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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緑の眼の怪物

作者: 菫城 珪

 滴るような緑は深く、穏やかに凪いだ湖の水面をも同じ緑に染める。

 そんな山奥のコテージでやる事もなく、読書にもぼんやりと湖を眺める事にも飽きてきて、俺は数時間ぶりに窓辺に置いた椅子から立ち上がった。

 ゼミの合宿でやってきたのは山深い湖の畔にある貸別荘だ。たまには大自然の中でバカンスも悪くない、なんてゼミの連中はいうが、根っからの現代っ子である俺からすればコンビニどころか自販機すらない辺鄙さにうんざりしている。もちろん、スマートフォンの電波なんて碌に入りもしない。

 他の連中と同じようにやれBBQだのアクティビティだのではしゃぐのも面倒くさくて窓辺に陣取って読書と洒落込んでいたのだが、流石に飽きた。

 ゲームもSNSもネットサーフィンも出来ず、ただの板と化しているスマートフォンをポケットに突っ込んで、その辺のテーブルの上に脱ぎ捨てていた上着に腕を通す。やはり山の中だからか空気がひんやりしていたから外に行くなら何か羽織った方がいいだろう。

「出掛けるのか?」

 コテージの玄関に向かっていると、背後から声がした。振り返れば、同じゼミの同期生である世田が声を掛けてきたようだ。どうやらコイツも居残り組らしい。

「ああ。流石にじっとしてるのに飽きた」

「菅原らしいな。どこ行くんだ?」

「特に決めてない」

「なら、一緒に散歩しないか。教授にいい場所教えてもらったんだ」

 予想外のお誘いに困惑して俺は思わず足を止める。こういうのは普通女子を誘うものなんじゃないか?

「女子誘えよ」

「他に興味のある子がいない」

 怪訝に思いながらやんわり断ったつもりだが、世田には通じなかった。ついでに返された答えに、ますます意味がわからなくて俺は思わず顔を顰めた。そんな俺の様子を無視して世田はさっさと自分も出掛ける支度をして行こうか、なんて言ってくる。

 おかしな奴だと思いながらも、他に断る理由が思い付かなくて俺は渋々世田と共に出掛ける事にした。どのみち、一人で出たところでその辺をぶらつくだけだし、偏屈教授のおすすめの場所にも少々の興味はある。

 コテージを出ると、世田はこっちだと言って湖の横に作られた遊歩道の方へと歩き出す。やはり外の空気はひんやりとしており、俺は慌てて上着のポケットに手を突っ込んで世田についていく。

 少し前を歩くこの男は同じゼミの同級生だ。スタイルがよく、顔立ちも整っていて性格も穏やかな所為か学部内にもファンの多い奴で、良く女子に付き纏われているのを見かける。

 一方の俺はそう言った浮ついた話とは一切無縁だ。興味がない訳ではないが、それより研究の方がずっと楽しい。お陰でゼミの中でも変人枠として扱われがちだ。最近知り合ったバイト先の子とは良く喋るが、彼女が俺の好きなマイナー作家の愛好家だからで、そういった雰囲気に発展する気配は微塵もない。

 世田はそんな俺を何故だか構いたがった。普段の大学でもそうだが、飲み会やゼミの行事があれば世田は俺の側にいる事が多い。今も俺がコテージに残っていたからコイツもコテージにいたのだろう。

 俺としてはそこまでコイツに構われる理由が思い付かなくて困惑しきりだ。女子が誘っているのを断ってまで俺に付き合っている意味がわからない。

「菅原、聞いてるのか?」

「あ、悪い。考え事してた」

 世田が立ち止まり、俺の方を見ている事で我に帰る。何やら話していたらしいが、全く耳に入って来ていなかった。世田は俺の反応に怒るでもなく、困ったように笑うとゆっくりと俺の方に近付いてくる。同時に、首筋にちりりとした感覚が走った。笑みを浮かべている世田の様子に少しばかり違和感を覚えて無意識のうちに距離を取ろうと半歩下がる。

「どうしたんだ?」

「いや……」

「大丈夫か。何か様子が変だぞ」

 今の感覚は何だろうか。思わず首筋に触れる俺には構わず世田が近付いてきて首に触っているのとは反対の手首を握ってきた。あまりにも自然な動作だからつい接触を許してしまったが、男にするには不可解な行動に俺は混乱する。

「あの、世田?」

 そのまま俺の手を引いて歩き出す世田は強引だ。なんだか嫌な気配がして何とか逃げようとするが、手首を掴む力が強くて抜け出せそうにない。そのままずんずん遊歩道を歩く世田に、俺は焦りを感じた。

「世田!」

 強く名を呼べば、やっと世田が俺を振り返る。しかし、その目はどろりと澱んでいて、思わずびくりと肩が震えた。

 なんだ、この眼は。困惑する俺とは裏腹に立ち止まった世田が俺の方に向き直る。同期で良く知っている筈なのに、今目の前にいる男はまるで別人のようだ。

「……菅原はさ、誰かを好きになった事がある?」

「はぁ?」

 唐突な問いに咄嗟に返事が出来ない。世田は笑みを浮かべると俺の眼をじっと覗き込む。

「ないよな? 菅原は研究大好きだし。それなのに……最近良く喋ってるあの女は何?」

「いっ……」

 低い声と共に掴まれたままの腕が握り潰されそうな程強く握られ、痛みに小さく悲鳴を零す。

 世田は一体何の話をしているのだろうか?俺が最近良く喋る女の子なんて、悲しい事にバイト先の同好の志だけだ。それにしたってバイト先を知っているのは学部内でもごく一部で、その連中にも店の場所を話した事はない筈なのだが……。

「何の話だよ。つか、痛いからはなせ」

 振り払おうとしてもがっちりと握られた手はびくともしない。全く、一体何だと言うのか。

「あの女が好きなのか?」

「だから! 何の話だって聞いてるだろ!」

 繰り返し訊ねてくる世田の質問の意味が分からず、声音を強くして訊ね返すが、世田は答えない。俯きがちに小声でぶつぶつ何か呟いている言葉の断片を拾えば、「おかしい」「俺の方が好きなのに」と繰り返している。

 世田の様子に本格的に身の危険を感じて手を振り解こうとするが、やはりびくともしない。必死に抵抗していれば不意に世田がぐりんと顔を上げて俺を見た。急激な動きに思わず喉の奥でヒ、と小さく悲鳴が漏れる。

「……ねぇ、菅原」

 猫撫で声で名を呼ばれ、全身に鳥肌が立つ。本能が危険だと警告しているのに、まるで蛇に睨まれた蛙のように足が竦んで動けない。

「俺、菅原が好きだよ」

 どろりとした甘い声で告げられたのはまるで猛毒のような一言。

 森の影に染まって緑になった世田の眼に囚われて、俺は思わず息を呑み込んだ。

閲覧ありがとうございました!

余談ですが、攻めは世田宗介、受けは菅原悠紀という名前です。

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