第157話 魔王、封じられた部屋を漁るのじゃ
「これは酷いのぅ」
扉を守っていた強固な結界を解呪すると、濃密な呪いの気配が扉越しに溢れてくる。
「これはハズレの方かのう」
対呪術装備に身を包んだエルフ達が慎重に扉を開けると、一層濃密な呪いの魔力が流れ出してくる。
「お主はわらわの傍を離れるな」
「きゃっ」
聖女を抱き寄せて結界を張ってやる。
わらわやメイアなら問題ないが、これだけの呪いとなると気配だけで力ない者は汚染されてしまう。
「あっ、なんだか楽に……」
既に呪いの影響を受けておったらしい聖女は、わらわの結界に匿われた事で安堵の溜息を吐く。
「ギリギリ、羨ましい。リンド様、私も気分が悪くなったので密着させてください」
「お主が気持ち悪くなってどうする」
「それにしても凄まじい呪いですね。部屋の中が濃密な呪気で満たされて私達のような魔力を視覚的に感じ取れる種族には視界が悪すぎます」
呆れた様子で肩を竦めるリュミエ。
事実部屋の中は薄暗いまだら模様の呪いの気配が煙のように埋め尽くしており、中が碌に見えん。
「相当に強い呪いじゃが、それだけではないな。複数の呪いが混ざりあっておるのか」
「無数の呪いのアイテムをここに貯め込んでいたようですね。よくもまぁこれだけ厄介な品を集めたものです。これは解呪以前に術式の準備すら手間取りそうですね」
「いや、その必要はない。パルテーム、頼むぞ」
「任せるワフ! アォォォォォォォォォォォン!」
わらわが声をかけると、パルテームがひと際大きな雄叫びをあげる。
「ひぅっ!?」
聖女が悲鳴を上げる程の声量は物理的な衝撃すら産み出して室内に強い風を拭き起こす。
そして雄叫びと突風が収まった後には部屋の中を埋め尽くしていた呪いの気配はきれいさっぱり消えておった。
「これは解呪魔法? いえ、銀狼の遠吠えですか!」
珍しく驚きの声を上げるリュミエ。
「うむ、銀狼の声は呪いを消し飛ばす清浄の音。その力ゆえに太古は銀狼種の人狼を神の使い、時には神そのものとして信仰する土地があったそうじゃ」
「その銀狼の力をこの目で見る事が、いえ聞くことが出来るとは中々に貴重な体験でした」
パルテームの雄叫びによって呪いが吹きとばされたどころか、清浄な気配すら漂うようになった部屋を見て感嘆の声を上げるリュミエ。
「弱い呪いのアイテムならこの雄たけびに晒されただけで破壊されるじゃろうな」
「とはいえ、流石にあれ程の呪いを待ち散らす品々です。放っておいたらまた呪いで満ちてしまうでしょう。貴方達、封印作業を」
「「「「はっ!!」」」」
リュミエに指示されてエルフ達が部屋中の呪いの品を封印するべく動き始める。
エルフ達が慌ただしく働く中で改めて室内を見回すとわらわはここに来た事が無駄でなかったと確信する。
「ふむ、ハズレかと思うたが、お目当ての品はあったの」
部屋の中央付近には、台座に固定された神々しい輝きの剣と杖が鎮座しておった。
「真聖剣ガッドロウ……それに真聖杖テスカスタック」
聖剣と聖杖を見た聖女が熱に浮かされる様に呟く。
「真……か。知っておるか? 元々聖剣にも聖杖にもそんな名はついて居らんかったんじゃぞ」
「そう、なのですか……?」
「かつて神々は地上の民の為に四つの神器を授けた。それを使って邪神を封じる為に」
じゃが敵は邪神だけではない。邪神にそそのかされた使徒達もまた強力な敵だったのじゃ。
連中は神器の破壊を目論み、各種族は協力し合う事で使徒から神器を守り邪神を封じて来た。
「しかし長い時が過ぎるにつれ各種族は敵対するようになり、中には神器の独占を目論む者達まで現れるようになった」
その結果、邪神の使徒の暗躍をあえて見逃す事で他種族が管理していた神器が破壊されるという痛ましい事件まで起きたのじゃ。
「当時人族は自分達の神器こそ本物の神器と喧伝する為、その名に真と付けた。ようは元祖とか本家とかの争いじゃな」
全く以ってバカバカしい話じゃよなぁ。
「にしてもコレはどうするべきかのう。わらわとしてもこれを放ってはおけんが、既に引退した身。どこぞ信用のおける場所に預けたいところじゃが……」
人族の国は既に滅んでおるし、昨今の教会も怪しい所じゃ。
エプトム大司教の件もある故、人族の国の教会だけでなく他種族で構成される教会総本山にも邪神の使徒の手が入り込んでおるじゃろうなぁ。
「やはりここは我が国に預けるべきでは?」
待ってましたとばかりに会話に加わって来るリュミエ。
「片方はな。じゃがもう片方の神器は別の国なり組織に預けるべきじゃろう。でないと今度はエルフの国が人族の国のようになりかねんぞ」
リュミエは為政者として冷徹な思考を持てる故神器を二つ手にしても国家運営に問題はきたすまい。
クリエは普段の素行からちと怪しいが、リュミエに仕込まれておる故致命的なミスはせんじゃろ。
「そうですね。流石に二つ所持するとドワーフ達が煩いでしょう。ここは同盟国家連合に預けて貸しを作るべきですね。覇権主義の北の帝国に預けたら人族の国の二の舞になりそうですし」
しれっと自分達への皮肉を聞かなかった事にしながら神器の分割保管に同意するリュミエ。
「なら私達は杖の方を預かる方向で……おや? 聖女さん?」
と、リュミエが聖杖を見つめる聖女に怪訝な表情を向ける。
「……」
聖女は先ほどと同じく熱に浮かされた表情のまま、杖に手を伸ばす。
なんじゃ? 聖女の様子がおかしいぞ?
「おい、聖女よ……」
その時じゃった。聖女の指先が聖杖に触れた瞬間、猛烈な呪気が聖杖からあふれ出したのじゃ。
「な、何じゃこれはっ!?」