第148話 魔王、の下に来訪者なのじゃ
「何じゃ、また魔族が捕まったのか」
あれから数日、元人族の国には魔族達による散発的な襲撃が起きておるらしい。
「はい、入れ食いですね」
とリュミエが満面の笑みを見せるので我が国の者達にはもうちっと骨のある所を見せて欲しいものじゃ。
「また神器を狙ってか」
「そのようです。と言っても神器の隠された場所が分からずあてずっぽうに襲っているようですが」
「それはまた雑な仕事じゃのう」
神器のう。勇者達から取り上げてから行方が知れぬようで、人族の神殿でもようやくその事が露見して大慌てなのじゃとか。
なんでも教会の宝物庫から忽然と姿を消したそうじゃ。
というか、教会に宝物庫があるのはおかしくないかのう?
「本当はお主等がとっくに見つけておるのではないか?」
「それなら大々的に報じて我々が所有する正当性を高らかに謳っていますよ」
「それはそうじゃ」
つまり本当にエルフ達も神器の場所が分かっていないという事か。
これは少々マズいのではないかの。
「見つけたワウーーーーーーーーーーッ!」
「ん?」
その時じゃった。
突然聞き覚えの無い声、いや聞き覚えのあり過ぎる声が響き渡ったのじゃ。
「今の声は!」
わらわは魔力の波を広げ、音の主を探る。
すると沖から何者かが接近するのを察知した。
「リュミエ!」
「私の魔法警報にも反応しませんでした! 一体どんな転移魔法を!?」
リュミエの魔法の警戒網にも引っかからなかったということは間違いない。アレは……!
「魔王様ぁーーーーーーーーっ! 会いたかったワフーーーーーーーッ!!」
猛烈な勢いで接近してきたそれは、浜辺までたどり着くと天高く飛び上がった。
「ワッフーーーーーン!!」
そしてわらわに飛び掛かって来たのじゃ。
「魔王陛下!?」
突然の事にリュミエの反応が遅れる。
「ああ、心配せんでいい」
「魔王様ぁーーーーーっ! 魔王様ぁーーーーーっ! クンカクンカフンスフンス!!」
それは耳元で激しい鼻音が響き、わらわの体にこすりつけるように身を寄せてくる。
「やれやれ、ひさしぶりじゃなパルテーム」
「ワフッ! 会いたかったワフ、魔王様っ!」
わらわに纏わりついてきたのは、犬、いや狼の耳と尻尾を体から生やした少女じゃった。
「魔王陛下、こちらの方は……もしや」
おお、リュミエも気づいたか。
「うむ、我が国の幹部パルテーム=ノヴォガルムじゃ」
「ワフ! そうだワフ!」
このパルテーム、見た目の通り狼の獣人なのじゃ。
しかしただの狼獣人ではない。月狼という狼の獣人の中でも高位の種族に位置するのじゃ。
パルテームの先祖は魔王国建国前からの部下の家系でこやつは当代の当主じゃ。
「よくここがわかったの」
「ワフッ、魔王様の匂いを辿って来たワフ!」
ああ、やはりそうか。
「あ、あの、よろしいですか?」
と、リュミエが困惑した様子で話しかけてくる。
「この島にはわたくしの展開した魔力警戒網が敷かれています。どうやってそれを潜り抜けてこの島に転移してきたのです?」
魔法については人並み以上の実力と自負のあるリュミエは、パルテームがどうやって自分の警戒網を潜り抜けたのかが気になって仕方ないらしい。
「失礼ですが狼系の獣人は魔法技術にあまり明るくないと聞いているのですが……」
はっきり言えば脳筋種族じゃからの。
「警戒網ってなんだワフ? パルは魔王様の匂いを追いかけて泳いできたんだワフ!」
「は? 泳いで? それは警戒網の外から泳いできたという事ですか?」
「違うぞリュミエ。パルテームの泳いではそういう意味ではない。大陸から海を越えて泳いできたのじゃろう?」
「はぁ!? そんなバカな」
「その通りワフ!」
「はぁっ!?」
面白いくらいリュミエがはぁ!?しか言っておらんの。
「パルテームの種族の魔力追跡能力は尋常ではない。さらに言えば体力もな。聞いたことは無いかの、永遠の追跡者という異名を」
「……狼系の獣人の上位種族、月狼の二つ名ですね」
「その通りじゃ。パルの一族は一度臭いを嗅いだ相手がどこまで遠くに逃げようとも追いかける事が出来る嗅覚を持っているのじゃ」
「それは、普通の追跡の話でしょう? ここは転移魔法で行き来しているのですよ? 空間を隔てての移動ならば目的地までは臭いが途切れてしまうではないですか!」
「うむ。じゃからパルテームはこの島にいるわらわの匂いだけを嗅ぎ取ってここまで泳いできたのじゃ」
「なっ!? そんなバカな!?」
そんなバカなことが出来る種族なんじゃよなぁ。流石は上位種族というやつじゃな。
まぁ実際には嗅ぎ分ける事が出来るのは自分が心底気に入った人生におけるたった一人の相手の匂いだけらしいんじゃが、そこまでは教える必要もあるまいて。
「ふんふーん、魔王様の匂いー、クンカクンカ」
「本当にお主はわらわの匂いが好きじゃのう」
「ワフ! パルは魔王様の魔力の匂いが大好きワフ!」
パルテームの種族は魔力を臭いとして認識できるそうじゃ。
更にその魔力から個人まで特定できるというのじゃから大したものじゃよ。
魔法による犯罪が行われてもパルテームが現場の魔力の残滓を嗅げば犯人が分かってしまうのじゃから。
ただその優れた能力の分野生が強くなっておるようで、このように精神は幼いというか野生に近いんじゃよな。
最も、狼系の獣人にとってはそれが自然に近い存在として崇拝の対象になっておるのだとか。
「ワッフーン、久しぶりの魔王様だワフ」
「よしよし愛い奴め」
ここを知られた時はどうしたものかと思ったが、まぁパルテームなら問題あるまい。
こ奴はわらわ個人の魔力を気に入っておるからの。
住みたいというのなら好きにすれば良いし、故郷に戻るがたまに来たいというのならここの事を秘密にさせれば良かろう。
「あら、随分と獣臭い匂いがしますね」
「……」
忘れておったのじゃ。
「グルルゥ」
わらわに纏わりついていたパルテームが低い唸り声をあげる。
「これはこれは、パルテーム様ではないですか。このような場所で仕事もせずに何をなさっているので?」
「ガウッ! いじわるのリーメイア!」
「ほほほ、いじわるなどしていませんよ。ただ本当のことを言っただけですので」
バチバチバチと火花が散る光景が幻視される。
「そうじゃった。こ奴等ものすっごく仲が悪いんじゃった」