第40話 魔王、拡張するのじゃ
グランドベアの件が解決したわらわはしばらくのんびりする事にした。
正直騎士団やら勇者やら国の陰謀やらと短期間に関わり過ぎて疲れたのじゃ。
「リンド様、お食事が出来ましたよ」
「うむ」
そんな訳で浜辺でのんびりしながら毛玉スライム達が波に流されていく光景を眺めておった。
「わーい」
「ぬおおおおっ!」
毛玉スライム達が流されるたびにガルがそれを回収する光景は、さしずめペットの犬に球拾い遊びをさせているようじゃの。
「そんな気軽なものではないぞぉー!」
まぁそのうち漂流防止の壁にぶつかるからそんなに心配せんでもええのじゃがの。
「モグモグ、うむ、海の魚は大きくて我々でも食べがいがあるのは良いな」
そんなガルを尻目にグランドベア一家は海で取れた大型の魚を美味そうに食べておった。
「おいしい!」
「はっはっはっ、沢山食べるんだぞ我が子よ」
巨大なグランドベア親子が来た事で食糧をどうしたものかと悩んでいたが、幸いにもこの辺りは大型の魚も多く、グランドベア自体もその巨体を活かして魚採りが出来たので問題にはならなんだ。
「とはいえ、グランドベアの親には少々手狭かもしれませんね」
ふむ、確かにこの島は決して狭くないが、グランドベアの体格を考えると少々窮屈か。
今は良いが、家族が増えたら本格的に住処を変えねばならなくなるじゃろう。
「なら島を広くするとするかの」
「広くとはどういう意味だ?」
流された毛玉スライム達を回収したガルが首を傾げながら質問してくる。
「うむ、文字通り島の規模を広げるつもりじゃ」
わらわは大地に手を触れると、島全体に魔力を巡らせる。
更に魔力をその先にまで伸ばし、大地の内部にまで魔力を浸透させる。
「な、なんだこの魔力は!?」
「わわわー、ぞわぞわするー」
「こ、これは一体なんでヤスか!?」
皆が困惑する声が聞こえてくるが、わらわはかまわず魔法を発動させた。
すると島全体が強い振動に包まれる。
「さぁ、引き上げるぞ!」
わらわは見えない手で島を掴み、引き上げるイメージを浮かべる。
すると島の揺れは更に増し、海面が激しく揺れ出す。
そして海中から大地がせり上がり、遠方まで陸が伸びてゆく。
そしてようやく揺れが収まった頃には、遙か数キロ先まで大地が広がっておった。
「なっ!? 陸があらわれた!? いったい何をしたのだ!?」
皆の目がわらわに説明を求める。
「なぁに、島周辺の海底を隆起させて陸地にしたのじゃよ」
「「「「なっ!?」」」」
皆は驚くが、土魔法を極めていけばそう珍しい技術ではない。
「元々の土魔法も大地や鉱物を弄る魔法じゃし、その大規模版というだけの事じゃよ」
「だけというには使用した魔力が膨大過ぎるだろう……こんなこと人族には絶対真似できんぞ」
まぁわらわの余りある魔力を使った力技な所があるのは認めるがの。
「あとは隆起した大地から塩分を除去し、代わりに緑を増やせば島の改造は完了じゃ」
ちなみに隆起させたのは島の全周ではなく、わらわの城の正面の浜辺だけはそのままにしてある。
せっかく海辺に作ったんじゃから、海から遠くなっては台無しじゃからの。
代わりにわらわの家の前の海を囲むように円弧を描いた入り江にしておいたのじゃ。
これで湾内の波は緩やかになり、毛玉スライム達が沖に流される心配も無くなるというものじゃ。
「す、凄まじい魔法だな。最近の魔族はこんな地形を動かすような大魔法を使う事ができるのか?」
グランドベアの父親が彼方まで広がった大地に声を震わせる。
「誰でも出来る訳ではない。わらわの魔力と技術があればこそじゃの。わらわもこれでも長生きしておる故にな」
「さすが魔王様ー、すごーい」
「魔王様すごーい」
わらわのやった事をどこまで理解しておるのかわからぬが、毛玉スライム達が凄い凄いとはしゃぐ。
「はっはっはっ、まぁのう」
「ところで前から気になっていたんだが、何故魔王なんだ?」
と、ガルは何故毛玉スライムがわらわの事を魔王と呼ぶのかと尋ねてくる。
おお、そう言えばガル達にはそのあたり言ってなかったのう。
まぁ言う必要も感じなんだで仕方ないが。
「魔王様は魔王様だよー」
「うむ、わらわの名はラグリンド=ジェネルフ=コウラソーダ、ついこの間まで魔王をやっておった」
「ラグリンド……魔王ラグリンドか!?」
名を聞いた瞬間、驚きと警戒でガルの毛が総毛立つ。
正直モフモフが毛を立てると楕円形の毛玉になって面白いのう。
「本当に魔王ラグリンドなのか!?」
「うむ本物じゃよ」
ガルはわらわが魔王じゃと知って呆然となり、そもそも魔王という概念を知らぬビッグガイ達はキョトンとしておった。
「はぁー、最近の魔王はこったらちっこい女の子がやってたんだか」
「大変だなぁ」
逆に守り人達は魔王という存在を知っておった様じゃが、長年結界の中で暮らしていたせいでわらわに対する危機感というものが一切感じられなんだ。
というかわらわ、見た目通りの子供と思われてないかの?
「結界を破壊した事といい、只の魔族でないと思っていたが、まさか魔王だったとはな」
ようやく我に返ったらしいガルが大きなため息を吐く。
「だが何故魔王が我らを救ったのだ? しかもこんな辺鄙な場所で暮らして」
「それはじゃな……」
わらわは勇者達によって神聖結界を発動され危うく封印されかけたこと、そして部下のヒルデガルドがわらわを裏切った事を説明した。
「という訳でちょうどいいから魔王を辞めて引退する事にしたのじゃよ」
「なんとまぁ……」
話を聞いたガルは、勇者達が対邪神用の切り札を使ってしまった事、そして迂闊にもわらわを裏切ったヒルデガルドの所業に呆れ果てていた。
「まぁ魔王と戦わずに済むようになったのなら、人族としては状況が良くなったと言えるか」
まぁ代わりに色々企んでおるようじゃがの。
「まぁそういう事じゃ。お主もここで暮らす以上は他言無用じゃぞ?」
「分かっている。もはや聖女への義理は返したと考えている。守り人達も救ってもらった以上恩をあだで返すような真似はせん」
それはそれでまた別の柵に嵌まってるような気がするんじゃが、まぁええか。
「お話は終わりましたかリンド様?」
「うむ、終わったの……じゃ」
わらわを呼ぶ声に振り向くと、そこには穏やかな笑みを浮かべたメイアの姿があった。
じゃが、何故じゃろう。メイアは笑みを浮かべている筈なのに気配だけが剣呑としておった。
「どうしたのじゃメイア。そんなピリピリとした気配を漂わせて」
「ええ、実は先ほど大変な事がおきまして」
「む? 、もしや事件か!?」
まさかまたグランドベアの誘拐事件みたいなことが起きたのか!? そう何度も面倒事はゴメンじゃぞ!?
「はい、突然島が隆起した事で、御台所の調味料が台無しになってしまいました」
「……え?」
「ついでに仕込んでいた晩御飯も台無しになってしまいました。一体誰が相談も無しにこんな事をされたのでしょう?」
「ええと……」
もしかして、わらわのせい?
「一体どなたがこのような事をやらかしてくださったのでしょうか?」
「……す、すまぁーん!!」
激怒したメイアに対し、即座に土下座を決めるわらわ。
「ふふふ、何故謝られるのですかリンド様? まるでリンド様が悪い事をしたみたいではないですか」
あわわわわっ、かんっぜんにお怒りモードじゃぁーっ!!
「すまんかったぁぁぁーーっ!!」
結果、わらわはメイアの怒りが収まるまで延々と着せ替え人形にされるのじゃった……
「魔王国には魔王よりも恐ろしい者が居たのだな……」
しんみり言うでないわガル!!




