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第158話 魔王、銀狼の咆哮を聞くのじゃ

「あ、ああああああああっっっ!」


 聖女が聖杖に触れた瞬間、猛烈な呪気があふれ出す。


「何じゃアレは!?」


 神が作り出した神聖な神器から呪いじゃと!?

 ありえない光景に思わず声を上げてしまう。


「アォォォォォォォォン!!」


 即座にパルテームが破魔の力の込められた雄叫びで呪気を払う。

しかし呪いが消えたのは一瞬ですぐさま新たな呪いがあふれだした。


「結界を!!」


「「「はっ!!」」」


 リュミエの咄嗟の指示で聖女ごと聖杖の周囲に結界を張るエルフ達。

 しかし聖杖から発せられる呪気が結界を歪ませる。


「これではろくな時間稼ぎもできませんね」


「いや、とっさの判断なら十分じゃろ。それよりも何故神器から呪いが溢れておるのじゃ?」


「クゥーン……モヤモヤあふれてくるワフ」


「私達も見た事のない現象です。邪神の影響……という感じでもないですね。邪神が関わっているのならもっと人知を超えた禍々しさを発するはずです」


 そうじゃな、今聖杖から発せられている呪気はもっと身近な……そう、あれは人の怨執じゃ。


「リュミエール様、おそらくですがアレは周囲に設置されていた呪いのアイテムの影響と思われます」


 そこに研究者と思しきエルフが青い顔で推測を述べる。


「見てください。部屋の床を。先ほどまで呪われたアイテムが置かれていた場所に魔法陣が設置されています。詳細は不明ですが、あの魔法陣によって呪われたアイテムの呪いを一か所に濃縮し、聖杖に注ぎ込んでいたのだと思われます」


 む、確かに。先ほどまでは部屋が呪気によって覆われていたせいで気付けなんだようじゃ。

 しかし呪気のモヤが晴れた今では明らかに何らかの意図を感じる模様で埋め尽くされておる事が理解できる。


「用途は聖杖を封じる為か?」


「寧ろトラップではないかと。何も知らずに聖杖に触れた者を呪いによって歪め破滅させるのが狙いかと。あのように」


 と、エルフは結界の中で叫び続ける聖女に視線を向ける。


「もしや先ほどから聖女の様子がおかしかったのもそのせいか?」


 元々資格を有していた事もあって呪いの誘惑をモロに受けてしまったのやもしれん。


「あ、ああああああああっっっ!!」


 しかしわらわ達が対策を講じる前に結界が破壊されてしもうた。

 

「ちぃ! とりあえずは杖から引き剥がせばよいのか!?」


「杖に触れないでください! 下手に触れば我々が呪いに取り込まれかねません!」


 それは厄介じゃのう。


「ホォォォォォリォォォォレイッッッ!!」


 悲鳴のような声と共に聖女が魔法を放つが、発せられたのはその名とは真逆の淀んだ黒い閃光であった。


「使い手の魔力を引き出して呪いを増幅して放射しています。恐らく本人は普通に魔法を使っているつもりかと。勿論あの光に触れてはいけません」


 厄介じゃのう。ただ魔法に優れたエルフ達が聖女の攻撃がどういうものかを予測してくれるのは不幸中の幸いか。対策がしやすくてよい。


「勇者様ぁぁぁぁぁ! ヒィィィィルライトォォォォォォッ!!」


 しかし次の攻撃は意外にも回復魔法じゃった。

 じゃが何故勇者の名を? あ奴と共に戦っている幻でも見せられておるのか?


「いけません! 全員全力で拒絶防御をしながら下がって!」


珍しいリュミエの慌てた警告にわらわ達は魔力による防御を展開しつつ下がる。

 するとわらわ達の体に纏わりつくように現れた闇の靄が弾かれる。


「味方にかける回復魔法を呪いに変換してかけています! 意識して防御を!」


「成程、それで拒絶防御を指示したのか」


 ちなみに拒絶防御とは回復魔法を含めたあらゆる魔法から身を護る為の魔力運用の事じぁ。

 通常の防御魔法は攻撃の負の魔力を守りの正の魔力で相殺する。

しかしそれ故に同じ正の魔力である回復魔法をすり抜けさせてしまうのじゃ。


「普通ならそれで何の問題もないのじゃがな……」


 しかしこれは厄介じゃ。攻撃の魔力だけでなく回復の魔力まで呪いに変えて攻撃してくるとは。


「聖女に解呪の魔法を!」


「「「はっ! ホーリーライト!!」」」


 エルフ達が聖なる魔法を聖女に放ち呪いに対抗するも聖杖から放出される呪いに押されておる。


「これは……聖杖が我々の魔法と同化して解呪の効果を薄めています!」


「なら呪いは何故影響を受けんのじゃ?」


「量の問題かと! 強力な呪いのアイテムの呪いを濃密に注がれ続けた事で聖杖の浄化速度以上の呪いが溜め込まれていたのだと思われます! 供給は絶たれたのでこのまま続ければいつかは枯れると思いますが……」


「その前に聖女の体が保たんぞ!」


「あぁぁぁぁ! ディバイィィィィンライトォォォォォ!!」


 聖女は自身の魔力を振り絞り呪いを周囲に振りまく。


「あの体は聖女本来の体ではない。魔力もウィーキィドッグの時程ではないが低い事には変わりない。このままでは魔力の代わりに生命力を搾り取られるぞ」


 ええい厄介な。というか解呪と言えばパルテームは何をしておるんじゃ?

 こういう時こそあ奴の出番じゃろうに。


 チラリと視線を動かすと、パルテームの姿が見える。

 しかしパルテームは怪我をした訳でもないのに動こうとせん。


「ヴゥゥゥゥゥ」


 寧ろ小さく唸りながら体を縮めて……


「ああ成る程、そう言う事か」


 一撃で通じぬのなら、と言う事じゃな。

 パルテームの意図を察したわらわは、聖女の注意が向かぬように殺傷力の低い攻撃で気を引く。


「ほれほれ、こっちじゃ! エアロボム!」


 空気の衝撃波を叩きつけるだけの弱い攻撃じゃが、鬱陶しい事には変わりないじゃろ。


「あぁぁぁぁぁ! 邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 おっ、叫ぶだけだったのが明確にこちらを認識してきたのう。


「私はぁぁぁぁぁ! 私は勇者様のぉぉぉぉぉぉ!」


 聖女が放つ呪いが意志を持つかのように軌道を変えてこちらに向かってくる。じゃがエルフ達の聖属性魔法によって放たれた呪いが破壊される。


「あぁぁぁぁっ!! 私は、私は、勇者様の役にたたないといけないのにぃぃぃぃぃ!」


 攻撃を当てられない事に業を煮やした聖女が叫ぶ。


「でないと私は用済みに……カフッ!!」


 魔力放出の負荷が出始めた聖女の体から血が噴き出す。


「いかんな、限界が近い」


「でもっ! 今の私なら! あの人の傍にいて良いのよ! 全てに裏切られたあの人なら! この世でたった二人の仲間なのに! なのに! なのに何で今更親が出てくるのよ! あの人だけ! なんでっっっっ!!」


 魔法を放てなくなった代わりとばかりに、血を吹き出しながら胸の内に秘めていた思いをブチまける聖女。


「私には親なんていないのに! 仲間なんていないのに! 誰も信じられないのに! やっと仲間が出来たと思ったのに! 何であなただけ救われるのよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 聖女の絶叫が地下室に響く。


「なるほどのう。だから勇者から離れたいと言ってきたのか」


 聞いた話では聖女は教会の前に捨てられた孤児。

 それ故に頼れるものも信じられるものも何もなかったのじゃろう。


 つまり聖女の悩みの本質とは孤独と嫉妬か。

 生まれた時から誰も信じられずに生きていた聖女にとって、自らが神器に認められた事も、同じ神器に認められた仲間と出会えたことも心の飢えを満たすものではなかったのじゃな。


 そんな聖女が初めて仲間と得たと思えた瞬間、それが勇者が国から裏切られた時じゃったという事か。

誰からも期待されていた英雄が、全てを失い自分と同じ何も持たない境遇になった事で、ようやく仲間として受け入れられたのじゃろう。


「なんとも業の深い話じゃ、しかもそんな初めて見つけた仲間が生き別れた親と再会して救われる光景を見てしまっては心穏やかではおれまい」


「なんで! 何で私だけぇぇぇぇぇぇぇ!」


 それは嗚咽じゃった。

 嫉妬ではある。しかしそれ以上に自分が取り残される事が怖いんじゃろう。


「自分だけ救われないと不安に思うのも仕方ないか」


じゃからこそ、それを自覚する前に勇者の前から姿を消す事を選んだ。

 己の浅ましさを直視したくなくて。


「まぁ、しかしあれじゃ。そこで己の醜さを恥じて去ろうとする心があるのなら見込みはあるんじゃないかの」


 視界の隅でパルテームの準備が整ったのを確認すると、わらわは聖女に語り掛ける。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! うるさい! うるさい! うるさい! 何も知らない癖にっっっ!」


 神器から泥のような呪気が溢れる。全く、一体どれだけの呪いを込められたのやら。


「そうじゃの、わらわにお主の苦しみは理解できん。……じゃからパルテーム、そろそろこ奴を解放してやっておくれ」


 わらわの言葉に応じる様にパルテームが静かに身を起こす。 

 そして大きく息を吸いながら背を逸らし、そして叫んだ。


『ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!』


 超特大の雄叫び。

 破魔の力を宿した銀狼の雄叫びが地下室に響き渡る。


「くっ!」


 その凄まじい声量が地下室の壁に天上に床に反響する。

 更にその大音量に負けぬほど高密度の破魔の力が反響によって全方向から聖杖に襲い掛かる。

 視界が銀色に染まり、聖杖から放たれる呪いを無理やり分解してゆく。


「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」


『ォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!』


 聖女の、いや聖女の内に入り込みその身を蝕んでいた呪いが怨嗟の籠った悲鳴を上げるも、それ以上の声量の雄叫びにかき消されてしまう。


「やれやれ、とんでもない雄叫びじゃ。風魔法の防護が殆ど役に立たん」


 パルテームは結界が破られてからずっと力を貯め続けておった。

 そして溜めに溜めた力を声に乗せて放出する事で、凄まじい濃度の破魔の力を室内に放出した。

 その力の影響か、ただの音すらも異常に増幅され、防護魔法すらぶち破って轟音を叩きつけてくる。


『ォォォォォォォォォォッッッン!!』


 おかげでようやく雄叫びが終わった頃にはわらわ達の耳はすっかりバカになってしまっておった。


「ワフ、スッキリワフ!!」


「お、おお、ようやったぞパルテーム」


「ワフ!」


 自分の耳に回復魔法をかけつつパルテームをねぎらう。

 うう、まだ耳がキーンとするのじゃ。


「もっとも、呪いの方はそれどころではなかったようじゃがな」


 狭い地下室でパルテームの咆哮を浴びた聖杖の呪いはすっかり掻き消えておった。


「の、呪いの残滓は観測できません。もう我々が触れても問題ないかと」


 エルフ達のお墨付きが出て漸く聖杖の回収が再開される。

 ただ……


「きゅう~」


「聖女ちゃんの方は治療が必要ですねぇ。これはしばらくの間絶対安静ですよ」


 うーむ、聖女のダメージ、呪いよりもパルテームの雄叫びの方がデカかったんじゃないかのぅ?

 まぁ生きておるからええか。エルフ達が手厚く看護してくれるじゃろ。


「うふふ、新鮮な患者ですよ。未知の呪いをかけられて更に新たに高密度の呪いに侵食された怪我人の体。新しい治療薬を色々試し……いえ完璧に治療してあげますね!」


 ……その前に実験台にされるかもしれんのう。

 まぁ頑張れ。最終的には完治させてくれるゆえ。多分。

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