やかに言った。


 


「はい!彼氏です!!」


 


 風間樹、22歳。元不良、現・営業マン。

 朝焼けの中で、心臓が爆発しかけた。


 


「……え、いま、えっ、はい? 彼氏って、あ、はい、あの、えっ?」


「わー、風間くん慌てすぎ!かわいー!」


「うるさいです!!」


 


 ノブさんは笑いながら俺の背中をバシンと叩いた。


「そりゃまた、めでたいなァ!!

 よし、梓ちゃん。船小屋、使っていいぞ。鯛めし、久しぶりに頼むわ!」


「やった!じゃあちょっとキッチン借りまーす」


 



 


 船小屋に入ると、潮と木の匂いが混ざった落ち着いた空間だった。

 コンロの前で、梓さんが髪を後ろでくくる。


 


 その姿が、いつものスーツ姿と全然違って見えた。


「……本当に、料理できるんですね」


「できるっていうか、私さばくの得意だし? 剣道部だったし」


「いや武器違うじゃないですか」


「気合が一緒なら何でもいけるって!」


 


 そんなテンションで始まった料理は、予想以上に本格的だった。


 包丁を握る手は迷いがなくて、真鯛の身をきれいに下ろしていく。

 炊き込み用の出汁を取り、炊飯鍋にセットしてぐつぐつ。


 湯気が立ち上る船小屋に、優しい香りが広がった。


 


 その間、俺はただ、呆然と見ていた。


 昨日までの彼女と、目の前の彼女が同一人物とは思えなかった。


 でも。


 


“10時間カラオケする彼女が、

 朝の船小屋で真顔で鯛めし炊いてるなんて、誰が想像する?”


 


 俺の中で、何かが静かに変わった気がした。


 



 


 鍋のふたが開かれる。


 立ちのぼる湯気の向こうに、笑う彼女がいた。


「できたよ〜!食べよ、風間くん!」


「……めっちゃいい匂い……」


「でしょ?“めでたい交際記念日”だからね!」


「もう“めでたい”聞きすぎてめまいしてきました……」


「じゃあ一緒に“たい”落とそ?」


「やかましいです」


 


3人分の鯛めし。

 小屋の中に、潮の匂いと炊きたてのご飯の香りが満ちていく。


 


 ノブさんがぽつりと言った。


「お前さん……いい女つかまえたな。逃すなよ?」


 


 俺は、自然と答えていた。


「……はい。絶対に」


 


 心から、そう思った。

 “やばい”だけじゃ言い表せないこの人と、もっと一緒にいたい。


 


 その朝は、きっと一生忘れない。


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