第153話 魔王、勇者の母を探すのじゃ
「一度でいい。故郷の母さんに会いたいんだ」
全ての責任を取ると言った勇者が、いやカイルが最後の求めた願い、それは幼い頃に引き離された母親との再会であった。
「ほう、母とな」
「遠くから見るだけでも良い。最後に母さんに会わせて欲しい」
ふむ、勇者の母のう。
まぁ神器の資質は血縁には縛られぬ為、勇者の血縁者だからと警戒する必要は全くないから問題はないか。
「構わんぞ」
「本当か!?」
寧ろ家族と会わせる事で勇者が大人しくなるなら安いもんじゃ。
「うむ。それでどこにいるのじゃ……」
「それは……分からない」
「なんじゃと?」
家族が何処にいるのか分からんじゃと?
「俺は小さい頃に神器の適性があると分かったから、勇者として修行を積む為に王都に連れていかれたんだ。だから何処に住んでいたのか自分でも分からないんだよ」
成程のう。洗脳教育をする為に親元から引き離したか。
それに人質の意味合いもあったんじゃろうな。
「ならばお主の母のいる場所も探さないとじゃな」
「探してくれるのか!?」
「まぁ気長に任せるが良い」
「感謝する!」
「これ、こういう時は堅苦しくせずにもっと素直にありがとうと言わんか」
と、わらわはカイルの額をペチンと叩く。
「って!」
カイルは勇者として育てられた事で、妙に子供らしくない振る舞いを見せる。
人族の国で受けた思想洗脳を解く意味でも、もっと年相応……いや人族の年齢的には成人しておったか? ともあれ、子供のころにそぎ落とされた感性を取り戻す必要があるじゃろう。
◆
「見つかったぞ」
「え?」
翌朝、メイド達に混ざって働いているカイルの下へわらわはやって来た。
「お主の母親の居所じゃよ」
「もう見つかったのか!?」
「うむ。見つけるのは楽じゃったぞ」
何せ人族の城に保管されていた勇者に関わる書類にカイルが生まれそだった村の事が書かれておった。
そして母親は監視こそされているものの別の場所に隔離されるでもなく村での生活を許されておったらしい。
これは温情ではなく単純に予算削減の為にそのまま住まわせていたみたいじゃがな。
何せ当時の人族の国は我が国との戦争で劣勢続きじゃったからなぁ。
「では会いに行くとするか」
「あ、ああ!」
「お主はどうする?」
と、わらわはカイルから意図的に距離を取った娘、聖女の方に声をかける。
「っ! わ、私は遠慮しておきます」
「そうか」
まぁ親子の感動の再会に水を差す真似はしたくないじゃろうからな。
最も、この娘の場合はそれだけではなさそうじゃが。
「……」
「……コクリ」
わらわはそっちはお主に任せるぞとメイアにアイコンタクトを送ると、メイアの方も承知と視線で返してくる。
聖女は聖女で抱えているものがありそうじゃのう。
「ではゆくぞ」
◆
「ここが俺の故郷……」
転移と飛行魔法を併用してわらわ達はカイルの故郷にやってきた。
しかし当のカイルはまるで初めてみるかのように自分の故郷を見つめる。
「自分が住んでいた場所じゃろ? 覚えておらんのか?」
「小さい頃だったし、見覚えがある様な気がするくらいしか覚えてないよ」
そういうものか。
「魔族はどうなんだよ?」
「あー、そう言われるとわらわもよく覚えておらんのう」
「だろ」
「8000年を越えると流石に昔の事を思い出すのはのう」
「昔過ぎだろ!?」
いや、2000年前じゃったかな?
「まぁわらわの事はよい。お主の家に行くとしようか」
「う、うん……」
しかしいざ自分の生まれた家に行こうとすると、勇者の足が鈍る。
「なんじゃ怖いのか? わらわが手を握ってやろうか?」
「い、いらん! 子供扱いするな!」
そういってプンプンしながら自分の家目掛けて走り出すカイル。
その光景を見て、事情を知らない村の者達がクスクスと微笑ましい者を見る目で笑う。
今のカイルは獣人の子供じゃからなぁ。子供が強がっているようにしか見えんのじゃろう。
「ところでカイルよ、家の場所は覚えておるのか」
「っ!」
ピタリと止まるカイル。まぁそんな事だと思っておったわ。
「こっちじゃ」
わらわはメイアから聞いた勇者の生家に向かう。
聞けば勇者の家は父親が死んでおり、母とカイルの二人暮らしだったらしい。
しかし神器の素質を見出したカイルを国が強制的に引き取り、母親は一人取り残されてしまったのだそうな。
そしてカイルの母は国が送り出した監視者によって外部の者から守る名目で、実際には勇者への人質として監視されていた訳じゃ。
「ただ、エルフの国との戦争に負けたことで、お主の母の監視は解かれたらしいの」
「そ、そうなんだ」
母親が監視されていたと知って、カイルはその監視が解かれた事に安堵する。
「お、おったぞ。アレではないか?」
「っ!?」
わらわ達が向かう先の家のドアが開き、中から年経た人族の女が姿を見せる。
「……か、母さん?」
その姿を見た勇者は、あの女が自分の母親なのか戸惑いの声を上げる。
幼い頃に生き別れた母親の記憶と一致せぬのじゃろう。
「では聞いてみるか」
「え?」
「おーいお主、勇者の母で相違ないかの?」
「え?」
「って、何聞いてんだぁぁぁぁぁぁ!!」
いや、本人に聞くのが一番話が早いじゃろ?