第20話 魔王、異変に気づくのじゃ
あれからわらわは様々な土地に出張しては魔物の群れを退治しておった。
基本的には目撃されぬようにこっそり活動しておるが、北方の時のように偶然人と遭遇する事もある。
なので出来る限り前回向かった地と離れた場所に向かうようにしておった。
そして昨日はこの国から離れ、魔族領域で魔物の群れの討伐を行う。
流石に魔族領域側の魔物は本命の戦力故に人族の国で育成しておる魔物より強く、素材として中々美味しくなっておった。
で、今日は町に戻ってこの辺りに居てもおかしくない素材を売るのじゃ。
冒険者ギルドのギルドマスターにもなるべく町に居て欲しいと頼まれておるからの。
「リンド姐さん!」
しかしそこに現れるロレンツ!
じゃがわらわは慌てない。代わりにロレンツの前に出てきたのはメイアじゃった。
「くっ! また貴様か!」
「ふふっ、リンド様に近づきたければ私を倒す事ですね」
そうなのじゃ。最近はメイアがロレンツ除けの壁となってくれているお陰でわらわは安心して冒険者ギルドに来ることが出来るようになっておった。
と言うのも初めてロレンツがメイアと出会った際に、奴はメイアに決闘を挑んだのじゃ。
「僕と勝負しろ! 僕が勝ったらリンド姐さんから離れろ!」
「あらまぁ、随分と面白い方に纏わりつかれているのですね、リンド様。よろしいでしょう。私がリンド様に仕えるに相応しいものである事を教えて差し上げましょう」
何故かノリノリで決闘を受けたメイアは、それはもう大人げなくロレンツをコテンパンンにのし、圧倒的な力の差を見せつけたのじゃった。
本人曰く、周りの冒険者達に力を見せつけるのが目的じゃったとか言っておったがどこまで本音だったのやら。
じゃがそれで納得の出来なかったロレンツは、顔を合わせるたびにメイアに戦いを挑むようになった。
そしてメイアの方も何故か毎回ロレンツの挑戦を受け付けては戦う日々を繰り返しておった。
メイアの奴、ああいうのが好みなのかのう?
「違いますよリンド様」
わらわ、今何も言わなんだのじゃが……
「メイアちゃんに銀貨1枚」
「俺もメイア様に銀貨5枚!」
「私はメイアお姉様に銀貨3枚よ!」
「賭けにならねぇよ!」
と、周りの冒険者もこんな感じで二人の決闘を酒の肴として楽しんでおるようじゃった。
そんな何時もの光景になったやり取りを尻目に、わらわは受付に行く。
「魔物素材の解体と買取を頼むのじゃ」
「はーい。それじゃあいつも通り解体所に持って行ってね」
「うむ」
解体所に魔物の死体を預けて訓練場に戻ってくると、ロレンツが地面に突っ伏しておった。
どうやら負けたようじゃな。
「解体が終わるまで町をブラつくとするかの」
「畏まりました」
しかし時間を潰す為に町の中を歩いていると、何となく違和感を感じる事に気付く。
「はて? 何か妙じゃな」
「どうなさいましたか?」
「いや、よく分からんのじゃが、違和感を感じるんじゃよ」
「違和感ですか? 私は特に感じませんが?」
うーむ、何じゃろうなコレ?
暫く町を歩いていると、子供達と毛玉スライム達が良く遊んでいる広場に出る。
しかし何故かそこに毛玉スライム達の姿はなく、子供達しかなかった。
じゃがその光景を見た事で、わらわは違和感の正体に気付く。
「そうか、町に毛玉スライムがおらんのじゃ!」
「毛玉スライム? 言われてみれば確かに」
そうなのじゃ。わらわのとりなしで毛玉スライムは町の役にたつ安全な魔物として町の住民に広く受け入れられていたのじゃ。
にも拘らず今日に限っては毛玉スライム達の姿が一切見当たらぬ。
これは一体どうした事じゃ?
「おーい坊主達、毛玉スライム達はどうしたんじゃ?」
「あっ、ねーちゃん」
「何か聖女様が来るから逃したんだって」
「聖女?」
「うん。聖女様は魔物が嫌いだから、毛玉スライム達が殺されない様に逃がしたって言ってたよ」
成程、そういう事か。
教会は魔物と魔族を敵視しておるからの。町の小さな教会なら見逃してくれるじゃろうが、教会の権威そのものである聖女としては見過ごすことも出来ん。
それ故聖女が町から離れるまで逃がしたと言う事か。
「しかし聖女は何をしにこの町に来たのかのう?」
「あっ、俺知ってる。衛兵やってる兄ちゃんから聞いたんだけど、なんか聖獣を迎えに来たんだって」
「聖獣とな?」
聖獣と言えば神話の時代から生きる魔獣の事じゃったの。
人族は人語を介して自分達に味方してくれる彼等を聖獣などと言って崇めておるが、普通の魔物なんじゃよなぁ。
まぁ聖獣の方も昔は魔物じゃと訂正しておったが、聖獣の方が都合が良い人間がかたくなに撤回せんことから諦めて好きなように呼ばせておるようじゃ。
ちなみにこれは昔知り合った聖獣から聞いた事実じゃ。
「ふむ、聖獣か。しかしこの町に聖獣の気配なぞ無いぞ?」
聖獣ほど強い存在なら、わらわ達が気付かぬはずもない。
「この街じゃなくて、山の中にある村に住んでるらしいぜ、あっ、これは内緒な。兄ちゃんから教えて貰ったって言うなよ」
それ、機密事項なんじゃないかのう?
お主の兄ちゃん大丈夫なのか?
「事情は分かったのじゃ。ではな」
子供達と別れたわらわは、町の外に目を向ける。
「さて、この辺りで聖獣が隠れ住む事の出来る山となるとどこかのう」
「恐らくは南東にあるマルマット山だと思われます」
と、メイアがわらわの疑問に答える。
「何故そう思う?」
「私の部下がマルマット山方向に定期的に物資を運ぶ馬車が向かっていた事を記録しております。しかしマルマット山方向の街道は大きな村や村もなく、また山に阻まれて道が途切れてしまう為、山向こうへ向かう事も出来ません」
「ふむ、それはおかしいのう」
つまりマルマット山に何かあると言う訳か。
「ただ最近はその馬車も無くなっているそうなので、もしかしたら村があるのなら定期的に移動している可能性もあります」
「山の中で放浪の民のように移動を繰り返す民か。ますます聖獣が関わっていそうじゃの」
そうでなくても何かありそうじゃ。
既に山の村は廃棄されたやもしれぬが、そこに人が暮らしていたのなら痕跡ぐらいはあろうて。
「聖女が関わっている以上、争いに関する事である可能性は高い。それが聖獣に関する事ならなおさら調べぬわけにはいかんのう」
「よろしいのですか? 聖女と鉢合わせする危険がありますよ?」
「うむ、それも気になるのじゃよな」
そうなのじゃ、勇者達は風の聖獣、蒼天王龍ガイネスを仲間にしたあと、その強さを真に当たりにし、これまで共に戦ってきた聖獣を戦いについてこれないからと言って放り出したと聞く。
この情報は変身魔法を使える部下を使って調べさせた故、裏付けもしっかりとれておる。
何とも薄情な話だと思ったものじゃが、そんな聖女が何故聖獣を呼び戻すのじゃ?
「東部に現れた魔獣の件かもしれません」
「何じゃそれは?」
「部下からの報告ですが、東部のアルゴ男爵領に巨大な魔獣が出現したそうです。現地の騎士団では手に負えず、勇者達と蒼天王龍ガイネスが挑んだのですが力及ばず敗退したそうです」
「ガイネスが倒せなんだ魔獣じゃと? そんな強力な魔獣が人族の領域に姿を見せたのか?」
「どうやら属性の相性が悪かったみたいです」
ああ、属性相性か、それでは仕方がないのう。
「と言う事は山に住む聖獣は火属性の聖獣と言う事か」
「恐らくは」
「ふぅむ、おかしいのう。火の聖獣が火山でもない山に暮らすのか?」
聖獣と言えど魔物じゃ。であれば自分達と相性の良い土地で暮らすのが普通。
それが普通の獣と同じようにただの山で暮らすとは思えぬ。
一体その村に何があるのじゃ?
「これは気になるのう」
勇者一行から追い出された聖獣、本来の生息域とは違う場所に暮らす聖獣、そして山に消える物資を積んだ馬車か。
これは何かあるのう。
「よし、マルマット山に行くぞメイアよ!」
「畏まりましたリンド様」
こうしてわらわ達は、聖獣が居るというマルマット山に向かうのじゃった。




