第32話 魔王、大魔獣の進行阻止を決断するのじゃ
「リンド様、部下から報告が入りました」
毛玉スライム達と戯れておると、リンドが緊迫した様子でやって来た。
「巨大な魔獣がジョロウキ商会のある町に向かっているとのことです」
ジョロウキ商会のある町じゃと?
「まさかと思うが……」
「グランドベアのようですね」
ああ、やはりか。
「地下牢の匂いに誘われたか?」
「恐らくは」
そりゃ町の者達もいい迷惑じゃのう。
「しかしこちらの本物の方には来ないのじゃな」
意外にもグランドベアは本物の我が子が居るこの島には向かってきておらぬようじゃった。
「恐らく海を隔てているのでまだ気づいていないのと、近くの匂いを優先したのではないかと」
成る程、確かにより近くにある匂いを優先するが道理よな。
「しかしこのままでは町が危ないのう」
「人族の町を助けるのですか?」
メイアはわざわざ敵を助けるのかと疑念の眼差しを送って来る。
まぁ普通に敵対しておるしのう。
じゃが戦争と縁遠い平民をわざわざ死なせる事もあるまい?
「子供を助けに来た親に罪は無かろう?」
「……そういう事なら」
随分とお甘い事でと視線で皮肉を言いながらも、メイアはそれを口にする事は無かった。
「ですがどのようになさるので? 子を守る為に暴れるグランドベアに話し合いは通じませんよ?」
「ならば、関係者の協力を仰ぐとするかの」
◆
「と言う訳でお主の親を救うために協力してほしい」
わらわが頼ったのはグランドベアの子供じゃった。
そう、子を奪われて親が暴走しておるのなら、子を返して冷静さを取り戻すのが最も簡単な解決法じゃ。
「……」
しかしグランドベアの子供はまだまだわらわ達に警戒を解かぬ。
毛玉スライムや聖獣には心を開いている事を考えると人族に近い姿をしたわらわ達が信用できぬと言ったところか。
じゃがそれと今の状況は別じゃ。
何せこ奴の親の安全もかかっておるのじゃからな。
「お主の親なら並大抵の人族には負けんじゃろうが、人族はヤケになると何をしでかすか分かったものではない。それにお主も親に会いたかろう?」
そう、最悪の場合は勇者達が再び神器の力を使う事じゃ。
邪神との戦いの切り札を無駄撃ちさせる事が何より恐ろしい。
「……やる」
とそこで、グランドベアの子供がようやく喋りおった。
「お主の親を殺そうとしておる人族の軍隊がおるが大丈夫か?」
「……だ、大丈夫。僕をお母さん達の所に連れて行って」
人族と聞いて僅かに怯むが、すぐに顔を振って自分を連れて行けと決意を示してくる。
うむうむ、良き子じゃ。自分の危険よりも親の身を案じるか。
「うむ、任せておくが良い!」
「ならば我も行こう」
そこにやって来たのはガルじゃった。
「グランドベアの子が居ると知られれば人質にされる危険が高い。ならばこの子は我が守るべきであろう」
そうじゃの、ガルが守ってくれるのならわらわ達も安心してグランドベアを抑える事に専念できるというものじゃ。
「うむ、任せたぞ。作戦はシンプルじゃ。暴れるグランドベアを止め、子供と会わせる事で正気に戻す!」
◆
町の傍へと転移してきたわらわ達の視界に、巨大な魔獣の姿を確認する。
どうやらわらわ達の予想以上に魔獣の進行は速かったみたいじゃ。
「おお、デカいのう」
「なかなかに成長しているな。グランドベアのなかでも大物の部類だ」
ガルもグランドベアの大きさに感心しておるようじゃから、中々強い個体のようじゃの。
既に戦闘が始まっておるらしく、魔獣に向けて矢や魔法が放たれているのが見える。
「では予定通りお主が囮になって親を町から引き離すのじゃ。なにガルにしっかり捕まっておれば良いだけの事よ。そしてわらわ達が人族の軍隊を抑え込んでいる間に親を説得するのじゃぞ」
「わ、分かった!」
グランドベアの子は大役を請け負った事に緊張しているのが、ガチガチになっておった。
「大丈夫だよー。魔王様は強いからちゃんと人間達から守ってくれるよー」
「う、うん」
毛玉スライムの子の励ましを受けた事で落ち着きを取り戻すグランドベアの子。
うむ、仲良きことは良き事じゃの! ……って、んん!?
「何で毛玉スライムがここにおるんじゃ!?」
「ついて来たー」
「ついて来たってどうやって!?」
「マントにくっついてー」
なんという事じゃろう。毛玉スライムはわらわのマントに引っ付いて付いてきてしもうたらしい。
「何でついて来たのじゃ。ここは危険なんじゃぞ!?」
「友達が心配だったからー」
「むっ!?」
そう言われると叱りづらいのう。
とはいえ危険なのは事実じゃ。すぐに転移魔法で連れ帰るべきじゃろうな。
「問題ない。毛玉スライムも我が守ろう」
しかしそれに待ったをかけたのはガルじゃった。
「しかしそれではお主の負担が増えるじゃろ?」
「今回の作戦では我は戦闘をせず移動するだけだ。ならお前達よりは楽であろうさ。それにグランドベアの子も自分一人よりは友が居た方が安心できるだろう」
成程、グランドベアの子の事も考えて同行させるべきと言いたいのか。
「分かったのじゃ。毛玉スライムよ、ガルから離れるでないぞ」
「わかったー」
「リンド様、部下から追加で報告です。魔獣との戦闘で勇者と聖女の姿も確認できたとの事です」
「なんと!」
よりによって勇者と聖女も出て来たのか。
まぁ今の人族にとってグランドベアは大災害じゃからな。浮いた戦力は活用したいと考えるのが普通か。
「聖女が出て来たとなるとガルはなおさら前には出せぬな」
「……すまん」
どのみちガルは囮兼説得役に割り振るんじゃから聖女達と遭遇する事はないじゃろう。
「よい。メイア、念のためわらわ達も姿を変えるぞ」
「かしこまりました」
勇者達とトラブルになっても良いように、わらわ達はいつもの姿でも商人の姿でもない別の姿に変化する。
変身魔法は大きく身長や年齢を変えれぬが、同年代ならかなり自由度の高い変身が出来るんじゃよな。
これで何故大人にだけはなれんのじゃろうなぁ……
「まぁ良いわ。行くぞ皆の者!」
「「「「おおー!!」」」」
うーん、獣率高いのう。




