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第33日−1 謁見

 朝はだいたい静かなものだが、この高級住宅街として名を馳せるエペ区にある『ハマー丘陵公園』の静けさは殊更(ことさら)のものだった。鳥の声と風の音、遠くを走る電車の音しか聞こえない。

 それだけに、まあ、今日はちょっと騒がしく感じるかもしれないな。姿を隠すのが得意なはずの連中の気配が俺でも感じられるのは、知ってるからってだけじゃないだろう。

 もはや無意味だとは思うが。俺はあえて馬鹿みたいに声を張り上げた。


「おー、良い景色」


 伸びをしながら、ベンチを通り過ぎ、手摺に向かう。山の斜面に面したここはディタとエペの境にあって、景色を見下ろすことができる展望台となっていた。エペの一角、ディタの住宅街、そしてセントラルの摩天楼まで見通すことのできる良スポットだ。夜景とか絶対綺麗だろうな。


「セントラルの端の方まで見えんだなー。でも、さすがにバルトは見えないか。まあ、あそこ古いもんばっかだし、見えたってたいして面白くないかもしれないけど」


 やっぱりわざとらしーく大声を出して、くるりと後ろを振り返った。俺がさっき通り過ぎたベンチの中央に一人の老人が座っている。白く太い眉、その下にあるアイスブルーの瞳はギラついて、七十を過ぎてもなおガッシリとした身体つき。姿勢も良く、腰が曲がった様子もない。『老後』なんて言葉がとても似合わない爺だ。朝の公園に行くのが習慣とは思わなかったよ。


「爺さんは毎朝ここに?」


 話しかけるとその爺さんは不機嫌そうに片眉を持ち上げた。


「なんだね、君は。騒々しい」

「すんませんね。なんせエペなんて高級住宅街、俺みたいなバルト出身者にはそうそう来れるようなところじゃないんで。よーやく来れた話題の場所(スポット)が思ったよりも凄いんで、つい」


 今度双子をここに連れてきてみようか、なんて。余所事を考えてたことがバレたら周りにどやされそうだ。


「つまらん芝居なんぞやめろ。……O監だろう?」

「ご明察」


 軽薄な兄ちゃんのふりを止めて、胸に手を当てて恭しくオーラス老に頭を下げた。


「はじめまして。アルベリク・オーラスさん。俺はオーパーツ監理局の捜査員、グラハム・リルガと申します」


 お会いできて光栄ですよ、と付け加えれば、オーラス老は鼻を鳴らした。


「白々しい。最近私の周りをさんざん嗅ぎ回っていたのは、お前か」

「まあ、そんなところです」


 俺だけじゃなく、リュウライもいるけれど。もっと言うと、ラキ局長やモーリスもだな。たくさんの人間が狙っているって事をこの爺さんは知っているんだかどうだか。


「ちっ。モア・フリーエが崩れたと知ったときから、遅かれ早かれこうなるとは思っていたが……。まさかお前のような小僧がくるとはな」

「なんか釈明があれば、聴きますよ。なんだったら、この小童を言いくるめてみたらどうですか? 王様」

「生意気な餓鬼め」


〝王様〟の称号が気に入らなかったんだろうか、忌々しそうに吐き捨てる。俺のほうはといえば、そんな爺さんの様子に笑うしかなかった。

 オーラスはベンチから立ち上がり、俺の居る手摺りの傍まで歩いて行った。背中をぴんとして、右手に持つ杖に頼らずに力強く歩く様子は、老いてもまだまだ現役だと主張せんばかり。呆れを通り越していっそ感心する。


「シャルトルトに来て四十年。はじめは、まだ使い道のなかった鉱物と、ちっぽけな村しかなかった」


 オーラスは手摺りに手を置き、遠くを見透かすようにして目を細める。その視線の先は……ここからは見えない、アーキンやバルトのほうだろうか。


「何故こんなところに人が住もうと思ったのかもわからんような小さな村。貧しく、今にも潰れそうだった」

「俺の親父もそう言ってましたよ。あんまりにも何もなくって、進学を考えたら村を出ていくしかなかったとか。それが大学出て戻ってきたらびっくり。たった五年で、ほとんど廃村だったのが普通の町に生まれ変わってたっていうんですから」

「それが、今ではこれだ」


 オーラスは俺のほうを振り返り、空いた左手で街――セントラルを指し示す。大陸の都会とも張り合える近代都市。都市化を遂げながらも寂れたバルトや眼下の住宅街よりも何よりも、成果としてはあの街がお気に入りらしい。


「大陸の都会と比べても遜色ないほどに発展した。鉱石も輸出・加工だけではない。機器製品を作り上げ、独自の政治や雇用も創出した。もはやこの街は鉱山の町とは呼べん。

 私がこのシャルトルトを創り上げた。ここは私の街、私の島だ。だというのに、国は――お前たちは、私の島で見つかったものを横から掻っ攫った」


 呆れてため息が出る。カミロが言ってたことと全く同じだ。恩着せがましいのと同時に、何か勘違いしてんじゃないか、この爺は。


「それで正解だと思いますけれどね。あんなもの一般人の手に渡ったら、とんでもないことになりますよ」

「未知のオーパーツの前では、お前たちとて一般人と変わりないだろう。お前たちが偉そうにしているのも、そもそもは私を無視してオーパーツを奪い取ったからだ。盗人猛々しいにも程がある」


 言葉は返さず肩をすくめる。オーパーツに関して偉そうなことを言えないのは確かだな。一般市民より詳しいのは、俺たちがオーパーツを触れるからだ。市場に出回るようなことがあれば、俺たちだって胸を張れない。

 実際、奴がこうも偉そうに言えるのは、長いこと違法オーパーツを扱ってきたからなんだろう。マーティアス・ロッシを抱えていたこともあり、財団はオーパーツに関してそれなりの知見を得ているんだろうし。

 だからって盗人猛々しいは言い過ぎだけどな。


「今の局長はその極みだな。ふてぶてしい女だよ。こちらの誘いを涼しい顔で断った上、部下どもと手を組んで私を引きずりおろそうとした」


 過去形じゃなく、ラキ局長はまさに引きずりおろそうとしている最中なんだけどね。前の局長は、オーラスに(おもね)ってたって話だからな。オーラスが密かにとはいえ、オーパーツ入手ルートを確立できたのもその所為だと俺たちは推測している。所長権限でもできることは少なかったらしいが、前局長がいい加減なことをした所為で、この爺さんが好き勝手できるようになってしまったのは確か。


「面白くないのは、まあ解りますけどね。でも見つけたのはあんたじゃないし、国に預けることを決めたのも、発見したその人だ。それに、そもそものことを言わせてもらいますと、この街を作ったのはあんただけじゃないでしょう」

「ダーニッシュのことか」


 応じたオーラス老は、これまでで一番苦々しい表情を浮かべていた。


「我が人生での一番の失敗は、奴を頼ったことだな。奴が作った乗り物が私の街を這いずり回っているのを見ると、今でも虫唾が走る」

「ずいぶんと餓鬼みたいなことを言うんだな」


 敬語を使うのも馬鹿馬鹿しくなって、やめた。このどこまでも自己本位爺さん。一周回って癇癪起こした子供みたいだ。事業の邪魔をしなかったんだし、せめてダーニッシュ交通にくらい素直に感謝する気になれないのかね。


「正直に言わせてもらうと、あんたの功績は大したもんだと思うよ。これだけの街を造って、それだけでも充分尊敬に値する。……なのに、どうしてそれで満足できない」


 普通の人間じゃ到底手の届かない高みに辿り着いたというのに、どうしてそれで納得しない。全てを手にするなんて、どんな人間でも無理だというのに。


「孤児たちを使ってオープライトを掘り出させたり、金に困った連中を実験体にしたり……オーパーツにそこまでの価値があるか?」


 あんな人の人生を狂わせるもの。できることなら葬ってしまいたいくらいだ。

 だが。


「ある」


 きっぱりとオーラス老は言い切った。


「……どうかしてるぜ」


 やるせなくなって、首を振る。

 そんな俺が気に入らないのか、オーラスは片眉を持ち上げた。


「若造に俺のこれまで抱えてきた想いなど分かるまい。俺はこれまで、この街に尽くしてきた。俺がこの街を造り上げた。だが、だからこそ――」


 オーラスは唐突に杖を振り上げた。


「――自らの作品の汚損を許容することが出来んのだ!」

「グラハムさん!」


 背後から突然かかるリュウライの叫び声。その意味するところを悟った俺は、慌ててオーラスに手を伸ばした。

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