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リゼルと図書館の魔女  作者: 木天蓼亘介
3/4

第3話・来訪者

 



 “・・・・・きろっ”

 どこか遠くから、ぼんやりと声が聞こえる。

 “・・・・・おきろっ”

(誰?私に話し掛けてくるのは?)

 聞き覚えのある声が呼んでいるらしいのは分かる。

 けれどリゼルは、例えるなら馬車の荷台に積まれた干し草にもたれ掛かるように座っているうちに、その心地よい振動に眠くなり、寝落ちする寸前にも似た感覚に返事することさえ億劫(おっくう)になっていた。

『起きろこの寝ぼすけ~~~~~~~~~っ』

「わぁぁぁ~~~っ!?」

 耳元で、いや、頭の中で直接響く怒鳴り声に、リゼルは又しても飛び起きていた。

 そして周りを見た。

「えっ!?」

 彼女が驚くのも無理なかった。

 彼女は又しても図書館の床で寝ていた。

 が、さっきとは状況が違っていた。

 完全武装した兵士達が床に開いた穴を何重にも囲み、リゼルとヒルダもまた完全武装した騎士達に囲まれていた。

「・・・夢じゃなかったんだ」

 そう呟く彼女に、

『やっと起きたわね。この寝ぼすけ』

 頭の中の()()は半ばあきれたように、

「魔女様、やっと目を覚まされたのですね。よかった」

 そしてヒルダは、心底“ホっ”とした様子でそう声をかけていた。

 その様子に、リゼルは辺りを見渡したが、図書館に別段変わった様子はない。

 窓からの朝日の射し込み具合から見ても、気を失ってから数分も経っていないはずだ。

 が、それなら何故お姫様がこんなにも憔悴した顔で“ホっ”と胸を撫で下ろしているのかが分からなかった。

「何かあったのですか?」

 リゼルがヒルダにそう訊ねると、

『穴を見なさい』

 頭の中の誰かにそう注意されていた。

「穴を?」

 リゼルは立ち上がると、言われるままに穴の方へと歩いていった。

 すると、彼女の目に穴を塞ぐように浮かびあがる魔法陣が飛び込んできた

 が、()()は一般的な魔法陣と比べると何かが違っていた。

「なに、これ?魔法陣が重なってる?」

 そう、それは魔法陣に、もう1つ魔法陣が重なっていた。

 しかも()()は、時計そのものだった。

 魔法陣の円周に浮かびあがる目盛を、秒針が“カチっ、カチっ”と音をたてて時を刻んでいく。

 それを見ていたリゼルは、目盛りの6から12までが赤く輝いていることに気づいた。

「あれはなに?」

『地獄の釜の蓋が開く時間を知らせてるの』

「えっ!?」

 頭の中の()()が言っている意味が分からず、リゼルはそう聞き返した。

『あの男がアラストールを召喚して()()を襲ったのは偶然じゃない。()()が目的だったのよ』

「ごめん。ちゃんと分かるように説明して」

『この穴は地獄の門。あのバルバドスとか言った男の目的は、この封印を解くことだったの』

「地獄の門?」

『文字通りこの世界と地獄を繋げる門よ。この魔術を使うだなんて。いくら肉体と魂を鍛え魔術を極めて魔眼石を使っても死ぬかもしれないのに・・・』

「・・・待って」

『なに?』

 盛り上ってきたところで話の腰を折られ、誰かは少し不満そうにそう返していた。

「なんで()()に地獄の門が開いてるの?」

『ギクっ』

「封印を解いたって言ったわよね。それって、誰かが1度封印したってこと?」

『ギクっ』

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』

 その気まずい沈黙が全てを物語っていた。

「あなた何てことしてるの?」

『別にいいでしょう。もう千年以上も前のことなんだから』

 その言葉に、リゼルは右手に握ったハンマーを自らの頭に再び振り下ろし、()()を、またもや彼女の左手が“がしっ”と受け止めていた。

『あっぶなぁ。何するのよ?あなたバカなんじゃないの』

「それはこっちのセリフよ。なんで地獄の門を開けたの?」

『そ、それは・・・その、・・・試してみたかったの』

 消え入りそうな声でそう“ごにょごにょ”いう()()に、

「は?聞こえない。もっと大きな声で」

 リゼルにそう聞き返され、

『地獄の門が開けられるぐらい魔術を極めたら、やってみたくなるが当たり前でしょ?・・・エヘ』

 誰かはリゼルの顔を使って“てへぺろ”していた。

「なに言ってるの?てか人の顔で遊ぶな」

「あ、あの魔導士様」

 そんな怒り心頭のリゼルにヒルダが恐る恐る話し掛けた。

「もうすぐ時間ですが、どうなさるおつもりですか?」

「えっ!?時間?なんのことですか?」

「なんのって、穴が開いたのが朝の6時6分6秒。それを魔導士様が塞いだのが6秒後。つまり毎朝6時6分6秒から12秒までの6秒間だけ封印が解かれて地獄の釜の蓋が開くと、そうおっしゃったのは魔導士様じゃないですか?」

「えっ!?・・・えぇっ!!」

 全く身に覚えのない話しに戸惑いを隠せないリゼルだったが、

『だからあなたを起こしたの』

 誰かにそう言われ、ようやく事態を把握していた。

「私、まる1日寝てたの?」

『ようやく理解した。全く禁呪魔法を使ったぐらいで1日中寝るなんて情けない。もう時間がないから、さっさと片付けるわよ』

「時間?」

 リゼルが魔法陣を見ると、時計の針が6時6分を指そうとしていた。

「ど、どうするの?」

『時を止める魔法の呪文が書かれた本はどこ?』

「えっ!!?1日あったのに探さなかったの?」

『兵士達はお姫様や避難してきた人たちの護衛があるし、私も扱い方も知らない人達に大切な本を荒らされたくなかったから。それより、あの時計の針を止めるの。急いで』

「それなら、Tの棚、上から36段目、前から29冊目」

『来いっ』

 が、その間にも時計の針がこく一刻と時を刻んでいく。

「魔女様、早くっ」

 それを見たヒルダがそう叫んだのと、奥から飛んで来た分厚い本をリゼルが“がしっ”と掴んだのがほぼ同時だった。

「我ら生きる者全てに平等に与えられしもの、時間よ。時に優しく、時に残酷なその流れは悠久なる川の流れにも似て・・・」

『その、川や雲や季節の移り変わりのごとく流れる、神が定めし(ことわり)に逆らい、時を刻み続ける針を止める(せき)を創らん・・・』

「『タイム・キーパー』」

 それは、時計の針が6時6分6秒を指したのとほぼ同時だった。

 呪文によって無理矢理止められた秒針から真っ赤な火花が散り、それに照らされる魔法陣の中から()()()が姿を見せた。

 それが、赤い炎に焼かれながらも、魔法陣の封印を無理矢理こじ開けるように、少しずつ境界面から突き出てくる。

「くっ、姫様と魔女様をお守りしろ」

 剣を構えそう叫ぶジークに、

『大丈夫よ』

 誰かは余裕綽々でそう話し掛けていた。

「魔女様、なぜ大丈夫だと分かるのですか?」

「えっ!?いや、今しゃべったのは私じゃなくて・・・」

『3つの呪文が同時に掛けられてる魔導障壁をくぐり抜けるなんて、地獄の住人でもそう簡単にはできないから』

 彼女がそう言い終わる頃には、()()は魔法陣をくぐり抜けていた。

 そして炎が消えて姿をあらわしたのは、真っ赤な瞳に鋭い牙とツノ、そして背中に翼竜のような翼を持つ、人のように直立で歩くドラゴン、竜人のような生き物だった。

 が、その生き物からは何の畏怖(いふ)も感じなかった。

 何故ならその生き物は、虫の息で床にぶっ倒れていたからだ。

 ()()の言った通り魔法陣を通り抜けるので力を使い果たしたらしい。

『だから止めとばよかったのに。ねぇ、大丈夫?』

 そう文字通りの上から目線で話し掛ける()()とは対象的に、

 〔う、うるさい〕

 竜人は青息吐息でぶっ倒れたままだった。

『ん!?その声もしかしてフレイア?』

 彼女が発したその一言に、

 〔何故だ?なぜ人間が私の名を知っている?〕

 心底驚いた様子でそう聞き返す竜人に、

『忘れたの?私よ。わ・た・し』

 誰かはそう言うと、(リゼルの身体を使って)ウィンクしていた。

 そんなリゼルの(正確には頭の中の誰かの)仕草に竜人は、

 〔まさか?貴様、アメリアか?〕

 そう驚きの声をあげていた。

 そしてそれは、リゼルも同じだった。

「えっ!?アメリアってあの伝説の赤き魔女の?うそっ!!」

『あっ!?それ違うから』

 だが、そのリアクションに一番驚いたのは、外ならぬアメリアと呼ばれた本人だった。

『それは千年前、魔導書に封印された私の声が聞こえた女の子の名前。私の本当の名前はジーゼっていうの』

『ジーゼ?』

『何せ魔導書に封印されたせいで身動き一つ取れなかったから、()()からなんとかして脱出しようと思って、アメリアに頼んで魔導書を片っ端から持ってこさせて読ませてもらったの。

 結局脱出はできなかったけど、それで得た知識を参考にして魔法を考え呪文を構築したの。

 で、それらを彼女やその娘や孫達が百数十年に渡って書いてくれて、それを収蔵するためにこの図書館も魔法で建てたのよ』

「魔導書を集めるお金はどうしたの?」

『私が考えた呪文をアメリアに教えてあげたの。そのおかげで彼女の一族が大魔導士の家系だと勘違いされて、いろんな依頼がたくさん来るようになったの。・・・まぁ私はそれでもよかったんだけど、そんなアメリア達を見てたら、私ももう一度身体が欲しいなって思って、人の身体をゼロから錬成する魔法を考えたりもしたのよ』

「なに言ってるの?それ禁忌中の禁忌じゃない?」

 そう怒るリゼルの剣幕に押されながらも、

『だ、だって・・・あなたも私の立場になったら同じ事を考えるはずよ』

 ジーゼはそう言い返していた。

『それに人体錬成も、失敗、失敗、また失敗の連続でもう大変だったんだから』

「はぁ?」

「魔女様、ちょっと待って下さい。その錬成に失敗した身体はどうされたのですか?」

『どうって、死人になって人を襲って食べるようになったり、人の息血を飲まないと生きられなかったり、興奮すると獣人化したりでもう大変。

 そのせいで私達も魔女狩りにあって、()()()()が冷めるまで身を隠すことになったの。アメリアの一族は別の大陸に逃がしてあげて、私は封印されてた場所の上に礼拝所を建てて隠してもらうはずが、何故か隠し扉と扉を隠すために置かれた神の像の台座の底にも封印の魔法陣を書かれちゃって。・・・呼んでも叫んでも誰も来ないで、気がついたら千年よ。ヒドイと思わない?』

そう溜息をついたジーゼだったが、

「ヒドイのはあなたでしょ?」

「そうです魔女様、ひどすぎます」

逆に2人にそう責められていた。

『えぇっ!?なんで?』

「ゾンビと吸血鬼と狼男と鬼に毎年どれ程の人や家畜が襲われ、命を落としているかご存じないのですか?」

『えっ!?まだ生きてるの?』

『それぞれが、森の奥で数えきれない程の群れを作っています」

『あっちゃ~~っ、それは何とかしないと不味いわね』

申し訳なさそうにそう言うジーゼに、

 〔アメリア、いや、ジーゼ。貴様、よくも私を騙してくれたな〕

 竜人がぶっ倒れたまま怒っていた。

「えっ!?まさか貴女、まだ覚えたの?」

 〔忘れるかぁ~~~っ〕

「あ、あの、千年前に何かあったんですか?」

 2人の会話に全く入っていけず、リゼルがそう訊ねると、

 〔何かじゃないわよ。ちょっと聞いてよ。この娘ひどいのよ〕

 竜人はまさに渡りに舟とばかりに、堰を切ったかのように話し始めた。

 〔今からちょうど千前、恋多き乙女の私は地獄の男共に飽きてて・・・〕

「は?」

『この人、地獄界一のビッチだから』

 〔そんな時に地獄の門が開いて、だから外に出たの・・・〕

『あの時はびっくりしたわよ。いきなり出てくるんだから。しかも開口一番なんて言ったか覚えてる?』

 〔地上っていい男いる〕

「は?」

 〔で、「入れ食いよ」って言うから()()()()()を整えに戻ってる間に穴を塞いじゃったのよ。ヒドイと思わない?〕

『だって、()()()()がいきなり出てきたら驚いて塞ぐのが当たり前でしょ?ねぇ』

「いや、ねぇと言われても」

 2人の板挟みになりリゼルが返事に困っているのに気づいたフレイアは、

 〔それで、今度はなんで門を開けたの?〕

 そうジーゼに聞いていた。

『私じゃないわ。バルバドスとかいう男がやったの』

 〔バルバドス?そいつは今どこにいる?〕

「死んだわ。だからこの穴も塞ぐから帰っていいわよ」

 〔・・・帰れない〕

 だが、フレイアから返ってきたのは思いもかけない言葉だった。

「『えっ!?』」

 〔地獄の門をくぐるには、帰るには、魔眼石の力がいるの〕

 フレイアがそう言ってリゼルの胸元を“じっ”と見つめると、ツルギはリゼルの胸を手で覆い隠し、

『わ、渡さないわよ。()()は私のなんだから』

 そう叫んでいた。

 〔赤は(かまど)の炎の象徴。つまりはヘスティアの魔眼石。そんなモノいらないわよ。私を象徴する色情の魔眼石を探してきて。そうしたらおとなしく帰ってあげるから〕

「えっ!?」

『相も変わらずワガママねえ。何の手掛かりもないのにどうやって探すのよ』

 〔その赤の魔眼石はどうやって手に入れたの?〕

『これはバルバドスが・・・でも死んじゃったし』

 〔そいつが死んだのはいつ?〕

『昨日だけど』

 〔それならまだ間に合う。ちょっと待ってなさい〕

 フレイアはそう言って起き上がると、2つの魔法陣が浮かびあがる地獄の門に飛び込み、灼熱の炎の飛沫(しぶき)をあげながらその姿を消していた。

「えっ!?飛び込んだ?」

 呆気(あっけ)とられながら、波紋が広がる魔法陣を見つめるリゼルに、

『帰れないって言ってわよね?』

 ジーゼもそう同意した刹那、()()は起きた。

 魔法陣の表面から再び火柱が上がり、フレイアがその姿をあらわしていた。

 しかもその手に何か大きな物を持っていたが、魔法陣から吹きあがる火柱が眩しくてよく見えない。

「なに、あれ?」

 火柱が収まりようやく見えた()()は人間の男性だった。

 が、その人物はボンテージスーツを着させられて手首と足首をお尻の辺りで金具で拘束され、目にはアイバンドに口には猿ぐつわを噛まされていた。

 フレイアは首輪を掴んでその男をつまみ上げていのだ。

 そしてその男を、リゼル達の前に放り投げていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 あまりの出来事に慌てて駆け寄ろうとするリゼルとヒルダを、

『止めなさい』

「姫様、お止め下さい」

 ツルギとジークが慌てて制止していた。

「えっ!?なんで止めるの?」

「ジーク、なぜ止めるのですか?」

『あの男はバルバドスよ』

「「えっ!?えぇっ!!」」

 それを聞いて2人は、驚きのあまり声を裏返らせていた。

「えっと、死んだ。あの人、死にましたよね?」

「はい。彼が魔法の雷に焼かれて死ぬのを私も見ました」

 顔を付き合わせてそう話すリゼルとヒルダに、

 〔まだ辺獄をうろついていたから、連れてきたのよ〕

 フレイアはドヤ顔でそう答えていた。

「でも、何故()()()()()仕打ちを?」

 ヒルダは目のやり場に困った様子で、うつむき加減にそう訊ねた。

 〔それはねお姫様。この男が口のきき方を知らないからよ。赤の魔眼石をどこで手に入れたか教えろって聞いたら、この男ったら、「オレを生き返らせろ。それが出来たなら教えてやらないこともない」って言ったのよ。第1階層、蛇淫地獄を支配するこのフレイア様に命令するなんて100億年早いわ〕

『ねぇ、あなた本当は魔眼石がなくても地獄に帰れるんじゃないの?』

 〔ギクっ〕

 その、ジーゼが放った、あまりにド直球な質問に彼女は、

 〔な、何を言ってるの?〕

 と動揺しまくりの様子だった。

『だって、今魔法陣をくぐり抜けていったわよね?』

 〔そ、それは、あの、その、も、戻れるのは地獄の入り口、辺獄までよ。その先に行くには私達でも魔眼石がいるの〕

『ふ~ん』

 〔と、とりあえず赤の魔眼石をどうやって手に入れたか聞かないと、ね?ね?〕

 フレイアはそう取り繕うと、小さな箱を取り出した。

『それ何?』

 〔魔装具のリモコンよ〕

『魔装具?』

 〔そう。こいつの穴と言う穴に詰め込んでやったの〕

 彼女がそう言ってボタンを押すと、バルバドスの口やお尻からぐもった機械の震動音が聞こて、彼は腰を跳ねさせて悶絶していた。

『あなた、なんてことしてるの?。ていうか見ちゃダメ』

 ジーゼはそう言いながら、咄嗟(とっさ)に両手でリゼルの目を覆い隠していた。

 そして()()は、ヒルダも同じだった。

 彼女の目を、ジークが両手で覆い隠していた。

「フレイア殿、そのような醜いモノを姫様に見せるのはお止めいただきたい」

 皆はドン引きだったが、フレイアは恍惚の表情を浮かべながら、バルバドスの尻を(かかと)で踏みつけ“ぐりぐり”していた。

 〔いい気味ね。私を見下したブタにはお似合いの姿だわ。さぁ言いなさい。赤の魔眼石をどうやって手に入れたの?〕

「・・・ふごふごふご」

 バルバドスは、猿ぐつわからだらしなく涎を垂らしながら何やら口ごもるが全く聞き取れない。

 が、

 〔ふ~ん。そういうことだったの〕

 フレイアはそう言って納得した様子だった。

『分かったの?』

 〔魔眼石のありかを指し示す羅針盤を作ったそうよ。()()を使って探し当てたと言ってるわ〕

『マジか!?その羅針盤がどこにあるか聞いてみて』

 〔どこにあるの?答えなさい〕

「ふごふごふご」

 〔あなたが放った雷で焼かれてしまったそうよ〕

「『えっ!?』」

 その、思いもよらなかった返事にリゼルもツルギも驚きを隠せない。

「あ、あの、魔女様。それならその羅針盤も、この図書館みたいに修復してはいかがでしょうか?」

「えっ!?あ!!」

その手があったかと驚くリゼルに、

「そう言えば魔女様」

ヒルダがふと思い付いた疑問を口にした。

「あのバルバドスという男は、地獄の門が開く前にアラストールを召喚していました。どうやったのですか?」

『あ!?そう言えば・・・』

「気付いてらっしゃらなかったのですか?」

『そ、そんなことないわよ。ほらフレイア。皆にも分かるようにバルバドスに説明させて』

 〔そんなの聞くまでもないわ。私がやったに決まってるでしょ〕

 フレイアは〝ドヤ顔″で親指を突き立てていた。

「えっ!?」

 〔いつもアラストールを封印した黒水晶を肌身離さず持ち歩いてるんだけど、千年前の時に()()()側で落としちゃったみたいで〕

「えぇっ!?そんなことってある?」

『で、なんでその黒水晶がフリマで売られてたの?』

〔おそらくだけど、そのアメリアとかいう娘が家族の逃亡の資金を稼ぐ為に売ったんじゃないの?見た目は高価な黒水晶だし〕

「よく今まで封印が解かれなかったですね」

 そう“ホッ”と胸を撫で下ろすヒルダに、

〔封印と解除の呪文は私が独自に考えたものだから、()()を知らないとね。でもまさか、魔眼石の力を使って無理やり解除するとは思いもしなかったけど。まぁいいわ。さぁ、行くわよ。案内して、お姫様〕

 フレイアがそう話しかけた。

「えっ!?どこへですか?」

 〔さっき言ってた、ゾンビや吸血鬼や狼男や鬼がでる森よ。そいつらを片付けないと、おちおち魔眼石も探しにいけないでしょ?〕

「えっ!?」

『ちょっと、魔眼石を探しに行くなんて、まだ誰も言ってないわよ』

 その提案にジーゼはそう反論したが、

 〔あら、国民の命を脅かすバケモノ達を一掃しようと言ってるのよ。どうお姫様。悪い条件じゃないでしょ?〕

 そう諭され、

「分かりました」

 ヒルダはその条件を受け入れていた。

『えっ!?いいの?』

「姫様、国王陛下に何の相談もなく、このような重要な案件を御一人で決めるなど・・・」

「ジーク。このような案件だからこそ、父上や他の誰かに責任を負わせることなど私にはできません。ですから私が1人で決めたのです。もしもの時は、私が全ての罪をあまんじて受けます」

「姫様」

〔そうと決まれば善は急げ。新しい冒険の始まりよ〕

 フレイアはノリノリだった。

 が、

『だから何度言えば分かるの?地獄の門があるんだから私はこの図書館を離れなれないの』

 そう反論し続けるジーゼに、

「私も、この図書館の司書だから《ここ》からは離れられないです・・・」

 リゼルもそう同意していた。

 すると、それを聞いたフレイアは、

 〔そうよね、無理無理。いくら大魔導士様って言われても、自分の身体も作れないんだから〕

 そう言い、

「そうよね。いくらジーゼが伝説の大魔導士でも、出来ないことはあるよね」

 リゼルもそれに同意するようにそう言っていた。

 いや、言ってしまっていた。

『ちょっと待って。それっ、どういう意味?』

 〔そのままの意味よ。だって、出来ないんでしょ?〕

『バカにしないで、できるわ。できるに決まってるでしょ。リゼル、解体と再構築の魔法が載ってる本』

「えっ!?」

『いいから早く』

「Rの棚、上から19段目、右から22冊目」

『来いっ』

 そしてリゼルは赤い光りの粒子の尾を引きながら飛んできた分厚い本を“がしっ”と受け止めていた。

『魔力を大量に消費するから気を失うかも。覚悟して。解体と再構築の第7章、第5番の魔法』

「え!?また?もう、・・・余多の歳月を過ごして、与えられた役割を終えし全ての万物よ。その重き責務より解き放たれよ。それは形あるものが避けては通れぬ定めなれど・・・」

『過ぎし月日に込められた人々の、情熱も喜びも悲しみも受け止めてきた思いはそのままに、形は変われど、その全てを次へと繋がん・・・』

「『リバース・ビルド』」

 すると、図書館の中に風が吹きはじめ。建物がまるで砂のようになりながら消え去り、リゼル達をその中心に閉じ込めるように渦を巻き始めた。

「こ、これは!?」

「姫様っ」

 どうしていいかわからずうろたえるヒルダをジークが抱きしめる。

 すると、砂嵐が“ピタっ”と止んだ。

『みんな、もう目を開けてもいいわよ』

 ジーゼに言われ恐る恐る目を開けると、その視線の先に、とてつもなく異様な、そしてとてつもなく巨大なものがあった。

「あれは、なに?」

『図書館よ』

「えっ。()()が?」

 リゼルが驚くのも無理なかった。

 ()()は天文台のような巨大なドームを持つ異様な建物で、しかも地下室に当たる部分から生えた幾つも足で立っていた。

「足があるんだけど・・・」

バランスを取るように小刻みに動くたび、足のシリンダーが動き圧搾空気が漏れる〝ぷしゅ~″という音が聞こえる。

『移動図書館よ。あの足で歩くの』

〔足?車輪じゃなくて?〕

『あっ!?』

 その、ジーゼが漏らしたあまりに素っ頓狂な声に、

〔まさか、マジで気が付かなかったの?〕

 フレイアにそう突っ込まれ、

『な、なにバカなこと言ってるの。それぐらい分かってるわよ。タイヤじゃ崖とか谷とか越えられでしょ』

必死の形相でそう返していた。

「あの、あの手のようなモノは何ですか?」

 ヒルダが指摘した通り、図書館には足だけでなく腕もあった。

『海を渡るときにいるでしょ』

〔でっかい気球でも作って図書館を飛ばせばいいじゃん〕

『あっ!?』

 思わず絶句したジーゼを置き去りにして、

「でも、そのような大きな気球を飛ばすとなると、ものすごい火力が必要ですよ。燃料はどうするのですか?」

 ヒルダはお姫様らしい現実的な質問をフレイアに返していた。

〔大丈夫よ。燃料なら図書館にいくらでもあるから〕

「えっ!?」

〔本を燃やせばいいのよ。これならいらない本も処分できて一石二鳥〕

『「サンダーアロー」』

〔ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ〕

その瞬間、フレイアは黒コゲになってぶっ倒れていた。

〔ちょっと、いきなり何するのよ。死んだらどうするの?〕

『死ねばよかったのに』

「あ、あの、魔女様。フレイアさんも落ちついてください」

 険悪な雰囲気になる2人(?)をヒルダがなだめようとした。その時だった。

「そこにいらっしゃるのはヒルダ様でございますか?」

 突然誰かがヒルダに話しかけていた。

 当然ヒルダの前にいたジークや騎士達が一斉に剣を構える。

「私をお忘れですか?この街の、トリトンの商工会の会頭です」

 そこに立っていたのは、この街の商工会の会頭だった。

 だが、ヒルダ達はそれどころではなかった。

 当たり前のようにリゼル達と一緒に立つフレイアに皆が一斉に飛びかかり、押し倒した彼女の上に山のように覆い被さっていた。

 〔ちょっと、何するのよ?〕

「アラストールが街を襲った昨日の今日に、皆があなたを見たらパニックになるでしょ?」

 〔だからって・・・〕

「あの、姫様、先ほどから何をなさっていらっしゃるのですか?」

 そう言われ、大地に覆い被さるように積み重なる騎士達の一番上にいるヒルダはバツが悪そうに、

「い、いえ。なんでもありません。それで、私に何かお話しでもありまして?」

 顔をひきつらせながら、そう返していた。

「今、図書館を解体して不思議な形の建物を造られたのはどなた様ですか?」

「えっ!?はい、私ですが・・・」

 するとリゼルが、ヒルダのすぐ下あたりの塊の中から“ちょこん”と頭を突きだしていた。

「こ、このような子どもが?」

 到底信じられないと言った表情の頭目だったが、すぐに彼女の瞳が赤いことに気付いた。

「あ、赤い瞳。貴様、魔族か?」

 そう言って取り乱す当目に、

「彼女は私の命の恩人にして、伝説の赤き魔女の生まれ変わりです。そのような無礼な振る舞いは、私に対する侮辱と受け取りますがよろしいか?」

 ヒルダは毅然とそう返していた。

「し、失礼いたしました」

 その、普段のヒルダからは想像できないような厳しい言葉使いと態度に驚いたのか、頭目はすぐに頭を下げていた。

「実は、魔女様の力をお貸しいただきたいのです」

「私の力?」

「はい。美しかったトリトンの街は、今や見る影もありません。まだ行方不明の者も大勢います。今早急にやらなければならないのは、人々の救助と建物の再建です。子どもも大人も怪我人も、皆外で野宿をしています。兵士の皆さんが徹夜で瓦礫の撤去や怪我人の運搬をしてくださっていますが、被害があまりに大きすぎてどうにもなりません。どうか力をお貸しください。お願いします」

 頭目は土下座していた。

「・・・ごめんなさい」

 それを聞きながら、廃墟となった街を見渡していたリゼルがようやく口を開いた。

「私、街がアラストールに襲われるの見てました。でも、いろんなことがありすぎて、自分のことで精一杯で、本当にごめんなさい」

「魔女様、頭を上げてください」

「でも」

「魔女様は意識を失っていたではありませんか?それに、例え意識があったとしても、私は魔女様を街には行かせませんでした」

「えっ!?」

「魔女様が街で皆を救い、それで魔力を使い果たして意識を失ってしまった時に、地獄の門から魔物があらわれて人々を襲い始めたら、私達は皆殺しにされたはずです。それを防ぐ為に、私は鬼と呼ばれようと貴女様を街には行かせませんでした。ですから魔女様は御自分を責めたりしないでください」

「ヒルダ様」

『今なら、例え魔物が出てきてもフレイアがいるから平気よ。ね?そうでしょ?』

「ま、まあ、そうね」

『というワケだから、街の人達を助けに行きましょう。姫様、いい?』

「はい。魔女様がどうしてもとおっしゃるのなら」

『だって。で?どうするの?』

 ジーゼにそう聞かれ、

「もちろん行きます」

 リゼルはそう即答していた。

『しょうがないわね。付き合ってあげる。崩壊した建物の下敷きになってる人を助けるのはこの魔導書があればいいけど、今すぐ治療しないと死にそうな人を救うには・・・』

「治癒魔法ね。Eの棚、上から8段目、横、7番目」

『火事も起きてるから火も消さないと』

「消火魔法はSの棚、上から30段目、横10番目」

『飲み物や食べ物も必要よね』

「た、食べ物?水は空気中から生み出す魔法があるけど・・・」

 そう困惑する彼女に

「魔女様」

 ヒルダが声を掛けていた。

「食料は私が何とかします」

「えっ!?」

「お城に備蓄してある食料を出すようお父様にお願いします」

「本当ですか?ありがとうございます。えっと水を生み出す魔法は、Wの棚、上から7段目、横、2番目」

『まだよ、バルバドスがアラストール以外にも魔物を連れて来てた可能性がある。飼い主を失ったそいつらが無差別に人や家畜を襲うかもしれない』

「サンダーアローよりも強力な攻撃魔法?Kの棚、上から13段目、横3番目」

『よし、行きましょうか』

「ま、待って」

 だが、今度はリゼルが戸惑いの声をあげていた。

『どうしたの?』

「私、こんなにたくさんの魔導書をいっぺんの持つなんてできない」

『それなら大丈夫』

「えっ!?」

『来いっ』

 すると、飛んで来た魔導書が、そのまま楕円軌道を描くように彼女の周りをくるくると回り始めた。

「これって、どういうこと?」

『赤い魔眼石のおかげよ、便利でしょ』

「便利って言われても・・・」

 そう戸惑いながら図書館から出ようとするリゼルに、

「待ってください」

 今度はヒルダが声を掛けていた。

「なんですか?」

 するとヒルダは、

「・・・あ、あの、魔女様。私もご一緒させて下さい」

 そう言って頭を下げていた。

「姫様、何をおっしゃっているのですか?危険すぎます」

 ジークが慌てて具申(ぐしん)するが、

「さきほどの頭目をみたでしょう。アラストールによって破壊された街に魔女様があらわれ、あの赤い瞳を見たら、皆彼女のことを魔族だと思うかもしれません。そうなったら、街の人々を救う前にパニックになった民衆に魔女狩りにあう恐れがあります。ですから、私が同行するのです」

 その決意を秘めたまっすぐな瞳に見つめられ、

「分かりました。我々もお供いたします」

 ジークは膝をつき頭を下げていた。

「ありがとう」

 ヒルダは騎士達に優しく微笑みかけるとリゼルを見た。

「魔女様、行きましょう。一刻の猶予もありません」

「はい」

〔よし、みんな行くわよ〕

 そう言って我先にと飛び出そうとしたフレイアに、その場にいた全員がまた飛び掛かっていた。

〔痛い痛い。ちょっとなにするの?〕

『それはこっちのセリフよ。なにどさくさ紛れて出て行こうとしれるの?あなたを見たら、それこそ街中が大パニックでしょうが』

 その言葉通り、彼女を目の当たりにした頭目は白目を剥き、口から泡を吹いて失神していた。

〔だって、私も困っている街の人たちを助けたくて・・・・・〕

『本当は男漁りが目的でしょ?』

〔ギクっ〕

『あなたはお留守番』

〔え~~~~~~~~~~~っ!?〕

『リゼル、ゼウスの雷の呪文が書かれた魔導書』

〔わかった。分かりました。この男と2人で大人しく留守番してます〕

 ふてぐされ気味にそう言うフレイアの視線に、

「ふごふごふご~~~~~~~~~~っ」

 バルバドスは半べそで首を横に振り、〝お願いだから2人きりにしないで″と懇願したが、

『じゃあ、お願いね』

 ジーゼはそう微笑んでいた。

 『リゼル、行こう』

「はい」

 リゼルは身体の周りに魔導書を飛ばしながら、ヒルダや騎士達と一緒に図書館を後にし、街へと向かっていった。



                                                                   〈つづく〉






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