第156話 魔王、呪われた隠れ家を探索するのじゃ
「魔王様見つけたワフ!」
パルテームの人知を超えた嗅覚によって、エプトム大司教の隠れ家を見つける事が出来た。
「でかしたぞパルテーム!」
「クゥーンクゥーン」
ワシャワシャと顎を撫でてやるとパタパタと機嫌よく尻尾を振るパルテーム。
ふふふ、愛い奴じゃ。それはそれとして狼とは思えん有り様じゃが。
「うそ、本当に見つかるなんて……いやでもまだ誰のものか分からない建物が見つかっただけだし……」
パルテームがあっという間に隠れ家を見つけた事に聖女は半信半疑のようじゃな。
「しかしこれは参ったのう」
「ええ、この隠れ家は呪いで守られていますね」
「呪い?」
何じゃ聖女なのに分からんのか。本来ならお主が誰よりも先に気付かんといかんのに修行が足りんのう。
「罠じゃよ。許可のない者がこの中に入ると何かしらの呪いを受けるようになっておる。
「呪いに……」
わらわの言葉を聞いて、かつて自分達が受けた仕打ちを思い出したのか身を震わせる聖女。
「どうするんですか? 解呪の修行を受けた事はありますが今の私ではそれも無理です」
それ以前に元の聖女の力量でもこの呪いを解呪する事は出来んじゃろうなぁ。
「わらわなら力づくで呪いを破壊するんじゃが、その場合はこの隠れ家ごと破壊してしまうからのう」
「そうなった場合探索どころではなくなりますので、お控えください」
「わかっとるわい!」
メイアのチクチク言葉にわらわは当たり前じゃと返す。
こやつ大昔にダンジョンを崩壊させた事を根に持っておるな。
しょうがないじゃろ。あの時は相手が強力な呪い龍じゃったから、呪いに対抗する為にこっちも本気を出す必要があったんじゃ。
「まぁそれについては本職に任せればよかろう」
「本職? 呪いの得意な魔族がいるんですか?」
「いや、魔族ではないのう。見ておるんじゃろ? そろそろ出てこい」
わらわが呼ぶと、近くの空間に歪みが生まれる。
そしてそこから現れたのはリュミエと幾人ものエルフ達じゃった。
「気付いていましたか」
「お主等の支配地であれだけハデに動いたんじゃ、気付かれん訳がないからのう」
「私達が動く事も見越して、いえ面倒事を押し付けるおつもりでしたか」
「わらわ達が見つけたんじゃからお互い様じゃろ。儲けは半々でどうじゃ?」
「それで手を打ちましょう」
リュミエが同意すると、エルフ達が即座に動き出す。
いくつもの呪具を設置し、複数人で解呪の儀式魔法を発動させる。
「手際がよいのう」
「匿名の元魔王様からサンプルを頂いていましたからね。後はそれをもとに解析するだけです」
それが厄介なんじゃがなぁ。
「呪いのサンプルって何を渡したんですか?」
「ん、んん!? それはまぁ……色々とな」
話を聞いていた聖女の問いをわらわは強引に誤魔化す。
言えぬ、勇者達の呪いを解くための研究にエルフ達の協力を得る為、勇者本人をサンプルとして差し出していた事は!
いやそれだけなら本人も同意の上だったんじゃが、相手がのう。
ただでさえ珍しい呪いで想定外の姿に変異した人間など研究者から見れば垂涎の研究材料じゃ。
それはもう色々されておったんじゃよ。
しかし問題は研究者の人間性の方じゃった。
いや別に完全解明の為に切ったり繋いだりするようなものではないんじゃが……
ありていに言えば、小さな子供が好きな特殊性癖の持ち主だったんじゃよ。
エルフは長寿種族じゃ。
それ故異種間での恋愛はどうしても年の差恋愛になってしまう。
さらに言えばエルフ自体が見た目と実年齢の乖離が激しい種族じゃ。
その結果、一定数のエルフが実年齢が幼くても良いんじゃない?という思考に行きつくようになってしまった訳じゃ。
だってのう、エルフ換算で成人と言われても実年齢は自分達にとっての子供、いや赤ん坊かギリギリ幼児なんじゃよ。人族だって大人の姿をした3歳児に俺は大人だと言われたらどうしても実年齢が脳裏にチラつくじゃろ?
そのギャップに脳を破壊されたエルフが特殊性癖に目覚めてしまう訳じゃ。
という訳で勇者は特殊なエルフに呪いの解析の為としてアーンな事やコーンな事をされたのであった。
勿論聖女には内緒じゃよ。
「ただ本題を解決するにはまだ資料が足りないのですよね」
と、リュミエが困ったように溜息を吐く。
「まぁそっちはイレギュラーじゃからなぁ」
勇者達の呪いは原因不明な作用で本来なる筈のない獣人になっておる。
そのイレギュラーが勇者達の解呪を難しくしていった。
「この施設で何か有用な資料が見つかると良いのですが」
場所が場所だけに碌な物が出てこんじゃろうなぁ。
と、世間話をしている間に隠れ家を覆っていた空気が変わった。
ただし悪い意味でじゃ。
今まではただの森の中の空気に、突然濃密な血臭が混じりだしたのじゃ。
「リュミエール様、解呪は成功しましたが……」
「ご苦労様です。それにしてもこれは予想以上ですね。中では相当な事が行われたのでしょう。外界と繋がった事で中に澱んでいたものがアンデッド化する恐れがあります。至急司祭を呼んで広域浄化の儀式を」
「なんなのこの血の匂い……」
聖女は濃縮された血の匂いに気圧されているのか、頭の獣耳がペタンとタレ、尻尾は自らの太腿に巻き付き恐怖に震えておる。
「この中はあまり良くない事になっておるようじゃ。お主はエルフ達と外に待機しておいた方がよいじゃろう」
「い、いえ! ここをお教えしたのは私です!」
「パルテームだワフ」
これ、話の腰を折るでない」
「……こ、ここの情報を提供したのは私です! 私には神器があるのか確認する義務があります!」
「ふむ、そこまで覚悟があるのならよかろう。ついてこい。パルテームよ、この娘を守ってやれ」
「ワフ! 任せるワフ魔王様!」
パルテームがドンと自分の胸を叩き、尻尾をブンブンと振って誇らしげに頷く。
「ではゆくぞ」
◆
「おお、中はさらにひどいのう」
「全くです」
一緒に入って来たリュミエが指を動かすと、背後から清涼な風が吹いてくる。
風魔法で換気をしてくれておるようじゃ。
「それでも臭いワフー」
しかし人並外れて鼻の良いパルテームにはキツイいようじゃな。
「リュミエール様、向こうの部屋は何かの研究を行っていた実験室のようですが、とても正視に堪えない有様です。衛生的な意味でも資料を回収したら全て焼き払うべきかと」
呪いと防疫対策の魔法を施して中を調査していたエルフ達が真っ青な顔で隠れ家の焼却を進言する。
長寿のエルフをしても耐えがたいものがあったという事か。聖女にはとても見せられんな。あとここにはおらんがテイルにも。
「こちらの部屋は……ここも良くない部屋のようじゃのう。
この部屋にはベッドが大量に並んでおった。
最もただの寝室ではないようで、手かせや鎖、さらに激しく暴れたのかそこかしこで血が付着しておる。
「何でベッドにこんな血が……?」
聖女は分かっておらんようじゃが、おそらくここは何かの研究の実験台にされた者達を寝かせた場所なんじゃろう。
現にベッドには鎖で繋がった手枷などが設置されておる。
実験に失敗したものが暴れ出さないように拘束する為か。
「これは気づかない方が良いじゃろうな」
「新薬の経過観察の場だったようですね」
隠れ家に残されていたらしい資料を手にリュミエがこの部屋の用途を語る。
「薬……ですか?」
「ええ、新しい薬を作る時はそれが本当に効果があるか分かりませんからね。その為に志願してくれた患者に研究中の新薬を試して貰うのです」
まぁそういった場合の実験台は大抵犯罪者じゃがのう。
「それでどんな薬なんじゃ?」
「呪いや洗脳、意図的に効果を捻じ曲げたマジックアイテムに魔法薬と、到底真っ当な用途に使うとは思えないものばかりです」
「なっ!?」
「教会の人間が手に染めてよいものではないのう」
「まったくです」
ろくでもない証拠は見つかっておるが、神器は見つからんのう。もしかしてここにはないのか?
「リュミエール様、地下に結界が張られた部屋を発見しました」
おっと、調査をしていたエルフが隠された部屋を発見してくれたようじゃ。
「おお、どうやら当たりのようじゃな」
「ですね。たとえ外れでもあのような実験以上に秘するモノがあるでしょうし」
エルフに案内され地下へと降りてゆくと頑丈そうな扉がわらわ達を出迎える。
「さぁて、一体何があることやら。お目当てのもだと良いのじゃがなぁ」
ま、邪神の使徒の隠れ家じゃ。それだけでは済まんじゃろうな。