副業じゃないもん、ボランティアだもん。
その日、朝から胸騒ぎがしてた。
「駅前広場で待ち合わせね。スーツで来て!」
梓さんからのLINEに、イヤな予感しかしない。
だが指定された時間に向かうと――
いた。
松葉杖ついたアニメキャラの格好で、満面の笑みでビラを配ってる女。
……あの人、うちの彼女です。
「お待たせしました……って、ちょっと、何してるんですか」
「見てわかんない?“ミツキちゃん”だよ。“怪我しても戦うヒロイン”!」
「……なんで、その状態でコスプレしてまで街頭に立つんですか」
「リアル松葉杖、使わなきゃもったいないじゃん?再現度、MAXでしょ?」
誇らしげな笑顔で言う梓さん。
いや、使い方違うし。医者が泣くぞ。
「で、風間くんはこれ着て。君はナオくん」
「……誰ですかそれ」
「ミツキちゃんのサポート役!空気読めないけど、情に厚いサブキャラ!」
「……どう考えても、俺、地味枠じゃないですか」
「大丈夫大丈夫!ナオくん、ガチ勢に人気だから!」
そう言って渡されたカーディガンと謎のビラ束。
……もう、逃げられない空気だった。
「……あの、俺、会社副業禁止なんですけど」
「うんうん、大丈夫!これはボランティアだから!」
「……いやいや、思いっきり働かされてますよね?これ」
「ノンノン。“推しへの愛”は、労働にカウントされません!」
「……俺、社内コンプライアンス部に謝っときます」
こうして俺たちは、駅前の片隅に立つことになった。
松葉杖の美少女と、地味サブキャラ(俺)の謎タッグで。
「ミツキちゃんだー!かわいいー!」
「写真撮ってもいいですか!?」
「お大事にー!」
梓さんはバッチバチに決まった笑顔でピースをキメてた。
……いやほんと、俺、何やってんだ。
(でもまぁ……なんだろうな)
横で笑ってる彼女を見ると、
全部バカバカしいのに、不思議と悪くないと思ってしまう。
そういうとこなんだよな、この人のすげぇとこって。
*
ビラを配り終えたあとのラーメン屋。
「風間くん、今日も付き合ってくれてありがと。
風間くんがナオくんで、マジ助かった!」
「……いえ、俺でよければ……」
「うわ、なにそれ!超ナオくんセリフじゃん!」
「……俺、もうダメかもしれません」
ラーメンを前にドヤ顔を決めた彼女が、こう言った。
「副業は禁止でも、恋は自由だから」
――またひとつ、俺の常識が破壊された夜だった。