第160話 魔王、聖女の吐露と儀式に立ち会うのじゃ
「……ここは?」
「おお、目が覚めたか」
エプトム大司教との戦いで意識を失っていた聖女が漸く目を覚ました。
「お主四日も眠っておったんじゃぞ」
「四日? 何で……?」
「エプトム大司教の隠れ家で神器に触れたであろう? あの時お主は神器に貯め込まれた無数の呪いを受けて体を乗っ取られたのじゃ」
「え? 神器に呪い……?」
神聖な神器に呪いなど馬鹿なと言いそうな顔になった聖女じゃったが、意識がはっきりしてきてあの時の事を思い出したのか、次第に表情が青ざめてゆく。
「そんな、何で……!?」
「エプトム大司教の置き土産じゃよ。邪神の使徒の呪いで神器を覆い、神器の聖なる気を封じる事で汚染したのじゃ。よくもまぁあんな事を考え付くものじゃよなぁ」
正直、邪神の使徒があのような手段を取ってくるとは驚きじゃった。正直わらわ達も神器は何者にも侵すことの出来ぬ神聖なものと過信しておったのかもしれん。
今後は神器の管理に一層気を付ける必要があるじゃろうな。
「エプトム大司教はどうなったんですか?」
「当然倒した。本体を破壊した故、流石にもう復活は出来まい」
「そう……ですか」
かつての上司だったからか、聖女は何とも言えぬ表情で窓の外を見つめる。
「……あの方が私を聖女に推薦してくれたんです」
そしてポツリポツリと、語り始める。
「国の方針で孤児である私も神器の適性検査を受ける事が出来たことで私は自分に聖女の素質があると知りました。当然孤児院の院長達は喜んでくれたんですけど、それを良く思わない人達もいました」
「他の教会や貴族達じゃな」
「はい。彼等は自分達の擁する孤児院から神器の継承者が出ない事を不満に思ったんです。あとで知った事ですが神器に適性のある人間は少ないけれど唯一ではないと、数年に一人の割合で現れるから適性のある者が絶対継承者に成れる訳ではないと言われました。
その通りじゃな。
神器は神が地上の民の為に与えた者。一国一種族だけでは数年に一人じゃが、世界中の各国各種族を探して回れば毎年数名は適性のある者が現れる。
まぁ人族の国はそれを認めず神器を自分達で独占しておったのじゃが。
ああ、そう考えると神器を周辺国が奪取できずにおったのは人族の国の防衛体制がしっかりしておったというよりは国に潜んだ邪神の使徒が守っておったから考えるべきか。
「そんな私を保護し、聖女として擁立してくださったのがエプトム大司教……様だったんです」
わらわが国防の裏側を推察している間にも聖女の言葉は続く。
「今にして思えばその方があの方達の陰謀にとって都合が良かったからなのでしょうが、それでも私にとってはそのおかげで人並みの生活と立場を得る事が出来た恩人なんです」
そう語る聖女の言葉は騙された恨みや怒りよりも、感謝の表情の方が強かった。
「孤児の立場はよくありません、貧乏というだけでなく、親が居ない事で周囲から良くないものだという目で見られますから。それもあって私よりも前に孤児院から出ていくことになった年上の子達は大変だったみたいです。大半の人達は仕事が見つからず良くて冒険者か、あまり良くない仕事に就くしかなかったみたいで、沢山の人が死んだり犯罪者になって捕まったって」
通常子供は親から仕事を教わり同じ仕事に就くか、親の人脈で知人の職場を紹介して貰う。
親が居るという事はそれだけで職を得る際の信用となるのじゃ。
多少なりとも親から仕事の手ほどきを受けていたなら、ギリギリ見習いとして雇ってもらえるじゃろうが、物心つく前から孤児となった者はそうもいかん。
そう考えると冒険者という仕事を考えた者は大したものじゃ。
アレは真っ当な仕事に漬けぬ者達のセーフティネットとしての側面が強い。
犯罪者になられるくらいなら実入りは良いが、真っ当人間なら命を天秤にかけてやろうとしない危険な仕事を『冒険者』というそれらしい名前を付けてやらせたのじゃ。
しかし名前のロマンとは裏腹に冒険者とは残酷な計算で作られた仕事じゃ。
成功すれば飯にありつけ、失敗したらそれはそれで未来の犯罪者候補を始末でき更に口減らしにもなる。
「だから聖女としてこの国の教会の代表にして貰えた事は本当に幸運だったんです。修行や嫉妬は厳しかったですが、腐っていない食事と屋根の付いた家、ボロキレでない服を与えて貰えたのですから」
人族の子供は本当に弱い。わらわ達魔族なら最低限弱い魔物を狩って生きていけるが人族の子供はそうもいかん。
「だから裏切られた事はショックでしたし、呪いをかけられた事など許せない事もありますが、恨んでいるのかと言われたらそこまで恨んでもいないんです」
何とも複雑そうな表情で聖女は苦笑する。
「まぁそれでも顔を見たら一発、いえ五発は殴ると思いますが……」
う、うむ、そうじゃろうな。
それとこれは別という奴じゃなぁ。
「それよりも情報の件なのですが……」
と聖女が不安げな表情でこちらを見てくる。
「ああ、そうじゃったな。有用な情報であったなら勇者と離れた場所で暮らしたいと言っておったな」
「は、はい。こんなことになってしまいましたが、情報はまちがっていませんでした。ですから!」
聖女にとってはかつての上司との確執や呪われた事よりもそちらの方が重要とはなかなかに図太い娘じゃな。
まぁわらわとしてはその方が好感が持てるが。
「そうじゃな、情報は事実じゃったし神器も無事呪いを解除して回収する事が出来た。ならば褒美が必要じゃろう」
「では!」
「うむじゃがその前にもう一つお主には与えるものがある。ついてくるがいい」
「もう一つですか……?」
わらわは聖女を連れて城を出る。
するとそこには島の皆の姿があった。
「シュガー!」
そんな中勇者が聖女の姿を見て駆け寄ってくる。
「ゆ、勇者様……!」
聖女が何のつもりだと強い眼差しをこちらに向けてくるがスルーする。
「元気になったんだなシュガー!」
「え、ええ。お陰様で……」
「シュガーが倒れたと聞いて心配したんだよ!」
「そ、それはその……すみません」
聖女はエプトム大司教の隠れ家で起きた事を話してよいものかと戸惑っているのか、歯切れが悪い。
下手に事情を説明したらあそこに案内した理由まで知られかねんから困るのも分かるがの。
「おめでとー」
「元気になってよかったー」
そんな聖女の心境も知らず毛玉スライム達が聖女の無事を喜ぶ。
「あ、貴方達もありがとう……」
「元気になってよかったぜ! ほらラグラの実だ。これを食えば元気になるぜ!」
そういってラグラの実を差し出すビッグガイ
「あ、ありがとう……」
弱小種族とはいえ魔物達からいたわりの言葉を受けて困惑する聖女。
まぁ聖女からしたら魔物は敵と教えられてきた相手じゃからな。
「さて、感動の挨拶もその辺にしておくのじゃ。二人は今からやる事があるからの」
わらわが毛玉スライム達を手で追い払うと、皆素直に距離を取る。
「やるというのはなんですか?」
「うむ、メイア、リュミエ準備は良いか?」
「はい、滞りなく」
「いつでも可能です」
メイアとリュミエのいる場所には一つの魔法陣が描かれていた。
「何ですかこの魔法陣!? こんな複雑な!?」
「凄いよな。僕もさっき初めて見て驚いたよ。でも何に使うのか聞いても教えてくれないんだ」
二人が驚くのも無理はない。
地面に描かれた魔法陣は凄まじい密度で描かれており、これを作る為に相当な労力が費やされたのは間違いない。
「勇者、そして聖女よ、二人共魔法陣の中央に立つのじゃ。おっと、魔法陣を踏むなよ」
「え? 私達がですか!?」
「む、無理ですよこんな複雑な魔法陣足の踏み場もないじゃないですか!」
「あらあら未熟ですねぇ。そういう時はこうやって飛行魔法で移動すればいいんですよ」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
リュミエが気を聞かせて念動魔法で二人の体を持ち上げると魔法陣の中央へと立たせる。
「い、一体何をするつもりなんだ!?」
「悪いようにはせん。わらわを信じよ」
「「……っ!?」」
信じろと言われて二人が戸惑いの表情を見せる。
まぁ長年敵と思っていた相手にそう言われても無理はないがな。
「わらわが信じられんのならその魔法陣を踏み越えて外に出るが良い。お主達の好きなようにしてよい」
「……」
「……分かった」
二人は互いに顔を見合わせてどうするかと戸惑いの感情で語っておったが、先に答えを出したのは勇者の方じゃった。
「貴方には命を助けられた恩がある。それに母さんとも再会できた。だから僕は貴方を信じる」
「そうか、聖女の方はどうする?」
「…………勇者様が信じるのでしたら」
時間をかけつつも、聖女も答えを出す。
「よし、それでは始めてくれリュミエ!」
「承知しました。総員術式展開」
「「「「「はっ」」」」」
リュミエの指示を受け部下のエルフ達が魔法陣の外周に等間隔に立つと、呪文を唱え始める。
「術式解体に入ります! ラミエ呪いの逆流に注意しなさい! オリエルは偽装術式にかからないように!」
エルフ達が術式の解体を行い全体を確認しながらリュミエが個別に指揮を飛ばす。
「へー、エルフは魔法を使う時に呪文を唱えるんですね」
と、エルフの魔法の興味津々のテイルが術式を食い入るような目つきで見つめながら呟く。
「あれは精霊達に呼びかけて魔法の補助を行わせておるのじゃ」
「補助って具体的にはどんなものなんですか? 師匠達は無詠唱で並の魔法使い以上の魔法を使いこなしますよね?」
「良い質問じゃ。例えば家を作る為の木材を用意する為に魔法で木を切断する。通常なら出来上がるのはただの丸太じゃが精霊の力を借りるとこれが完成した家になる。家具のテーブルと椅子までセットでな」
「過程をすっ飛ばし過ぎじゃないですか!?」
「精霊の力とはそれだけ凄まじいのじゃ。ほれ、術式が佳境じゃぞ」
濃密な魔力がしかし繊細に魔法陣の内部で絡み合い立体的な魔法陣を産み出す。
「何あれ……球体型の魔法陣!? しかもどの方向から見ても魔法陣として成立してる!?」
はははっ、まるでパズルのようなバカげた魔法陣じゃな。
長い年月を生きるエルフでもなければこんなとんでもなく労力のかかる魔法陣を構築したりはすまいて。
「「「「解呪!!」」」」
そして術式が完成すると魔法陣内に満ちた濃密な魔力が勇者と聖女へと集約する。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
余りにも濃密すぎる魔力はその余波で周囲に突風を巻き起こす。
「おおっぷ」
すぐさまメイアが前に出ると弱い風の魔法で土煙からわらわの身を護る。なおテイルは見捨てられた。部下に厳しいのう。
そうしてようやく土煙が晴れると、勇者達の姿が見えてきた。
「解呪は成功ですね」
「成功はしたようじゃが……」
術式が無事成功した事を誇るリュミエに対し、わらわは大事な事を失念していた事を思い出す。
「つつっ、酷い目にあった……」
「え、ええ……本当に」
聞こえてきたのは獣人の子の幼い声ではなく、成熟、とまではいかないものの成長した若者達の声……なんじゃが。
そこにへたり込んでいたのは二人の若い男女。
そう、若い男女なのじゃ。
勇者も聖女も呪いによって幼い獣人の子供になっておった。
当然衣服もそれに合わせたサイズにしておったのじゃが……呪いが解除されて元の姿に戻れば当然そんな小さな服が着れる訳もなく引き伸ばされて、場所によっては縫製箇所が引きちぎれ……
「なんだか動きづらいな」
「私もです」
「あっ、いかん」
わらわ達が止める間もなく勇者達が立ち上がると、ビリビリという服の悲鳴が響いた。
「「え?」」
結果、完全に耐えきれなくなった服は破れそこには全裸で立ち尽くすだんじょのすがたがった。
辛うじて布切れの欠片が大事な場所を守っておるが……
「シュ、シュガー!?」
ハラリ
あ、今の動きでそれが落ちた。
「っっっっっ!? キャァァァァァァァァァァァァッ!!」
バチーンという音と共に、勇者の意識も落ちたのじゃった。
「うーん締まらんのう」