氷上のルッツと、恋人の悲鳴
金曜日。昼過ぎ。
俺はスマホを見ながら、ひとつため息をついた。
《風間くん!今夜は決めた!スケート行こ!》
――付き合って初の金曜。
普通はもうちょっと、落ち着いたデートになるのでは……?
たとえば映画とか、ディナーとか、イルミネーションとか。
それが、氷。スケートリンク。
……まぁ、彼女らしいっていえば、らしいんだけど。
*
夜、スケート場。
俺が人生2回目のスケート靴を必死に履いてる横で――
彼女は既に、氷の上でくるくる滑っていた。
「たのしぃぃぃぃーー!!!」
叫びながらターン、ターン、ちょっとジャンプ(風)!
歓声は誰も上げてないけど、本人だけは完全に金メダルの空気感。
そして、悲劇は突然やってきた。
「風間くん!見ててーー!!
トリプルルッツいくよー!!」
「ちょ、ちょっと待ってルッツって何!?それ危ないやつ!?」
――その瞬間、彼女はターンして、腕を広げて舞い始めた。
「フィギュア~~~!!」
からの――
ズシャァァアアッ!!!!!!!
――鈍い音。
思わず、心臓が止まった。
「梓さん!?」
彼女は、リンクに倒れていた。
変な角度で、片足を抱えながら、顔が引きつっている。
「……ごめん。動かすと、死ぬほど痛いかも」
「待って、ヤバいやつ!?音やばかったですよ!?折れた!?いや折れてるよねこれ!?」
「ちょっと、骨……って感じする」
「救護室!誰か!スタッフさーーーん!!!!!」
俺は、彼女を抱きかかえるようにして、リンクの外へ運んだ。
「笑って……ちょっと、笑っててよ……」
「え、何が?」
「風間くん、マジすぎて顔こわい……」
「笑えねぇよ!!!初彼氏になって、初金曜で骨折って……こんなルート聞いてない!!!」
「……ごめん、でも……めっちゃ楽しかった」
「感想がポジティブすぎる!!」
リンクの外。
スタッフに連れられて、救護室へ。
梓は痛みで顔をしかめながらも、ちょっと笑っていた。
「……来週は、片足でいけるアクティビティ探そっか」
「まだ攻める気なの!?」
正式に付き合って、最初の金曜。
俺は、恋人の骨が折れる音を聞いた。
――恋って、予定調和じゃない。
だけどそれでも、
**「この人となら、何が起きても楽しい」**って、
俺は本気で思ってた。