白トリュフ塩と、心配性な恋
金曜日。
約束もしてないけど、いつも通り“会える日”だった。
俺は、駅の改札の前で、いつものように彼女を待っていた。
けど、今週は“いつも”じゃなかった。
木曜の夜、「明日は会えない、ごめん」と一言メッセージが来て――
それから、日曜の夜まで既読がつかなかった。
その間、俺はというと、
・おはようを送る(未読)
・おやすみを送る(未読)
・仕事終わった報告(未読)
・どうでもいい天気の話(未読)
ずっと未読。
心の中では、
(……もしかして、もう飽きられた……?)
(あのラーメンの帰りがピークだったんじゃ……)
(いや、ラーメンまではよかった。あのときの“バイバーイ”は笑ってた)
……って、自家製不安ループを毎晩ひとりでやってた。
そして月曜の朝、ようやく“既読”。
安心したけど、それはそれで……
(……え? 返事、ないの……?)
(なんか……俺、めちゃくちゃ重いやつになってる?)
そんなモヤモヤを引きずって、今に至る。
そして、目の前に――彼女が現れた。
「やっほー風間くん!はい、これ!」
「……え?」
差し出されたのは、小さな包み。
中には、白い瓶。ラベルには“tartufo bianco”の文字。
「お土産!白トリュフ塩!料理に使ってね!」
「……え?」
「え、なにその顔?」
「……え、ちょっと待ってください。お土産……?」
「そう!だって、イタリア行ってたし!」
「……は???」
俺は、耳を疑った。
「いや、ちょ、待って。イタリア?って、どこの?」
「イタリアのイタリア。ローマとフィレンツェ、ちょっとだけベネチア」
「いや、どのくらいの期間……?」
「金曜に有給、月曜は半休。ちょっと4日間、ぷらっと」
「……はぁぁあああ!?!?」
俺の脳内で、ずっと再生されてた“失恋の可能性”が、粉々に砕けた。
「ちょ、ちょっと待ってください。
俺、4日間、返事来なくて……
マジで、嫌な想像ばっかしてましたからね……!!」
彼女は、ぽかんとした後、笑った。
「えっ、そんなんで落ち込むの?
あ、でも毎日連絡取り合ってたもんね!?
今週有給取ってたこともあって、仕事忙しくてスマホ見る暇本当なかったの
ごめんごめん、旅行中もSIM抜いてたから通知もオフだったの」
「SIM抜く!?どの時代の旅行ですか!?」
「現地の景色、目と心でちゃんと見たくてさ。あと、ナンパ避けもあるし」
「いや、理由が重くて正しい……!」
俺は、ふぅ……と深く息を吐いた。
恋って、こういうスパイスで振り回されるもんなんだなって思った。
そして、手元の白トリュフ塩が、やたら高級に感じた。
「……俺、この塩、死ぬまでにちょっとずつ使います」
「やだ、貧乏性〜!」
「いや、恋の思い出は大事に保存したい派なんです!!」
彼女は、少し目を細めて笑った。
俺は、またその横顔に、惚れ直した気がした。