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第145話 魔王、の城の宰相は今日も悲鳴をあげるのじゃ

◆ヒルデガルド宰相◆


 魔王城は騒然となっていた。

 長年戦っていた人族の国がエルフ国と戦争を始め、負けてしまったからだ。


「これは面倒なことになりましたね」


 幹部達の多くも予想外の事態に困惑していた。 


「おいおい、これじゃ次期魔王の座を奪い合う競争はどうなるんだ」


 けれど中には空気を読まない脳筋幹部もいる。


「それどころではない。人族の国がエルフ国に支配されてしまったのだぞ」


「なら標的をエルフ国に替えれば良いだけだろう」


 若手幹部の浅はかな発言に頭痛がする思いの老幹部だったが、ふと気付く。


「そうか、代替わりをしてその地位を引き継いだお前達は、エルフ達と本格的に争った事が無いのだったな」


「どういう意味だよ」


「エルフとの戦いは割に合わんのだよ」


 老幹部の言葉の意味が理解できず、首を傾げる若手幹部。


「良いか、エルフはな、ある意味で我々魔族以上に野蛮な種族なのだ」


「エルフが野蛮!?」


 エルフと言えば鼻持ちならない上から目線のヒョロガリ種族、多少魔法に優れているようだが、肉体の強さは自分達の方が上。

 そんなエルフが自分達以上に野蛮、と言われてはもはや首をかしげるどころではない。


「いやいやいや、そりゃねーだろ。寧ろアイツ等は殴り合いよりも交渉でネチネチやってくるタイプだろ?」


「それも事実だ。しかしな、いざ戦争がはじまるとその嫌らしいやり口を戦争に全力投入してくる。何より、連中との争いは相手がエルフより損をしないと絶対に終わらんのだ」


 絶対という強い言葉にやはり疑問を抱く若手幹部。


「アイツ等はな、面子を何より重視するのだよ。他種族より長く生きる所為もあってな。いわゆる老害だ」


 いまだに幹部の座に居座ってるアンタがそれを言うか? と思わなくもない若手幹部だったが、それを言うとややこしくなるので黙る。野生の勘が面倒事を忌避したのだ。


「だからエルフの国と一度争いを始めると最初の内は優勢なんだが、気が付くと立場が逆転するなんて事はよくある事だった。しかも最初の内は勝っていたものだから、これ以上悪くなる前にこの辺りで手を引こうという決断が出来ず、もう少し状況をよくしてから停戦交渉を行おうと思わされてしまう。本当に厄介な連中なんだよ」


 もう聞いているだけでうんざりした気分になってきた為、若手幹部は強引に会話を切る事にした。


「それじゃどうすんだよ宰相様よ」


「……エルフの国と争うのは得策ではありません」


 最初に言葉を発して以降、幹部達の口論を放置して思考にふけっていたヒルデガルドはここに至ってようやく言葉を発する。


「けどそれじゃ次期魔王の座はどうなるんだ? エルフとの戦いが面倒としても、王不在は流石にマズイってのは俺でも分かるぜ」


「分かっています!」


 王の不在、それは本当に問題だった。

 これまでは人族の国との戦争と言う明確な目的があった事で魔王国内は一応の統率を保たれていた。

 しかし敵が居なくなった今、魔族達は目的を見失いバラバラに動こうとしていたのだ。

 いや、目的はある。自らこそが次の魔王になるという目的だ。

 そしてここで幹部達に楔を打ち込まねば、魔王国は分裂し、新たな魔王を決める戦国時代に突入するだろう。


(そんな事だけはさせるものですか!)


 ヒルデガルドは心の中で叫ぶ。

 彼女は文官としては優れているが、単純な武力では彼女以上の幹部は多い。

 そして彼女は知らないが野には表舞台には出てきていない名もなき強者もまた多い。

 これまでは魔王ラグリンドという絶対強者が居たからこそ、彼等は自分達では頂点に立つ事は無理と諦めていたのだ。

 だからこそ彼等は人族の国が魔王を討伐したと聞いてそんな馬鹿なことはありえないと様子を伺っていた。


 しかしいつまでもラグリンドが表舞台に現れなければどうなる?

 決まっている、これはもしかして好機なのでは? と動き出す事だろう。


 その事を知らないものの、武闘派幹部との敵対を畏れたヒルデガルドは必死で思考を巡らせる。

 そして彼女は希望を見出す。


「次期魔王を決める競争は……神器を手に入れた者に与えられると言うのはどうですか?」


「「「「っ!?」」」」


 神器と言う言葉に、幹部達の視線がヒルデガルドに集まる。

 ただしその視線に込められた感情は様々だ。


「それは現在神器を管理している国家と争えという事かね?」


「まさか、そんな無意味な事は言いません」


 事実、そのような事をすれば魔族対他種族との大戦争が勃発しかねない。

 神器は邪神に対抗する為に天上の神々が地上の民に与えた全世界共通の財産。

 それを一国が独占しようとすれば間違いなく共通の敵として狙われてしまう。

 寧ろ人族の国が人族達の為に神が与えたと言って一部の神器を独占しようとした事こそ危険すぎる振る舞いだったのだ。


「人族の国には勇者と聖女の所有していた二つの神器があります。これを手に入れた者が次期魔王という事でどうでしょう。先の勇者達の叛乱以降、神器の行方は不明となっていますから、これ等を奪い合ってもエルフ達と事を構える事にはならないでしょう」


「ふむ、悪くないな」


「同じく、隠された者を暴くは我等の得手にて」


 多くの幹部達がそれならと賛同の意を示す。


(よし、何とか国が分裂する危機は脱したわね)


 心の中で安堵するヒルデガルド。

 そして彼女には勝算があった。


(人族の国に潜り込ませた密偵によって勇者達の神器はどこかの教会に管理されている事は判明しているわ。であれば考えられるのは元人族の王都だった都市の大教会。あそこは人族の国の宗教権力者であるエプトム大司教の本拠地。エルフ達も神器を確保したという情報を発表しない以上、まだ神器はあそこにある!)


 勝利を確信しつつ、ヒルデガルド達は会議を終えた。


「あとは他の幹部が嗅ぎつける前に神器を確保するだけ! 今度こそ私の時代が来るのよ!」


 だが彼女は知らなかった。

 エプトム大司教こそ地上の民の天敵たる邪神の使徒だった事に。

 そして神器は神殿ではなく、彼の秘密の隠れ家へと運び出されていた事を。


 数日後、宰相の執務室からなんでよー! という悲鳴が上がることになるのだが、その頃には城で働く者達も慣れっこになっており、ああまたかと思いながらいつも通り業務に勤しむのであった。

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