續・「透明」な存在
〈夏立つて取り敢へず我洟かめり 涙次〉
【ⅰ】
唯一の「斬魔業界紙」だと云ふ、『魔界往來』なるタブロイド判の、まあ云つてみればカンテラ一味、及び係累のゴシップを書き連ねたもの、が創刊された。
カンテラは、すげない事を書き立てられるのには、慣れてゐた。今までだつて、スポーツ新聞にはどの紙にも、「今日のカンテラ一味」が連載されてゐたし、どの道、彼らが違法寸前の活動をしてゐる事は、世間に廣く知られてゐる。それを云つたら、まあ一種の「係累」と云へる楳ノ谷汀の報道活動だつて、徒らに煽情的な面も見られ、それには抗しやうなく、たゞ慣れるしかない。
だが『魔界往來』には怪盗もぐら國王一味や、安保さん、佐武ちやんらの事も書かれていて、特に半ば堅氣である安保さんの身邊までやいのやいの云はれたのでは、彼の上役である、貝原文嗣會長だつて黙つてはゐない。また、違法寸前どころか、盗みを稼業としてゐる國王たち(朱那含む)の行狀は、正直本人たち、「書かれたら困る」のである。
【ⅱ】
編輯人、の記載あり、心階政氣と云ふ名が見えた。雪川組長の弁に依ると、「奴は半グレで、ヤクザもんより始末が惡い」との事。裏社會では、ちと名の知られた人物のやうだ。
創刊号には、「怪盗もぐら國王の助手・枝垂哲平が、ネクロフィリアックに!!」の見出しが躍つてゐた。これは、これから戀を始めやうと云ふ枝垂、及び兄貴分の國王(泥棒にも體面と云ふものがある)には、いゝ迷惑である。
冥府で- エツミ(だうやら本名は木場惠都巳と云ふらしい。これも『往來』に書かれてゐた事)、「哲平ちやん、あたし、迷惑~?」と、ちよつと引いた台詞を吐いた。彼女も『往來』を手にしてゐたのである。「迷惑だなんて」と、枝垂、彼女の冷たい躰を抱き締めるのだが、だうやつて彼女が『往來』を入手したか、は謎である。
更に、冥府より人間界に戻ると、新興宗教やら、占ひの類ひが、彼のマンションに殺到して、「貴方は穢れを祓はねば」など、余計なお節介を焼いてくるのには、枝垂、閉口した。
【ⅲ】
だうやら、心階、【魔】に近い男、である事が、何となく浮かび上がつてくる。然し、テオに云はせると、心階、自身のデータは、web上から綺麗に消し去つてゐる。プロフィールを、こちらは知らず、向かうばかりに、自分たちのデータが流出してゐる- そのからくりは謎めいてゐて、これは、所謂ところの「ニュー・タイプ」(ガンダム・ファンの皆さん、ご免なさい)? と云つた體。魔界にも新しい波が起きてゐる事だけが、分かるのだつた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈カーテンを閉めた儘なる我が部屋に光風の欠片届くものかは 平手みき〉
【ⅳ】
結城輪が、「透明人間」化願望を抱いてゐたのは、記憶に新しい第120話に書いた。實は(これは作者のみ知る事)心階、透明人間だつた。しかも、聴覺が異常に發達してゐて、その潜在能力はまさしく「ニュー・タイプ」の名に愧ぢない。
テオが、ロボット番犬タロウの身に起きた異變に気付いたのは、彼が優れたテレパスだつた事、に依る。タロウの機械仕掛けの脳の波動が、弱まつてゐる。別に昼寢したつて構はない譯だが、その波動の衰微の仕方が、テオには氣になつた。
急ぎ、安保さんに連絡したが、「例の『往來』の一件で、貝原會長直々に、私は『カンテラ一味』との交際、禁止令を出されてゐる」-これには、テオ、困つた。明らかに、タロウは何者かに依つて強制的に眠らされてゐた-
これも何もかも、心階のせゐであつた。彼は、自慢の聴覺で以て、カンテラ一味の事を「聞き暴く」為に、より事務所に張り付きたい、その為には、邪魔なタロウ(透明の身でも、彼の嗅覺には、察知されてしまふだらう)を眠らせる必要があつた。だうやら心階、己れの姿を自在に隠す事が出來、その他特殊な能力を様々持つてゐるらしいと、一味、氣付いた。
【ⅴ】
さて、カンテラ一味、だう出る? 透明な躰では、カンテラにも手に余る。何か尻尾を摑まねばなるまい。だが、じろさん、「俺に任せろ」と、カンテラに云ふのだ。一體、どんな手があるのか。相手は(これは知られざる事だつたが)魔界、冥府、人間界を自由に行き來する(惠都巳が『往來』を手に入れたのは、心階から直で、だつた)「ニュー・タイプ」である。勝ち目はあるのか...
【ⅵ】
じろさんに促されて、カンテラ、発行處の記載に沿つて『往來』の出元まで出張つた。これに氣付いた(これも以上發達した聴覺のお蔭なのだ)心階、透明化して、待ち受ける。だが...
「おい、來てやつたぞ。貴様、自分の命に幾ら出す?」‐これはカンテラサイドの空威張りのやうに思はれたが、實はさうではない。じろさんには、「氣」を感ずる能力が、武道鍛錬の結果、備はつてゐるのである。「カンさん、そこ右だ!」‐「こつちかい?」‐「さう、更に、左へ一寸」‐これには流石の心階も、我が身の長くない事を悟らざるを得ない。
「ち、ちよつと待て。カネなら出すよ」姿を現はし、心階は云つた。明らかに慌てゝゐる。「よし、幾らだ」‐「今金庫には、200萬程、入つてゐる」‐「ふん、安い命だな」
【ⅶ】
カネをゲットすると、カンテラ、「お前、生かして置ける筈がないんだよ。カネ貰つた上惡いが、死んでくれ」‐「な、何!?」急ぎ透明化しても、じろさんはそんな彼の動きを「見切つて」ゐた‐「左だ、カンさん!」
「しええええええいつ!!」斬。怒らせると、追い剥ぎ同然の事もやるカンテラ一味。だが、それを暴く者は、もう人間界には、ゐない。
【ⅷ】
〈子供の日かつての子供らにもあれ 涙次〉
お仕舞ひ。