第159話 魔王、残り火を消すのじゃ
「お主等は先に帰るが良い」
神器を回収したエルフ達が撤収を始める中、わらわはこの地に残る事を告げた。
「……承知しました。それでは私達はお先に」
ふむ、リュミエには気付かれたか?
リュミエ達が聖女を連れて帰還したのを確認すると、わらわは地下室の床を見つめる。
「ワフ、魔王様何で残ったワフ?」
わらわが残った理由が分からずパルテームが首を傾げる。
「なぁに、ちょっとやり残しがあっての。今から床を破壊する故気を付けるんじゃぞ」
ダンッと床を踏み鳴らすと同時に足から放った魔力の杭が地面に突き刺さる。
すると床に亀裂が広がり、次の瞬間床が崩壊した。
「やはり下があったか」
崩壊する床岩にぶつからぬように着地すると、灯りの魔法で周囲を照らす。
「おお、これは大当たりじゃの」
地下室のさらに下に隠された部屋、そこは魔法装置によって埋め尽くされていた。
「このような部屋が隠されていたのですね」
「うむ、地下室の下に地下室、地下室を探索しに来た者には盲点じゃろうな」
だが何より異様だったのは、部屋の中央に設置された水槽じゃ。
中に魚の姿はなく、代わりにその中には健康に悪そうな色の液体に浮かぶ不気味な肉塊があるのみじゃった。
そして奇妙な事に肉の塊の内側からは怪しく光る鉱石が生えておった。
『何者だ。何故ここが分かった』
部屋の中に音ならぬ声が響く。これは念話じゃな。
「邪魔するぞ。そしてこの声はエプトム大司教、お主生きておったか」
脳裏に響いた声は、幾度となく聞いたエプトム大司教のそれじゃった。
『私を知っている……いや、お前達はあの時の』
前回の戦いを思い出したのか、エプトム大司教はわらわ達が世界獣を巡って争った相手だと思い出す。
「しかし成る程、これがお主の本体か。であれば今まで戦ったお主は分体じゃな」
前も確実に倒したと思った後で姿を現したからのう。
「以前見た体内の宝石、アレは本体ではなく本体の意志を分体に伝える為の受信機じゃったか」
『そこまで気付くか。目的は神器か』
「その通りじゃ。まぁ既に神器は回収させてもらったがな」
『魔王が封じられたというのに忌々しい。だがあの神器は呪われている。我が呪いにな。生半可な解呪は通じぬぞ。それどころか解呪を試みた者の身心を蝕み呪いに取り込む事で更に呪いを強固なものとする』
「であろうな。あれ程の呪い、上の階に設置されていた呪われたアイテムだけでは到底足りぬ。仮に無数の呪われた品をとっかえひっかえしていたとしても、神の作った神器を呪えるかと言えば冷静に考えると難しい。であれば答えは一つ。呪いの源泉は一つではない」
それこそがこの地下室であり、室内を見回せばエプトム大司教の浮かぶ水槽から魔法装置が天井へと伸びているのが分かる。
「この部屋から邪神の加護を得た呪いを神器に纏わせる事で神気を相殺し、その上に呪われたアイテムの呪いを纏わせていたのじゃな」
いうなれば呪いの接着剤と保護剤の役割を果たしていた訳じゃ。
それ故に表層の人の呪いしか見えず、内側で神器の抵抗を阻んでいた邪神の使徒の呪いが見えなかったんじゃな。
『だが同胞すら気付かなかった私の正体に気付いたお前は危険だ。ここで始末してくれる!』
言うが早いか水槽に浮かんでいた肉塊から無数の触手が延びる。
「むっ! 皆アレに触るな!」
わらわが警告を飛ばすとメイアとパルテームが受け流す事を止めて回避する。
「触手に黒い霧が……リンド様あれは」
「うむ、呪いじゃな」
エプトム大司教の放した触手には濃密な呪気に塗れた黒い靄で覆われていた。
「アレに触れたらタダでは済まんぞ」
『その通りだ。邪神様の力により増幅された我が呪い、受ければただでは済まんぞ!』
エプトム大司教の肉塊から更なる触手が延び、狭い室内を詰め尽くさんばかりにわらわ達を襲ってくる。
それをわらわ達は紙一重で回避して接触を避ける。
『よく避ける! だが我が呪いに触れなければ良いというものではないぞ! 呪気は周囲に拡散される! 狭い室内ならすぐに部屋中が呪いに満たされるぞ! それでもまともに戦えるかな?』
「それはやっかいじゃのう。じゃが」
『む?』
わらわの余裕が気に障ったのか、エプトム大司教が怪訝な声をあげる。
「丁度ここにはお主の天敵がおるのじゃよ」
『ワォォォォォォォォォォォォン!!』
耳を塞ぐと同時に、パルテームが咆哮を上げる。
『こ、これは破魔の音!? もしや銀狼の血族か!』
流石腐っても大司教。パルテームの事を知っておったようじゃ。
パルテームが咆哮を終えると、室内に満ちていた呪いの霧だけでなく触手を覆っていた靄も掻き消されていた。
「空間の封鎖が完了しました。もう転移で逃げる事は出来ません」
「うむ。ではしまいじゃ。今度こそ消えるがよい!!」
わらわの放った魔法が水槽ごとエプトム大司教を打ち砕く。
『グワァアァァァァァァ!』
そうして、数秒の後にはエプトム大司教だった肉塊はこの世から消え去ったのじゃった。
「ふぅ、これでようやくお主との因縁も終わりじゃな」