008. 準備
「えーと……、高利貸し、税金の取り立て、粉ひき、かなぁ」
意外にもサラが知っていた。劇で定番の悪役だと言う。教会ではなく、巡業劇団の演目によく出てくるそうだ。町の広場で公演がある時は、アビゲイル院長がみんなを引き連れて行くらしい。
「もっとこう、明らかに法に反する悪者はいないのか?」
高利貸しや徴税人を倒せば、資金を調達でき、民衆の支持も得られる。将来的に規制を強化し、政策に一貫性を持たせることも可能だろう。だが、法に従う相手から金を奪う訳にはいかない。彼らが違法行為に手を染めているとしても、財産の没収には裁判を経る必要がある。そうでなければ、ただの強盗だ。それと粉ひきは、大した資産もないだろうから、今回は対象外である。サラが小首を傾げて答えた。
「誘拐犯とか、強盗団とか……?」
「強盗団なんてこの辺りにいるのか?」
「いるよ。だって」
――サラはそこで産まれたんだよ、と大したことではないように言う。その額の奥には≪暗い光≫が渦巻いていた。このまま続きを聞いてはいけない気がする。
「お母さんは、教会に私を置いていなくなっちゃった。でもね、温かい背中におんぶされて通った道は、サラ、覚えてるの」
サラは孤児院に入ったとき、まだ歩けないほど小さかった。しかし、その頃の記憶が残っていると言う。そして成長する中で、いつしか自分が強盗団にいたのだと気づいたらしい。
「その強盗団は隠れるのが上手で、もう十年も捕まっていないんだって」
私を見上げる顔は、薄く微笑みを浮かべていた。必死にサラの≪明るい光≫を広げる。
「強盗団のいる場所を教えてあげる。カハルは、悪者をやっつけたいんだよね?」
確かに、治安を乱す集団であれば討伐できる。それも古い強盗団だと言うなら、裁判所の喚問を無視し、とうに法外追放されているはずだ。つまり、彼らを守る法はどこにもない。
「もしお母さんが生きていたら、きっとこれからも悪いことを続けると思うの。だからお願い、もう辞めさせてあげて」
強盗から没収した財産は、すべて領主に納める必要がある。その後、おおよそ三割から五割が報奨として与えられる。領主は私だが、一連の手続きは領主付きの三室が行う。討伐完了の申請を政務室が受理し、討伐の法的根拠を法務室が審議し、軍務室は強盗団の拠点を検める。本来の業務分掌では、政務室が現地調査するのだが、流石に手が足りないため、人員が豊富な軍務室が代行する慣例だ。
「サラ、強盗団の構成員は絞首刑になる。その活動を援助した者も同罪だ」
「お母さんは神様の教えを守るから、自分じゃ死ねないの。だから、きっとまだ生きてる。カハル、もう頑張らなくてもいいようにしてあげて……」
サラの額の奥は明るい光に包まれていた。これは、私に都合の良いことなのか? サラの母親、もしかすると父親までも絞首台に送ることになる。もし、私が額の奥をいじらなければ、サラは討伐を望まなかったのではないか。無理に≪明るい光≫を広げたせいで、意思をねじ曲げてしまったのではないか。……しかし、領主として正しい判断は、やはり討伐である。私情を除けば、街道強盗など百害あって一利なしだ。
「サラは、お金があったらやりたいことはあるのか?」
「えっとね、靴屋さんになりたい!」
聞けば、サラの母親はたくさんの靴をよく並べていたらしい。旅人から奪い取った、大小さまざまの靴だ。色ごとに並べ、素材ごとに並べ、新しい順に並べて眺めた。それを傍で見ていた記憶から、サラは靴づくりに興味を持ったと言う。消えた母親を思い出すそうだ。
切っ掛けはともかく、順調に事が運べば、その夢を手助けしようと心に留めた。両親には、もう二度と会えないだろうから。
◇◇◇
地図を手に入れた。子どもらしからぬ精彩さで描かれた地図だ。拠点は、ここから一日ほど離れた山あいにあった。サラの記憶では、強盗団は全部で十一人だ。子どもはいない。
今まで討伐されなかったのは、拠点を突き止められなかったためだ。よほど上手く立ち回っていたらしい。しかし、場所さえ分かってしまえば、後は掃討するだけである。戦力の確保については、すでに手を打った。外から来た馬車に声を掛けたのだ。
拠点付近へ行く商人を探し出し、目的の村までの道案内を申し出た。額の奥に干渉したため、難なく色よい返事をもらえた。じきにアビゲイル院長にも連絡が来るはずだ。
流れとしては、商人を案内する途中、偶然にも強盗団の拠点を発見する。そこで商人たちの欲を刺激し、襲撃させる。討伐後、報奨金を受け取るまで数週間は掛かるはずだ。その間に商人の名前を借りて仲間を増やすつもりである。私が拠点を見つけるのだから、それぐらいの許可はもらえるだろうとの算段だ。
長年にわたり活動している強盗団は、言うまでもなく手練れだろう。先制攻撃で制圧できなければ、勝ち目は薄い。相手が密閉空間にいるなら、外部から多人数で炎を吹き込むのが正攻法だ。内部で炎が燃えなくなる頃には、強盗は体内の空気まで消費され尽くしている。魔力がある限り自然治癒するし、身動きを取れないので拘束もしやすい。これが最善の方法だが、当然対策されているはずだ。もっとこう、額の奥に干渉する能力を活かせれば良いのだが……。