第21話 魔王、村を見つけるのじゃ
聖獣の情報を聞いたわらわ達は、聖女達に先んじてマルマット山へとやって来た。
「何もありませんね」
じゃがメイアの言う通りマルマット山には何もなく、ごくごく普通の山じゃった。
「と思うじゃろ?」
じゃがわらわはこの普通な山に感じる異常に気付く。
「メイアよ、この山は一見普通の山じゃが、魔力の流れを良く感じ取るのじゃ」
「魔力の流れですか?」
わらわの言葉を聞いたメイアが目を閉じて意識を集中すると、すぐにハッとした顔になってわらわを見てくる。
「リンド様、これは!?」
「結界じゃな。それもかなり強力な結界じゃよ」
そう、この山には結界が張られていた。
それも自らの身を守る為の結界ではなく、何かを封じる為の結界じゃ。
「聖獣が住まうはずの山にかけられた封印の結界か。一体何が封じられておる事やら」
ストレートに考えればこの山には何か危険なものが封じられており、聖獣がその封印を守っていると言うところか。
じゃがこの山には聖獣らしき強き生き物の気配を感じぬ。
「ならば聖獣も結界の中か?」
自分ごと敵を封じたと言う事か?
では聖獣が勇者一行から離脱した理由もそれが原因か?
「これは確認してみるしかないのう」
わらわは結界の術式に介入してその中へと続く道を作り出す。
「ふむ、結界自体はシンプルなものじゃな。ただ古き時代に作られたものゆえ、やたらと頑丈じゃ」
む? この辺りだけ作りが違うの。
まるで別の人間が作ったような作りじゃ。
じゃがこれは利用できるの。
わらわは結界の作りが変わった部分の隙間を利用して慎重に結界を解除してゆく。
中に封じられている者が危険な存在じゃったら大変じゃからな。中をちらりと見たらすぐに結界を元に戻せるようにしておかねば。
ただとにかく頑丈なだけの作りの結界を見るに、中に封じられている者は搦手が得意な者ではなさそうじゃ。
もしかしたら生き物ではなく危険な物かもしれんの。
結界の隙間を開いて中の気配を察するが、特に問題となる様な気配は無かった。
「……邪悪な気配はせんの。まぁ魔族であるわらわと人間の感覚は違う故、人間にとっては邪悪な可能性もあるがの」
この場合一番マズいのは、人も魔族も関係なく災厄をもたらす類の存在じゃ。
そう言った敵は数千年前にはザラに存在しており、種族や国の別なく協力して倒したり封じたりしたものじゃよ。
「じゃがそれを感じぬと言う事は結界を解除しても問題なさそうじゃの」
問題が無いと確認したわらわは、結界を本格的に解除してゆく。
幸い、そう苦労せずに結界を解除する事が出来た。
「うむ、随分と堅かったが術式自体はシンプルなもので助かったのじゃ」
さて、それでは封印されていたモノを見学させてもらうとするかの。
わらわとメイアは空に飛びあがって結界の解除された山を観察する。
「リンド様、あそこに村が」
メイアの指さした方角を見れば、山の中腹に小さいが村の姿が見える。
「ほほう、村と言う事は誰ぞ住んでおるとみえる。行ってみるか」
村に向かったわらわ達は、特に妨害を受けることなくあっさりと村にたどり着いた。
「ううむ、人影が無いのう」
村の中に入ったわらわ達じゃったが、奇妙なことに人っ子一人見当たらなんだ。
「リンド様、もしやこの村は既に廃村になっているのでは?」
「……そうかもしれぬのう」
これはハズレかのう? てっきり結界の中に聖獣か何かがおると思っておったのじゃが、聖獣らしき強き存在も確認できぬ。
「となると封じられておったのはこの村で、長い封印の中で村の者達も死に絶えたというところかのう?」
もしそうなら、結界はその役目を果たしたと言うところか。
そう考えた時じゃった。
ガサリという音と共に近くの藪が揺れたのじゃ。
「む?」
危険な気配もせぬゆえ、獣でも現れたのかと視線を向けると、そこにはボロボロの服を纏い、ガリガリに痩せ細ったミイラの姿があった。
「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」」
しかも驚いたことにミイラもまた声を上げたのじゃ。
「動いた! まさかグールか!?」
グール、それは動く死体であるアンデッドの一種じゃ。
骨のスケルトン、腐ったゾンビ、人型を保った吸血鬼、そして動くミイラであるグールじゃ。
ちなみにグールはミイラでなくてもグール認定される事もあるので見極めには注意が必要なんじゃよ。ってそれどころではないわい!
「もしやこの村はアンデッドの巣窟か!?」
それなら生き物の気配がせなんだのも納得じゃ。
ならば無数のアンデッドが潜んでおる可能性が……
「いえリンド様。アレはアンデッドではありません」
「なぬ?」
しかしメイアはアレがグールではないと断言した。
「アレは生きています」
「は?」
「あんれまぁ、見た事のないおなごじゃねぇべか。ビックリしただなぁ」
グール……ではないのか? ミイラは敵意のない乾いた声で流暢に喋ると、悪意を感じさせぬ瞳でこちらに近づいてくる。
む、むう、確かにミイラにしか見えぬが、僅かに生命反応を感じる。ビックリするぐらい干からびておるが。
確かに危険なアンデッドなら、生物の気配は無くても敵意ある魔力を発する。
見た目がアレ過ぎてビックリしたわい。
「外から人が来るなんて久しぶりだべなぁ。けんど悪ぃなぁ。ここにはアンタ等をもてなせるモンがなーんもねぇんだ」
うーむ、どうやらこのグール、いや村人は悪いモノではなさそうじゃ。
「いや、気にせずともよい。何かを欲してここに来た訳ではないのでな」
「じゃあ迷子だか?」
「迷子でもない。少々この山に興味があってやって来たのだ」
「こげななーんも無ぇ山に興味を持つだなんて変わってるだなぁぁぁぁぁ……」
そう言いながらミイラは倒れた。
「って、おぉい!? 大丈夫か!?」
「だぁいじょうぶだぁ。ちっとばかし飯さ食ってねぇからフラついただけだぁ」
フラついたと言うか力尽きたように倒れたぞ!?
「ちょっとってどれくらい食べてないんじゃ?」
「そうだなぁ、10日くらいだなぁ」
「命の危機ではないか!? メイア!」
「すぐに胃に優しいものを作ります」
わらわの指示を受けたメイアはすぐさま食事の準備にとりかかる。
「まずはこれをお飲みください。果物の絞り汁を混ぜて薄めた体に優しいポーションです」
「おお、ええんだか?」
「気にせずゆっくりお飲みください」
メイアは倒れた村人の口にポーションをゆっくりと流し込む。
「ああ、体に染みわたるようだべぇ」
すると村人の頬にわずかに赤みが戻り、命の危機を脱したと分かる。
とはいえ何も食べていなかったのじゃ、はよう何か食わせてやらぬとな。
「のう、他の村人も何も食べておらぬのか?」
「そうだぁ。食うものが何も無くなっちまったから、村の皆で手分けして食い物を探しに行ってたんだ。けどなんも見つからねぇからオラ戻って来たんだ」
という事は他の村人達もこ奴のように山をさ迷ったあげく倒れている可能性があるのう。
10日何も食べていないといたが、実際にはその前から碌に物を食べておらなんだのじゃろうな。
「これはいかんな。メイア、わらわは村の者達を探してくる。お主は料理とこ奴の面倒を頼む」
「かしこまりました。それとこちらの薄めたポーションをお持ちください。普通のポーションでは弱った体には強すぎますので」
「うむ」
メイアから希釈ポーションを受け取ると、わらわは空に上がって気配を探る。
「ぬぅ、気配が薄いのはつまるところ皆死にかけておるからか……そこか!」
気合を入れて気配を探り当てたわらわは、急ぎ近くにいる気配の下へと向かう。
「おい! 大丈夫か!?」
そこに倒れていたのはガリガリにやせ細った中年の女じゃった。
何も知らなければ行き倒れの死体だと思った事じゃろう。
「あんれまぁめんこい子だぁ。遂にあたしにもお迎えが来たかねぇ」
いかん、死にかけて錯乱しておるわ。
「まだ死んどらんから安心せい! これを飲むのじゃ!」
わらわは希釈ポーションを倒れていた女の口に流し込む。
すると荒かった女の呼吸が安らぎ、体の震えも止まる。
「はぁ~、なんだべこれ、エリクサーって奴だべか?」
「ただの薄めたポーションじゃ」
普通に考えれば狩人ではない者が山中をさ迷うなど尋常の沙汰ではない。
それだけあの村が危機的状況にあったという事か。
「よし、これで危ない所は脱したようじゃな」
わらわは女を村に連れて帰ると、次の村人の下へと向かう。
「次は……向こうか!」
そうして、何十回と救助を繰り返した頃には日が沈みかけておった。
「ふぅ、これで全員か?」
「ああ、これで全員だぁ。ホントに助かっただよ。ありがとうなぁ」
村人に確認を取ると、全員揃ったと頷かれた。
うむ、日が沈む前に見つけられてよかったのじゃ。
「リンド様、食事の用意が出来ましたので手伝ってくださいませ」
そして丁度タイミングよく食事の用意も整ったらしい。
「うむ、分かったのじゃ」
わらわとメイアは村人達に粥を手渡してゆく。
「何日も食べていなかった事で胃が小さくなっている筈なので、胃に優しい重湯にしました。ですが体に良い成分を色々と混ぜてありますので、普通の重湯よりも栄養はありますよ」
それ、何が原材料か聞くのが怖いのう。
「美味ぇ、粥ってこんなに美味かったんだなぁ」
「ありがてぇありがてぇ」
「美味ぇなぁ、美味ぇなぁ……」
「ぐすっ、生きてて良かっただぁ」
久方ぶりの食事に村人達が涙を流して喜んでおる。
うむうむ、たんと……は食べれぬかもしれぬが、良く味わって食うのじゃよ。
「アンタ達、本当にありがとうなぁ。オラ、もうダメかと思っただ」
それは他の村人達も同じだったのか、皆涙を浮かべながらうんうんと頷いてわらわ達に頭を下げてくる。
「なに、気にするな。偶々通りがかって見過ごせなくなっただけじゃ」
しかしこの村は一体何なのじゃ?
結界によって閉じ込められておったのは極々普通の村人達じゃった。
そしてその村人達も飢えで死にかけておった。
長年魔王をやっておった事で鍛えられてきたわらわの危険察知にも何の反応もない。
身のこなし、体を流れる魔力の流れ、村人達の目つき、どれをとってもごくごく普通の人間じゃ。
かといって村に何か危険なものが封じられている様子もない。
こちらもごく普通の寒村じゃった。
あのような頑丈な結界を張る理由は一体なんじゃ?
「貴様等、村の者達に何をしておる!」
「む?」
その時じゃった。明らかに村人達とは空気の違う声が広場に響き渡ったのじゃ。
「この声は聖獣様だべ!」
「聖獣じゃと?」
村人達のまさかの発言に驚く。
というのもこの声には全く力を感じぬからじゃ。
声だけではない。周囲に聖獣たる力を察する事が出来ぬのじゃ。
視界の端に映るメイアを見るが、メイアもまた聖獣の気配を察知する事が出来ておらぬようで僅かに動揺をにじませておる。
「ほう、なかなかやるではないか」
どうやらこの聖獣、相当に力を隠すのが上手いと見える。
長年魔王をやって来てここまで己の力を隠すのが上手い相手は初めてじゃ。
わらわは注意深く周囲の気配を探ると、ようやく微弱な気配が村の端から近づいている事に気付いた。
これは凄い。どう探っても生まれたての小動物並みの気配しか感じぬぞ。
成程な、完全に消すのではなく、当たり前に存在している小動物を模すことで我々が無意識に気配察知から外している生き物に偽装しておるのか。
弱い生き物が少ない戦場やそもそも生物の数が少ない屋内ならともかく、雑多な生物が多くいる場所ではその方が自然というもの。
これほど自然に気配を調節するには相当な胆力が必要となる。
何せ気配が多すぎても少なすぎても不自然になってしまうのじゃからな。それも均一ではなく生き物らしくムラがあるのがまたよく出来ておる。
「村人達から離れろ」
聖獣の声に敵意が籠もる。
「離れねばどうすると言うのじゃ?」
わらわの挑発に殺気が増し、闇の中から気配の主が姿を現した。
「無論、命の保証は、せぬぞぉぉぉ……」
そこに現れたのは、神秘的な輝きを威風堂々と放つ勇壮な獣……ではなく、ガリガリにやせ細ったミイラのような毛の塊じゃった。
「ってお主の方が命の保証できとらんではないかぁーっ!」




