006. 仕事
「これに馬の糞を載せるんだ」
リアムが小さな荷車を指す。孤児院で最初に任された仕事は、道路掃除だった。凍った糞を拾い集め、水路に流す。朝と晩にやるらしい。
「溶けたやつがあれば、高く積めるぜ」
子どもが一人で引く荷車だ。通行を妨げるほど大きくはない。だが水路まで遠い場所なら、出来るだけたくさん載せたい。そこで、新鮮なカチコチに凍った糞を、柔らかい糞でくっつける。家畜は自分で凍らせるが、中にはしつけのなっていない馬もいるのである。
「昼間はまだ暑いから、半日も持たねぇんだ。サボったら直ぐにクレームが入るぜ」
往来の激しい大通りから始める。火ばさみのように長い棒で、落ちている糞を掴む。意外にずっしりとしていた。手に込める力を強め、そのまま荷車に放り込む。
「リアム、どのくらい載せたら水路へ向かうんだ? 行く途中にも拾えるだろ?」
「うーん、ここなら七分目までかなぁ」
その日の往来の状況と、時間帯にもよるらしい。収集ルートを変えることもあると言う。
「でも扶助会の通りは先に済ませないといけないな」
「扶助会……? 川原で私刑をやっているんだったか?」
「ああ。教会に献金もしてくれる。ただ……」
リアムが顔を近づけ、声を潜める。
「あいつらが使っていた商人が、最近いなくなったんだ。噂じゃ、扶助会の闇ルートに乗っかろうとして、そのまま消されたんだとよ」
「なんだ、自滅しただけじゃないか。どうせ入領税か市場税を惜しんだんだろう?」
「盗品を扱うルートだったらしいぜ」
盗品か……。私の屋敷から盗んだものは、既に売り捌かれているだろう。取り戻したところで、屋敷がなければ無用の長物だ。しかし、誰が盗んだのか分かるかも知れない。
「なあ、ここが終わったら次は扶助会のほうに行かないか。早いほうが良いんだろ?」
「今の調子じゃ、日が暮れても着かないぜ。ほら、もっと押しつぶせ!」
時間とともに往来が増え、馬が立ち止まるようになる。荷台を引く横で、馬が冷たい落とし物をした。拾っても拾ってもキリがない訳である。落とし主をにらみつけるが、スッキリとした顔でパカパカと逃げ去った。
◇◇◇
≪額の奥≫が光っているのは、アビゲイル院長だけではなかった。孤児院の外に出てみると、誰もが例外なく、目の上から耳の手前まで光を放っていた。赤系統が多いが、大通りではそれ以外の色も目立っていた。おそらく、魔力色だろう。本来、魔力は全身を流れており、体外に出さない限り色など見えない。そのはずだが、私には人々の額の奥が輝いて見えた。言うまでもなく、私の目がおかしくなったのだ。現にリアムに聞いても、サラに聞いても冗談だと思われてしまった。
川原で見た悪夢では、洞窟に魔力色が反射していた。それがあったから、魔力が発光しているとすぐ気づけた。しかし、あの時は全身の魔力が発光していたが、今見えるのは、額の奥の魔力だけである。何故かは分からない。分かったことは、明暗があること、その人が考えているときによく変化するということだ。
歩いている人や、作業に没頭している人は、明暗がほとんど変わらない。逆に、店で買い物している人や、本を読んでいる人は、活発に変化した。そして、次の行動に移る直前、額の奥では≪明るい魔力≫と≪暗い魔力≫のどちらかが過半を占めていた。
リアムで試しているのは、明暗の操作だ。観察している内に気づいたが、私は他人の明るさを変えられる。眼球の奥に力を入れると、相手の額の奥の明暗が変化する。やりすぎると目が熱くなるし、眼球の中でウインクするような名状しがたい難しさはある。それでも、他人の行動に影響を与えることは確かだった。
「リアム、そろそろ休憩しないか?」
「まだ始めたばかりだろ、せめてあと三往復してからな」
私に都合の悪い返事をしたリアムは、暗い光が多い。じっと見詰め、明るい光を増やして行く。リアムが手を動かさない私に気づいた。
「おい、カハル。水を一杯飲むだけだぞ? いつもより遅れてるんだからな」
「ああ、ありがとう」
やはり、明るい光は私の望むことを示していた。だが、いくつも望みがあるとどうなるのだろうか。
「サラは靴の仕事だったよな。午後は私もやっていいか? 昼食は肉を食べたいな」
「昼飯? そんなのにありつけるのは、チビどもと病人だけだよ。カハルはどうだろうな、わからねぇ。それと靴づくりか、ああいうのは小さいときからやってねぇと無理だ。カハルはたぶん、洗濯と料理に回されるな」
望まない答えが来るのは、暗い光のせいだ。目の発熱を感じながら、リアムの魔力を徐々に明るくする。明暗はすんなり変わるときと、なかなか変わらないときがある。せっかく変えても、すぐに戻ってしまったりもする。
「私の靴を作りたいんだ。今のは大きすぎて歩きにくい」
「カハルの靴か? 裸足じゃ無理そうだしな。うーん、院長先生に相談してみるか……」
上手く行ったが、タイミングが難しい。質問を投げかけて、相手が決断する前に明暗を変えなければいけない。それに質問を絞る必要もある。選択肢は二択が良いかか……?
少しずつ、この能力で出来ることを確かめて行く。能力自体は魔力を使わないが、多用すると目が熱くなる。それを魔法で冷却するから、結局魔力がないと使えない能力だ。冷やすときに、もし凍らせてしまったら、魔力で自然治癒するのか不安である。……まず目玉焼きになるほど、能力を使わなければ済む話か。
この能力の優れている点は、相手に気づかれないことだった。リアムの明暗を何度もいじっているが、視線さえ注意すれば、当人が違和感を覚える様子はない。使いにくいのは、相手の思考がコロコロ変わる場合だろうか。明暗の操作には、少し時間が掛かるから、追いつけない可能性がある。
それでも、この能力は使える。屋敷の再建どころか、何でも出来るような気がする。もし、いずれ消える能力なら、早急に行動を起こす必要がある。消えないのであれば、迂闊に動いて勘づかれる事態は避けたい。正解は分からない。どうすべきだろうか――。
prefrontal cortex(前頭前野)の大事な方を省略して≪コーテクス≫です。