005. 院長
見間違いではない。魔力が光っていた。
「ハリントン……? もしかして、領主様のご親族かしら」
肯定すると、アビゲイル院長は、天国での平安をお祈りいたします、とか、親しい方を立て続けに亡くして辛いでしょう、などと労りの言葉を続ける。
私が目を覚ましたのは、昼過ぎだった。頭の痛みは和らいでいる。部屋に子どもたちの姿はなく、ベッドの傍らには中年の女性がいた。椅子に座り、手に本を持つ彼女は、頭の前部が光っていた。目の少し上から耳の手前にかけてである。表面だけではなく、内部で光がうごめいていた。明暗が入り混じり、絶えず変化している。
当然、驚いた。恐怖こそ感じなかったが、彼女としばらく押し問答した。結果、彼女は普通の人間で、私の目に異常があるのだろうと何とか納得した。それから、私の処遇について、改めて話を聞かされた。威勢のいい少年、リアムの言っていた内容と大筋は変わらなかった。
「領主様がお亡くなりになって、領地の経営はどうなっているのしょうね?」
「実務に関しては、政務室・軍務室・法務室が担っています。屋敷とは別の場所に設置されているので、あの火事でも無事でした。いずれにしろ、私は門前払いされましたが……。だから、領主不在でもしばらくは問題ありません。平時でも、議会が招集されれば王都に籠もりきりになりますから」
上下関係は、学校で叩き込まれた。例えば聖職者には、丁寧に応対する必要がある。決して平民に接するような態度を取るべきではない。爵位が低いと、教会の権威にも弱いのである。私は、聞かれるがままに燃える前の屋敷の様子も伝えた。
「なんてこと! 子爵様のお屋敷から、家財の一切を盗むだなんて。いえ、でも無理じゃないかしら。だって、そんな大荷物を持っていたら、まず衛兵が見逃さないわよ?」
「それは……、そうですね。荷物以外にも、使用人と護衛が五十人以上も移動すれば、目に付かないはずがありません。それなのに、誰も見てないのです」
「確かに変な話ね。でも、あなたが直接見たものは、空っぽで誰もいなくなったお屋敷と、あとは何かしら?」
彼女の額の奥に見える光は、明るい部分とくすんだ部分にまとまりつつあった。
「留学先から、共に帰った者たちの離反です。その者たちは夜中に私の荷物を奪い、屋敷に火を付けたのです。そして独りになった後は、私こそがハリントン子爵の爵位を継ぐ者だと言っても、信じる者がいなくなったのです」
言い終えると、光のくすんだ部分は、明るい部分を飲み込んでいた。
「私は信じるわ。あら、酷い怪我をしたばかりなのに長話になってしまったわね。傷が良くなるまで、まだ時間は掛かるでしょうけれど、ゆっくり話を聞いてあげるわ。それと、子爵家のことは私たちの内緒の話にしましょう? 少し待てば、伝令さんが来てくれますからね。それまでは、こっそり隠れていたほうが安全よ。だから、他の子と同じように過ごして頂戴ね、いいこと?」
私が変なのか? 確かに、起きてから変な光が見え出した。確かに、一人を除いて家の者が消えるなんて普通ではない。誰が見たって異常事態だ。あってはならないし、もし起こってしまったなら、生き残った一人に最大限の護衛を付けるものだ。
本人確認には不十分だが、私の魔力色は、子爵領にも王都にも写しがある。それに子爵とは言え、腐っても貴族である。調査すれば、私を私だと証言できる者は多い。比較的近い血縁だけでも十数人は下らないはずだ。時間さえ掛ければ、本人確認は容易である。
しかし、今だけは身を寄せる場所が必要だ。働き口を見つけることさえ出来ないと散々思い知った。ここに居て良いなら、まさに渡りに船だ。彼女の言う通り、時が過ぎるまで身分を隠し、生き長らえれば解決だ。そんな風に無理やり納得した。
「……はい」
「わかりましたアビゲイル先生、と言うのよ?」
「……はい、わかりました。アビゲイル先生」
「よくできました。さぁ、今日はゆっくり休んで、明日からは傷の具合を見ながら仕事にも慣れてもらいますよ!」
「……はい、わかりました。アビゲイル先生」
少しの間、ほんの数か月の間だ、大した問題はない。虫の大群も、恐ろしい獣の群れもいない。鼻が捻じ曲がる悪臭も、さほどない。通行人の視線も、生ごみも降ってこない。壁に天井と寝床まであるのだ。少なくとも、あのシェーヴ川の河川敷よりはずっと良い。
いくつもの足音がドタドタと近づいて来る。昼のお祈りが終わったのだろう。体のだるさはまだ回復しない。あちこちが痛み、まぶたは鉛のように重い。バタンと扉が開き、雪崩れ込む子どもたちの姿は、もう見えなかった。