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ちっちゃな異邦

 かっこいいバイクや車を買いそろえる。それを乗り回し降車のたび一瞥する毎日において、僕はそのマシーンにいつまで興奮していられるのだろうか。本当ならいつまででもしていたいところだけど、飽きが来るのは思っているよりもきっとずっと早いはずだ。君は一人悩むことで行動へ移さない言い訳を獲得している。分かったまま分からないフリを一生し続ける。この一時だけでもその選択を尊重しよう。紛れもなく朝を迎え君の目はもはや不安の色など被っていなかった。毎日の食パンをかじる。出かければなんてことはなかった。

 いつだってCUIのコンピュータが一番だということを見失いがちな寒冷都市の景色をコーディングに写していた。Pythonなんて使うな。いや、いい。いやダメだいや、いい。僕も学生の頃はPythonで二重振り子のシミュレーターなんかを作ったものだ。その際には大量のライブラリにお世話になったから、あまり自分の頭を使った記憶がない。ルンゲクッタも人任せ。せいぜい運動方程式や位置エネルギーの方程式をノートに書いていじくったていどだ。とにかくいいたいことは、CUI環境ならC言語を使えと言うことだ。基本ライブラリから始めよう。これはおまじないだ。あとは好きにしてくれ。#include <stdio.h>


「ほら。ミートパイを切ったナイフだ。これでも舐めてなさい。」

「わーい。」

 可愛らしいものだ。休日の風景。噴水の背後、ピカピカの窓の奥のテーブルの親子が二人で食事をしている。味を楽しんでいる。そういう食事だ。僕はそれをぼぉっと外から眺めている。この断絶された二空間の対比はまさにこの街を象徴していた。この街は親子か親子じゃないかなんだ。嘘に聞こえるかもしれないが僕は今5歳だった。

 5歳の視界は……低いな。その程度の感想なのはまさしく子供らしいだろう。それと同時に大きくなってからのことも知っているんだ。結局子供へ戻るなんて無理な話だった。その薄汚いVRゴーグルをはずせ。はずせるものならな。僕は本当に5歳児だった。1996年の午後、これで最後となる5歳児としての記憶を、自らの足で刻み付ける。今夜バースデーケーキを食べれば僕は晴れて6歳だ。誰も祝ってくれなくても自分の年齢くらいバースデーケーキが証明してくれる。もっといえば上に乗った文字入りのビスケットプレートが証明してくれる。これから一年間また新しく財布に入れて持ち歩くことになるプレートを、ケーキ屋のパティシエが作っている。今からル・ブッシュ・デ・ゲミュルヘンまでケーキを取りに行く。お金は……僕は小児だからもちろん半額だ。無料にだってしようと思えばできる。今日は五歳児をフルで行使してやる。今日のために1年間温存してきたんだ。甘いものを食いてえ。思い浮かべるだけで奥歯の底からよだれが分泌される。これは決意のよだれだ。決して泡立てて遊ぶ用のよだれじゃないんだ。

「「ごちそうさまでした。」」

 背から親子の掛け声と、脳内でBobby Vintonがかかっていた。みっともないくらい直接的だった。


 億程度では指が足りなくなるほど膨大な数の集積回路がいっせいにしてたたき起こされる。300V電源から全パーツへと施される供給は、まさに高速だ。 ボックスに開けられた排熱口から、手のひらより温かい風と電気的唸りが、そこに留まりながらも徐々に押し出される。次第にあらゆる動作は落ち着きを取り戻し、ついにこれまで積み上げられてきた微細な仕事の数々の、その頂点がいま、モニターに備え付けてある安価なビニル製スピーカーへ、たった数秒ぽっちもない振動のコマンドを発したのだ。

「……サンラァイズ。」

 それはできる限りマヌケで透明感のある、なるべく平坦な調子を意識して録音された声色。これがOS起動音というものだ。あるいは回路が十分唸ったあとに、何も言わないでホームディレクトリが映るか。その二択でしかない。窓の外では連日の雪が止む気配もなく、キャスターや市民たちのあいだでピッチングスノウと呼ばれていた。理由は分からない。僕は短期留学のさなか、ここの言葉が分からな過ぎてホストファミリーと若干ギスっていた。僕の財力と学力ではマイナーな国しか残っていなかったんだ。あと1ヶ月、今日で二日目だった。

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