彼女の城と、クレープパーティー
先週、スケート場で彼女が放った「フィギュア〜」という一言の直後、
俺の世界は一度、静かに終わった。
音を立てて転び、彼女は骨折。救急車。病院。ギプス。
全治6週間。
そして今日――
俺は、人生で初めて、
“億”がつく場所に足を踏み入れようとしていた。
*
「……え、これ……あの有名なタワマンですよね……?」
玄関前に立つだけで、空気が違う。
ドアの先に“異世界”があるような、そんな感覚。
けれど、一歩も入れない。
「すみません、お名前とご用件を」
フロントの警備員さんに止められた。
当然だ。俺、一般庶民。
「あっ、風間です。梓さんに……呼ばれて……で、彼氏で……」
自分で言って、ちょっと照れる。
そもそも“彼氏です”って億ションで言うセリフじゃない。
「確認いたします。少々お待ちください」
(……なんだこの緊張感。これから就職面接か?)
数秒後、警備員が微笑みもせずに一言。
「どうぞ、お入りください」
扉が、静かに開いた。
冷房の風すら、なんだか金の匂いがする。
(この時点で、すでに緊張で汗が出るんだけど……)
*
そして、○○階。超高層。
玄関のドアが開くと――
「やっほー!風間くん、いらっしゃーい!!」
笑顔で手を振る彼女は、足をギプスで固定し、
コロコロ付きの椅子にちょこんと座っていた。
「お、おじゃまします……」
「はい!まず荷物置いて、エプロンして!」
「えっ!?えっ!?何ごと!?!?」
「今日はクレープパーティーだから!ほら!焼くよ!」
「えっ!!?骨折してる人が仕切ってる!!??」
部屋の中は――
大理石の床、巨大な窓から見える東京の夜景、
そして、ダイニングテーブルには業務用クレープミックス・フルーツ・チョコ・クリームの山。
「買いすぎでは!??」
「いやー、通販って便利よねー!冷凍いちごとか1kg届いたし!」
「いや1kgて!!どんな規模でやるつもりだったんですか!!」
その後、
俺は人生初、**“恋人の城で、2人だけの量産型クレープパーティー”**を経験した。
「風間くん、焼くの下手すぎ!丸くない!」
「ギプスで寝てて暇だった人に言われたくない!!」
「でもこのチョコバナナ風間スペシャル、うまい。合格!」
「やった!称号“クレープ騎士”ください!」
「え?じゃあ正式に付き合った記念、クレープ契約ってことで?」
「なんすかその儀式!?」
夜景を背景に、笑い声が響く。
あの日、スケート場で骨折した恋人は、
今、自宅でクレープと笑顔を量産している。
恋の形は人それぞれだけど――
“甘くて、ときどきド派手で、でもちゃんと幸せ”
俺たちは、きっと、いい関係を続けている。