第31日 飛び込んできた情報
カミロの証言について報告したところで帰宅し、次の日休みと決め込んでベッドの中でぬくぬくと過ごしていたときだった。心置きなく惰眠を貪れるかと思ったら、携帯電話に急遽ミツルくんから連絡が入る。その時間、朝七時。結局いつもと変わらない。
内心ミツルくんに文句垂れながらお電話を受け取ると、なんと今すぐ出て来いと言う。せっかく取ったお休みが、朝一で返上された。
「あああああ、もう! あのじーさん、覚えていやがれっ!」
と、ミツルくんでも局長でもなく、目を付けていたクロボシの爺さんに悪態を吐きながら家を出る。
さてさて、なんでこんなことになったのかというと。
「オーラスがオーパーツを違法所持している証拠が出たって?」
出勤したその場所で、そうミツルに訊いてみれば、今朝未明の話だ、と前置いて話しはじめた。
「ご存知だと思いますが、リュウライが、オーラス鉱業がディタ区に所有するイヴェール工場に潜入していました」
「なんか怪しいバイトがあったから調べてみるって話だろ? 一週間くらい行ってんだっけか」
「正確には、昨日までの五日間です。それで彼は……昨日、工場の東側に隠された実験施設を発見しまして」
その日(って言っても昨日だけど)工場での勤めがなかったリュウライは、ロッシの手掛かりを追って工場の東側へと向かったそうだ。その途中、アーシュラから渡されたレーダーが〈クリスタレス〉の反応を捉え、つい先日まで同じ工場で働いていた男ロナルド・クインビーを見つけたとのこと。
「そして、脱走したロナルド・クインビーおよびその追跡をした作業員たちから施設の場所を聞き出し、本日突入する予定だったのですが……」
その日の出前に、施設が爆発したらしい。しかも下見に行っていたリュウライの目の前で爆発したというんだからもう、肝が冷える。シールドのお陰でかすり傷で済んだらしいけど、いったいどれだけ危険な目に遭えば懲りるんだろうね、彼は。
なんて、内心溜め息を吐いている間にも、ミツルの報告は続く。
「施設の中には、九十名ほどがいたようです。現在局員および近隣の消防・救急隊員を派遣して、調査作業および救出作業を行っていますが……おそらく人命救助のほうは絶望的でしょう」
目撃者リュウライによれば、それはもう綺麗に崩れていったようだ。自重での倒壊を利用したビルの発破解体のごとく、すべて内側に倒れ込むように壊れていったらしい。そして、施設に居た人間も同じように、内側に。きっと瓦礫の下に埋もれてしまったんだろう。悲惨、としか言いようがない。
「当然、人為的よね?」
「ええ。事故爆発で有れば、周囲に影響があるでしょうから」
山火事には至ってないっていうんだから、やっぱりそうなんだろう。これ以上の被害の拡大を心配しなくていいってところだけ、不幸中の幸いだ。
それでオーパーツのほうですが、とミツルがつけ加える。
「まず一つ、施設からの脱走者ロナルド・クインビーが〈クリスタレス〉を所持していました。施設の存在を不審に思った彼は、それを使って施設から逃げ出したとのことです。おそらく、時空間に影響を及ぼすオーパーツでしょう。未完成品のようですが。
もう一つ。爆破後の施設敷地内で、リュウライが複数のオーパーツを発見しました。〈スタンダート〉、〈クリスタレス〉どちらもです。また、一緒に〝オーラス鉱業・イヴェール工場〟――すなわち、リュウライが潜入していた工場の名称が印字された発送伝票がありました」
ミツルが袋の中に入った紙きれを見せてきた。
あー、こりゃあ、如何にもだ。紙の右上には六桁の数字が書いてある。つまり、通し番号。これを工場側の控えと照会して一致したら、そこがその発見されたオーパーツの出所となるわけだ。
しかもしかも、その施設爆破の前日、その工場にオーラス老ご本人が視察に来ていたらしい。これはもう、言い逃れできないんじゃないの?
「それから」
「まだあるの!?」
あまりに盛りだくさんで、朝からだいぶお腹いっぱいなんだけど。
「ええ。とっておきのが」
一見いつも通りな感じだけど、なんとなくドヤ顔のような……? なんでかなー、と現実逃避してみる。
「崩落の数時間前、該施設より、添付ファイル付きのメールがオーパーツ研究所に送られてきました。ファイルの内容は、オーパーツの実験記録に、従業員名簿、そしてオーラス財団によるオーパーツを利用した事業計画書です」
え、やだ情報リーク? 誰かがオーラス財団のオーパーツ利用を密告してきたってこと? ミツルくんがドヤ顔するだけあって、飛びついた。
内容は具体的。使用目的もさらされちゃってるわけだから、言い逃れできないな。
しかし。
「事業?」
過去改変のことじゃなくてか。
「オーパーツを商品として販売するつもりだったようですよ。場合によっては、使用者も付けて」
思わずため息が出る。
でも、そういや、カミロも似たようなことを言っていた。それがこれなのか。
「取引先は知れてるな」
「ええ。もとより違法品です。碌な相手のはずがない」
裏社会も牛耳る気だったのかねってオーラスさんは。
それとももう繋がりがあるのか?
「しかも、人間も付けるって?」
「ええ。でも下手すると人身売買ですからね。表向きは人材派遣という形を取るつもりだったようですよ。そのためにわざわざ人材派遣会社も立ち上げたようですから」
その使用者は、リュウライが捕まえた、イヴェール工場の〝抜擢者〟とかいう奴らがなるつもりだったんだろう。彼らの証言を総合すると、施設に居た奴らは被験体と商品の両方を兼ねて使われていたらしいから。
で、商品となった暁には、人材派遣会社で派遣員として登録し、取引先に売りつけるつもりだったようだ。
「それはまあ……大層なことで」
カモフラージュのためにわざわざ一事業立ち上げるってんだから、オーラス財団の財力を思い知る。
「しかしまあ……内部告発があった直後に、その施設が倒壊したってか?」
「ええ。内部告発があったのがばれ、証拠隠滅を図ろうとしたというのが、順当な考えですが――」
「いや、妙だろ。やり方があまりにも雑だ。そのタイミングで施設が爆発して、なにもかも消し飛んじまうなんて、あまりにも都合が良すぎる」
「同感です。あまりに間隔が短すぎる。それに、爆破の規模が限りなく小さいのも気になります。発破解体の作業は、綿密な計算の上で行われるそうですから、事前に計画されていたとしか思えません」
その二つの不審点が導き出す答えはやっぱり――
「……バルマか」
「おそらくは」
カミロの話からすれば、オーラスとバルマは利害が一致した利用関係に過ぎなかったという。ヴォルフスブルグで俺らに遭遇して危機を感じたバルマが、オーラスを囮にしようとした可能性は十分にある。
「しかし、このように決定的な証拠が出てきた以上、我々としてはオーラスに目を向けないわけにはいきません。しかも相手は大物ですから、多くの人手が必要となる」
「その間に逃げようって魂胆かねぇ」
「そうかもしれません。しかし、貴方にはオーラスのほうに行ってもらいます」
ミツル――というよりラキ局長は、もう算段をつけているらしい。その決断の早さには感心させられる。
「りょーかい。バルマは?」
「そちらはこちらが。当てがありますので」
当てって何だろう、とは思ったが、あまり深く突っ込まないでおいた。局長が策を巡らせているんならまず問題ないだろうし。それに、いらん情報を入れて煩わしい思いはしたくない。いよいよ大詰め。俺もオーラス確保に集中したいものである。
「お任せするわ。……とっとと決着付けて、気楽な身に戻りたいもんだね」
ここのところあまりに忙しく、そろそろ疲れが溜まってきている気がするし。街の平和を守るのがお仕事とはいえ、俺自身もまた平和に生きていたいのよ。




