第152話 魔王、勇者と再会するのじゃ
「僕の名はカイル、貴方達に勇者と呼ばれていた人間です」
「何じゃと!?」
わらわ達が保護した獣人は実は人間で、しかもまさかの勇者じゃった。
「お主が勇者? という事はもしやその娘は聖女か!」
「っ!」
女児がビクリ震えると、勇者と名乗った男児、いやカイルは女児を庇うように立つ。
「ああ安心せよ。お主との約束じゃ。その娘が聖女であろうとも手を出す事はせん」
「……感謝する」
わらわに敵意が無いと分かると、カイルは少しだけ安堵の表情を見せる。まだ警戒は解けておらんがな。
「ふむ、しかしそうか。お主等が勇者と聖女か。それならエプトム大司教に呪いをかけられた理由も納得いくというものじゃな」
エプトム大司教は人間の教会に所属しておったが、その正体は邪神の使徒じゃった。
恐らくカイル達が邪魔になって、新たに自分にとって都合の良い傀儡勇者と聖女を擁立するつもりだったのじゃろう。
「ではお主等に問うが、これからどうしたいのじゃ?」
わらわは問う。仲間に裏切られ今では敵の手の内に囚われてしまった勇者が何を望むのかを。
「自分を裏切った者達への復讐か? それとも敵対する魔族であるわらわの首を獲る事か?」
我ながら意地の悪い質問じゃが、勇者の気持ちは確認しておかんとのう。
流石に味方に裏切られてまでわらわ達に敵対するとは思えんがな。
「俺は……復讐はどうでもいい」
「む? そうなのか?」
これは意外な反応じゃ。
あとさっき名乗った時と口調が変わっておらんか? こちらが素と言う事か?
「いや、俺達を裏切ったことに対する怒りはあるさ。もしあいつ等に出会ったらぶん殴ってやりたいくらいには」
と、拳をもう片方の手のひらに叩きつけて怒りを示す勇者じゃったが肩を竦めて溜息を吐く。
「そもそもさ、俺は国に誘拐同然で故郷から連れ出されたんだよ」
「ほう、そうなのか?」
「ああ、小さい頃神器の継承者の素質があるからって無理やり王都へ連れていかれたんだ。お陰で自分が何処で暮らしていたのかも覚えてないんだ」
なんとまぁ。人族の勇者の扱いはそこまで酷くなっておったのか。
恐らくは神器の適合者が代替わりする際に他種族に手を出されないようにという目的なんじゃろうが、それで同族を不幸にしては本末転倒ではないかの。
「それにメイド先輩達が話してるのを聞いたよ。人族の国はエルフの国に戦争を仕掛けて負けたんだろ? 笑えるよな。魔族と何百年も戦争しておきながらあっさり無関係のエルフの国に負けるんだからさ……もしかして、アレもアンタ等魔族の差し金なのか?」
「いや、あれはわらわ達も想定外の出来事じゃった」
本当のう、あれには多分邪神の使徒達もビックリしたのではなかろうか。
「そっか、アンタ達も関係ないのか。じゃあ何だったんだよあの戦争って」
呆れる様に体中の空気を吐き出すように溜息を吐くカイル。
まあそりゃあそうもなるよのう。
幼い頃に誘拐同然で連れ去られて国の為に必死でわらわ達と戦う訓練を積まされたと言うのに、その結果全く無関係のエルフの国に負けて国を奪われたのじゃ。
わらわが本当に封印されていたとしても、人族の国がエルフの国に負ける未来は避けられなかったというになる。
「あー、話がそれちゃったな。だからさ、もう国も命令する人間も居なくなったし、アンタを倒す為の聖剣もどっかいっちまった。だから都合のいい話だけどアンタに敵対する理由がもうないんだよ」
それに、とカイルは続ける。
「ここで暮らしてたらさ、話に聞く魔族や魔王とは全然違った。魔族は仲間同士でも平気で殺し合う残虐な種族だって話だけど、アンタ達はそこら辺の人間と同じでノンビリ暮らして、畑を耕して、魔物をペットみたいにして遊んでた。しかも毛玉スライムみたいな檄弱の魔物にすら餌にされるような奴を守って一緒に暮らしてる。俺達寄りよっぽど弱い者の味方じゃんか。なら俺達は何だったんだってなってさ、もう何が正しいのか分かんないんだよ」
ふむ、どうやらこの島で素性を隠して暮らす事で、カイル達は色眼鏡無しで魔族がどういう存在なのかを理解できたようじゃ。
「そうじゃな。魔族と言えど地上の民。多少喧嘩っ早い者はおるが、ただの一種族に過ぎんのじゃ」
まぁカイルが言う通り仲間同士で殺し合う者もおるんじゃけどね。でも空気の読めるわらわはそっと黙っておくのじゃ。
今良い空気じゃからな。
「だから、調子のいい話だとは分かってるけど、俺はアンタ達に逆らう気はない。散々魔物と戦って殺してきたんだ。今更って言われるかもだけど」
と、カイルは覚悟を決めた眼差しでわらわを見つめる。
「俺は、言われるままにアンタ達と戦ってきた。だから仲間を殺されたアンタ達に殺されるのも仕方ない。でも、この子は、シュガーは違う。この子は聖女だから戦闘には殆ど参加してない。殺すなら俺だけにしてくれ。俺ならどんな目にあわされても構わないから!」
「勇者様! 止めてください! 私は、私だって戦いました! 貴方だけが責任を感じる事なんて!」
「君の場合は襲ってきた相手から身を護る為にやっただけだ、殺す為に攻撃した訳じゃない」
どうやら勇者は全ての責任を負う事で聖女の助命を嘆願したいらしいが甘いの。
そもそもわらわ達を倒しに来たんじゃ、仲間の治療が主な役目だとしてもそれは間接的にわらわ達を殺す行動。
後方支援役だから許されると言う道理はない。少なくとも同胞をやられる敵にとってはな。
このあたりはまだ子供じゃな。
とはいえ、せっかく勘違いしてくれているのじゃからこの覚悟を利用させてもらうとするか。
「ふむ、お主が全ての責任を負うと言うか」
「ああ、だからシュガーを助けてくれ。ただ、一つだけ頼みがある」
「ふむ、聞いてやろう」
「一度でいい。故郷の母さんに会いたいんだ」
それが、気丈に振る舞っていた勇者が口にした最初で最後の子供らしい願いであった。