第155話 魔王、聖女と捜索に出るのじゃ
「神器のありかについて心あたりがあるんですが」
藪から棒にそんな事を言ってきたのは聖女じゃった。
「ほう、しかし何故お主が知っておるのじゃ? お主は教会に裏切られたのじゃろう?」
普通に考えれば切り捨てられた側である聖女が知っている筈がない。
仮に知っていたとしても既に隠し場所は変えられているじゃろう。
「直接知っているわけではありません。知っている可能性が高い人に心あたりがあります」
聖女が真剣な目でこちらを見つめてくる。
「その情報をこのタイミングで開示する目的は何じゃ?」
単なる善意ではない。聖女は明らかに何かしらの対価を求めておる。
「勇者様と離れた場所で暮らさせてください」
「それはこの島の外、という事か?」
「貴女の監視下で構いません。勇者様から離れられればそれで」
勇者と離れたいか。普通に考えれば奇妙な話じゃ。
聖女にとって勇者はお互い国と教会という自身の信じるものから裏切られた被害者同士。
そういう意味ではこの世で唯一信じられる相手と言えよう。
にもかかわらず勇者から離れたいという
「ふむ、よかろう」
まぁその理由は大体予想できるからの。
◆
聖女を連れてやってきたのは元人族の王都だった町じゃ。
今ではすっかりエルフ達によって占領され、エルフの町と化しておるがの。
「それで、神器のありかを知っておる者はどこにおるのじゃ?」
「以前大司教さ……と個人的に取引をしている業者がいました。それとなく聞いた話では、教会の管理する各種施設に資材を運び込んだり手入れを行う役割を担っていたそうです。あの時はそんな取引、雑務を行う司祭に任せればよいのにと思っていましたが、今思うと邪神の使徒としての活動に関りがあったのではないかと」
なるほどのう。教会の司教ともあろうものが一介の業者と密に取引をする事はない。
欲深い商人なら貴族が抱える御用商人のような連中とも関りがあるじゃろうが、仮にも司教なら評判が悪くなるような連中と人目の付く場所で会う訳もないか。
「確かにそれは気になる情報じゃの」
聖女の情報に高い信憑性を感じたわらわは、メイド隊に命じてその業者を探らせることにする。
「リンド様、該当の業者ですが、エプトム大司教が失踪して以降行方不明だそうです。近隣住人からは夜逃げをしたのではないかと言われていますが、おそらくは国が制圧された際にエルフ達に大司教との関係を掴まれて捕えられるのを懸念して逃げたのでしょう」
ふむ、既に逃げた後か。
「そ、それじゃあ私の情報は役に立たなかったという事ですか?」
せっかく提供した情報が無意味であったと知り、聖女が困惑の表情を見せる。
「いや、そうでもないぞ。業者の職場はどうなっとる?」
「エルフ達に調査された後はそのまま空き物件として利用するつもりのようです。最も国が征服された混乱の直後ですから入居者はまだ見つかっていないようですが」
「それは都合が良いの」
わらわ達は堂々と業者の職場であった空き家にやってきた。
「ふむ、荷物は既に運び出されたあとのようじゃな。もぬけの空じゃ」
棚やテーブルなどは残っておるが、金目の物は一つもないの。
「これから何をするんですか? ここに神器が隠されていたとしてもこれじゃもう持ち出された後だと思うんですけど」
「いや、ここには隠されておらんじゃろうな。あったとしても一時的に保管されていたくらいじゃろうて」
わらわがここに来たのは神器があると思ったからではない。
「これだけモノが残っておればアヤツなら調べることが出来るじゃろう。しばし待っておれ」
一旦聖女達を残してわらわは島へと戻りある者を連れてまた町へと戻って来た。
「ワフ! 何を探せばいいワフ!?」
「貴女は……魔王軍の」
わらわが連れてきたのは、パルテームじゃった。
「パルよ。ここに住んでいた邪神の使徒の匂いがする人間の匂いを追えるか?」
「は? そんなの無理でしょ!?」
「わふ! 簡単ワフ!」
わらわの無茶ぶりに聖女が出来る訳がないと困惑するも、当のパルテームは全くためらうことなく可能と告げる。
「ええ!?」
「クンクン、エルフの匂いに交じって嫌な匂いがするワフ!」
ここを調査したエルフ達の匂いに上書きされて消えかけた業者、正しくは業者と取引をしていた邪神の使徒エプトム大司教の匂いを察知するパルテーム。
「パルテームよ、邪神の匂いを放つ人間本人ではなく、その匂いが移った人間を追うのじゃ」
「無茶言わないでくださいよ! そんなの出来る訳……」
「こっちワフ!!」
「本気で言ってます!?」
わらわ達は駆け出したパルテームを追う。
パルテームは尻尾をブンブンと振りながら町を駆け抜け、そのまま町の外へと飛び出す。
「待っ、はひっひぃ」
しかし呪いによって変わり果てた幼い獣人の体では到底パルテームに追いつくことは出来ず、聖女はへたり込む。
「聖女を頼む」
「はっ」
わらわの名を受けてメイアが聖女を担いで駆ける。
「ひわぁ!?」
「お静かに。舌を噛みますよ」
「っ!」
肩に担がれた聖女が素直に口を閉じると、メイアの速度が上がる。
「さてさて、どこまで行くやら」
既に前を行くパルテームの姿は豆粒ほどに小さくなって折る。
幸いわらわ達はパルテームの魔力を感知できる故、よほど遠くに行かぬ限り見失う事はない。
「街道を逸れましたね。町ではなくどこかに隠されたアジトに向かうようです」
「ふむ。これはアタリかもしれんな」
パルテームの嗅覚は尋常ではない。
エルフ達は魔法的な追跡を試みたじゃろうが、リュミエから神器の話が無かった以上、邪神の使徒達によって追跡は失敗したのじゃろう。連中も独自の技術を持っておるからの
じゃがパルテームはそういった小手先の力には頼っておらん。
単純に匂いを追っておるのじゃ。
そしてその嗅覚の凄まじさは、転異魔法で海の向こうに移動したわらわを見つけだした事で証明されておる。
「地上を移動した相手を追うなぞ、パルテームなら余裕よな」
「魔王様、見つけたワフ!」
その結果、パルテームは二重三重に魔法的偽装を施されたエプトム大司教の隠れ家を見事見つけだしたのじゃった。
「な、何で分かるの……!?」
野生の勘というほかないのう。