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009. 出発

 目的地のセージミアは、薬草栽培で有名な村だ。山の中腹にあり、湖を見下ろす静養地としても名高い。私も幼い頃に訪れたことはあるが、今回は行商人の道案内として向かう。


「ギルドで案件を獲れたは良いが、()(じょ)会の護衛を付ける条件だったんだ。まったく、()ける前にカハルと約束しておいて良かったよ」


 先頭の馬車で御者台に座るのは、私と商隊長のブランだ。四十を過ぎたひげ面の彼は、家族五人と馬車三台で行商を営んでいる。普段は港町と内陸部を繋いでいるが、近頃、薬草の流通が減っていることに気づいたと言う。そこで、内陸部の領都レディントンを終着点にせず、更に山を越えてセージミアまで薬草を買い付けに行こうと思い立ったそうだ。なお、レディントンは私の祖母の旧姓で、焼けた私の屋敷がある町だ。


「普通なら、外から来たやつが割り込む隙なんか無いんだ。ただ、セージミアと取引していたやつが急にいなくなったせいで、なかなか後継が決まらないらしくてな。地元のやつが強引に取引を進めても、同業からの妨害でまともに馬車を走らせることも出来ないんだとよ。だから、後継争いの決着が付くまでは、どことも繋がりのない外から来たやつのほうが却って都合が良いんだ。もっとも、一回限りの仕事になるだろうがな」


 日の出とともに開いた税関門をくぐり、領都レディントンを出発した。今の時季なら、暗くなる前にセージミアへ到着する見込みだ。ただし、迷わなければの話である。古い村とはいえ、二百人ほどしかいない場所への道は何も整備されていない。もし道を見失えば、野宿することになる。草原ならともかく、森を馬車で通るには道が必要だ。自力で切り開いていては、いくら魔力があっても足りないだろう。


「どこに行こうと護衛は雇うんだが、その扶助会ってところの評判を調べてみたら、これがわざわざ頼みたいやつらでもなくてよぉ。噂じゃあ、今までセージミアと取引していたやつが急にいなくなったのは、扶助会のせいだとか言うじゃねぇか」


 最後部の馬車には、その扶助会の二人がいるというのに、どうせ聞こえやしないと高を括っているようだ。


「そこでカハルだよ。扶助会の護衛が割高なだけなら、まだ良いんだ。だが、手を出して来るってんなら、こっちも考えなきゃならねぇ。大した額じゃないとはいえ、教会に寄進してカハルを道案内に寄越してもらったんだ。あいつらがカハルに手を出せば、教会が黙っちゃいねぇ。つまり俺たちの身も安全だってことだ」


 ブランは、エールを片手に御者台で延々と喋っていた。主な話題は、彼の家族についてだ。弟に妻と二男一女の子ども達で行商をしているが、末っ子の次男が二十代中頃となったため、もうじき独立させたいと言う。ブランが長距離の旅に耐えられなくなったことも理由の一つだ。そして、子ども達を独立させるときは、ブランの弟を付けたほうがいいだろうか……、等と私の興味をそそらない話を垂れ流している。


 しかし、早朝に出発して、まだ昼にもなっていないのにブランは酔いが回っていた。この様子では、確かに長距離の旅は難しいだろう。次の休憩で御者を交代する必要がある。幸いにも、酔っ払いを寝かせるスペースは余っていた。本来、村の規模からすれば馬車二台で十分だったが、セージミアとレディントンの取引がしばらく滞っていたため、今回は馬車三台で向かっている。とはいえ、村には備蓄があり、夏も終わったばかりだ。三台に満載で行っても、売れ残る可能性が高いとのことで、往路の荷台には少しばかり余裕があった。


 セージミアで売る商品は、麻布や塩漬けニシン、干しブドウ、干しリンゴ等だ。買い付ける商品は、各種の薬草と蜂蜜である。予定では夜に到着し、次の日に取引を済ませ、三日目の朝にセージミアを出発する。初めて訪れる行商人でも、扶助会の口添えがあれば、問題なく取引できると言う。


◇◇◇


 平地を抜け、四つ目の丘を越えたところで草原が終わっていた。まるで線を引いたようにくっきりとした境目から森が始まっている。


「それでは、カハルと道を探して来ます。皆さんはしばらく休んでいてください」


 十八歳の青年は、扶助会から派遣された()()()だと自己紹介していた。名前はシャウルだ。扶助会のもう一人は、残って馬車を護衛するそうだ。シャウルは、これまでに見た中でも、額の奥(コーテクス)の光の動きがなかなか早かった。


 もしかすると、先ほどまで見ていたブランとの落差が激しいせいかも知れないが……。なお、泥酔していることが関係しているのか、いくら≪天の祝福≫(ブレッシング)≪破滅のもと≫(ベイン)を掛けても、ブランは退屈な話を続けるだけであった。


「カハル、この辺りで分かれよう。俺は右に行く。手筈通り、入り口を見つけたら青い光、対処できない状況に陥ったら赤い光を打ち上げるんだ」

「青い光を見たら直行、赤い光を見たら馬車へ戻る、だったな。大丈夫だ、分かってる」


 シャウルと反対方向に小走りで駆け始める。立ち並ぶ木々に目印を探すのだ。魔法で焼き付けた矢印がどこかの幹にあるはずだ。中には誤った矢印もあるため、実際の道を発見するまでは安心できない。


 森の浅い場所は、比較的多くの道がある。山を登るに連れて道は合流し、最終的に二本となる。新しい村なら一本だったかも知れないが、セージミアは古くから続く村のため、経路がいくつも開拓されている。例えば草原から森までの道も、急な勾配の近道と、緩やかな勾配の回り道がある。馬車の重さや馬の頭数で経路を選べるが、森に入った後は選択肢が狭まってしまう。


 サラに描いてもらった地図を取り出す。地図には、強盗団の拠点からセージミアまでの経路と、セージミアからレディントンまでの経路が記されていた。サラの記憶を元にしているため、森に入るときではなく、森から出るときの景色が描かれていた。森の前に広がる丘の形と見比べてみる。……何となく違う気がした。


 足を止めること何度目か、ようやく地図と一致する場所を見つけた。結局、丘の形を探している内に、あちこちに矢印が刻まれた場所へ辿り着いた。矢印が指す方角へ向かうと馬車が通れる道があり、そこで振り返れば、ぴたりと一致する丘があったというだけのことだ。


 魔法を構築し、打ち上げる。大きな爆発音とともに青紫の炎が上空に現れた。シャウルと馬車が到着するまで、もう何度か打ち上げ直す必要はあるが、それまでは休憩だ。入り口に生える太い幹に寄りかかる。


「強盗団、どうしようかなぁ」


 リアムに≪天の祝福≫(ブレッシング)を掛けたときは、目に見えて言動が変化した。しかし、外から来た商人や教会の年配者は、変化はするものの、どうにも効きが悪かった。


 本来の想定では、あと数日後に強盗団を討伐するはずだった。いや、それ以前に扶助会の人員が同行する状況が想定外である。戦力としては頼りになるが、今日明日で強盗団討伐を持ち掛けるには、このままでは駄目だろう。きっと一笑に付されるか、地図を奪い取られてしまう。


≪天の祝福≫(ブレッシング)掛け続けてみるか……」


 何も考えていない時に額の奥(コーテクス)の光は動いておらず、私が干渉しても言動への影響は少ない。逆に言えば、額の奥(コーテクス)の光がよく動いているシャウルは、干渉の影響が大きいはずだ。遠目に行商人の馬車が見えた。こちらに向かって何かを叫んでいる。


「大きい音を――出すな!」


 風に乗った怒鳴り声が、(かす)かに聞こえた。


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