お試し交際、始まりました(地獄の始まりとは知らずに)
「……マジでしつこいよね、風間くんって」
再会してから、何度連絡先を聞いたかもう覚えてない。
駅前でナンパから助けたあの日から、俺はずっと彼女を追ってた。
SNSもやってない。住所も聞けない。職場も教えてくれない。
唯一わかったのは――彼女が、有名商社に勤めているってこと。
スーツを着てるのに、あの人だけは自由だった。
駅前で笑う顔が、俺の記憶の中の“先生”よりも、ずっと綺麗になっていた。
「一回くらい、ご飯くらい……どうですか?」
「断るって言ってんのに、毎日誘ってくるとか、もはやストーカーでしょ」
「真剣に恋してる人間のこと、ストーカーとは呼びません」
「……その言い分、なんかむかつくんだけど」
苦笑いしながらも、彼女はどこか楽しそうだった。
――と思いたかっただけかもしれない。
そして、十回目の誘いのあとだった。
桜が少しだけ咲き始めた、そんな夜。
「じゃあさ、風間くん」
ベンチに座って缶チューハイをあけるその姿は、やっぱり“大人”だった。
「3ヶ月。“お試し”で付き合ってみる?」
言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。
「……お試し?」
「うん。なんか、勢いだけで告白してきてる気がして」
「勢いじゃないです。これは……長年の片思いのガチです」
「はいはい。でもさ、私のことちゃんと知って、それでも平気だって思える自信ある?」
風が吹いて、桜の花びらが舞った。
彼女の横顔は、相変わらず綺麗だった。
「いい? 風間くん。
ついてこれなかったり、嫌になったら、すぐにお別れしようね?
私は、“無理して続ける恋”とか、面倒だからさ」
「……嫌になんて、なりませんよ」
その時は、本気でそう思ってた。
いや、違う。わかってたはずだ。
“彼女は本当に、それで終わらせる人だ”ってことを――
でも、その時の俺はただ、
「……よろしくお願いします。七瀬さん」
「……ふふ。はいはい。
じゃあ、さっそく――今からカラオケ行こっか!」
「……は?」
「明日お互い休みでしょ?せっかくだから、思い出作りたいじゃん!」
その夜。
社会人一年目、元不良の俺・風間樹は、
“お試し交際初日で、カラオケ10時間ヘドバン地獄”にぶち込まれることになる。
もちろん、まだ知らなかった。
これが、“やばい彼女”との本当の始まりだってことを――