第143話 魔王、久々の宴会をするのじゃ
エルフの国の騒動が終わって数日が経過したある日、島内に大きな魔力の鳴動が起きる。
「む、来たか」
このわざとらしい魔力の鳴動は先ぶれじゃ。これから誰かが転移魔法でやって来るというな。
腕の良い魔法使いなら、敵に気付かれるような転移はせぬ。
故にわざと知らせる事は、友人の家にやって来た時に呼び鈴を鳴らす行為、もしくは相手に自分達の強大さを知らせる為の行為と言えた。
とはいえ、ここはわらわがひっそり暮らして居る別荘なのじゃから、もう少し気を使ってほしかったのう。
いやわらわの張った結界がある故、魔力が漏れる心配はないのじゃが、まぁ気分の問題じゃ。
次いでわらわの城の傍に緑色のオーラを纏った転移ゲートが開く。
この色はエルフの公式な訪問を示すものじゃな。
通常のゲートは黒じゃが、魔力に余裕のある場合はこうして所属を示すように色を浮かび上がらせるのじゃ。
ゲートの中から現れたのは、意外にもリュミエじゃった。
「三日ぶりですね、魔王陛下」
「うむ、しかしお主が来るとは意外じゃったの」
リュミエはエルフ国の宰相じゃ。それがこんな僻地に正式にやって来るとはの。
それに今回やって来るのは世界獣の仔の世話役のみの筈。
そこにリュミエの姿があると言うことは、つまりリュミエがこの島に定住すると言う事になる。
「私以外の者に任せますと、陛下が入り浸りますからね」
成程、クリエが仕事をサボって遊び歩かんようにか。
「しかしそうなると本国の監視が手薄になるのではないかの?」
「ご安心を、本国には私が育てた部下達が居ますし、何より私が愛する妹の姿を見失う事などありえませんから」
「……そうか」
うむ、こやつの場合間違いなく本当の事を言っておるんじゃろうなぁ。
多分クリエの奴、本人も気付かないうちに追跡魔法を付けられとるぞ。それもかなり隠密性の高い奴が。
「リュミエール宰相閣下」
と、そこにエルフが割って入ってくる。
どうやらクリエのリュミエの付き人のようじゃな。
「世界獣の仔がお待ちです。早く植樹をしませんと」
「失礼ですよカリナーラ。魔王陛下の御前です」
しかしカリナーラと呼ばれた付き人はわらわを一瞥すると笑みを浮かべる。
「元、ですよね。今は力を大幅に失い魔王国を追い出されたそうではないですか」
ほう、言ってくれるのう。
「あの程度の勇者に敗北したとは、かつての歴代最強魔王の名が泣きますね」
カリナーラの言葉に他の付き人達も好き勝手言い始める。ふむ、これは……
わらわはちらりとリュミエを見るが、リュミエはこの者達を止める様子もない。
成程、そう言う事か。
「ははは、このような僻地に隠れ住むだけの事はあります。なんならこの島を我等が保護して差し上げましょうか? 貴方も一緒にね」
「ほう、それはよいのう」
わらわは島にかけた結界に影響を与えない程度に、力を解放する。
「「「っ!」」」
一瞬驚きの表情を見せた付き人達じゃったが、すぐに安堵の表情を見せる。
「ははは、本当に力を封じられているのですね。これなら魔王国をいつでも攻める事が出来そうだ」
「寧ろこの元魔王を人質にしてしまうのはどうですか?」
わらわはそっとこの者達だけを範囲に入れてもう一つ結界を作る。
今度はもっと頑丈な、わらわが本気を出しても島の者達が怯えぬような結界を。
「っ!?」
お、結界を張られた事に気付いたか。じゃがもう遅い。
わらわはもう一段階本気を見せる。
「「「っっっっひぃ!?」」」
その瞬間、付き人達の顔色が変わる。
まるで押し付けられるように地面に倒れると、ガクガクと震えて口から泡を吹きだした。
「おやどうしたのじゃ? わらわを島ごと保護してくれるのではなかったのかの? もしくは人質にとるのじゃろ?」
「「「……ぁ」」」
けれど付き人達は地面に倒れてビクビクと震えるばかり言葉を発する事も出来ないでいた。
「魔王様、この辺りで許していただけませんか?」
そこに割って入って来たのはリュミエじゃった。
「ふむ、別に構わんが、部下の不始末の責任はどう取るつもりじゃ?」
わらわは力を抑えて結界も解除してやる。
するとようやく付き人達は体の震えが無くなり、ゆっくりとじゃが体を起こす。
ほう、流石はリュミエの付き人。わらわの魔力を浴びてもう起き上がるか。
そして部下が全員立ち上がった事を確認するとリュミエはわらわの前で頭を下げた。
「魔王陛下、わたくしの部下が大変な失礼を致しました」
「「「宰相閣下!?」」」
仮にも一国の宰相が頭を下げた事に付き人達は騒然となる。
当然じゃろう。リュミエは宰相の立場にあるが、実質的にはエルフ国の影の最高権力者じゃ。
更にエルフは気位が高い。たとえ相手が貴族であろうとも他種族を見下す者は多い。
そんな気位の高いエルフの頂点に立つ者が王とはいえ他種族に頭を下げたのじゃ。
これはリュミエがわらわを上に見たという事に他ならん。
「宰相閣下顔を上げてください!」
「そうです宰相様!」
「貴女様がそこまでする必要は……っ」
「お黙りなさい」
「「「っっ!!」」」
付き人達をたった一言、それも怒鳴るでもなくただ平坦に言葉を発しただけで黙らせるリュミエ。
完全に格が違うの。
じゃが……
「茶番はそこまででよいのではないかの?」
「……バレました?」
わらわが声をかけると、リュミエはテヘッとばかりにおどける。
「で、一体何の為の悪ふざけだったのじゃ?」
宰相として、国の代表としてきたのなら、リュミエがあのような部下の暴走を許すはずがない。というかそのようなものを選出する筈もない。仮にそういった気持ちがあったとしても、それを腹の内に隠して微塵も見せぬ文字通りの腹芸ができねばな。
「この子達は優秀なんですが、どうにも魔王陛下への侮りがありまして。一応は腹の底に隠す程度の分別はあるのですが、相手の力量を測れないようではこの先どんな過ちを犯すとも限りません。ですので魔王陛下のお力を確認してみなさいと命じたのです」
ああ成る程、リュミエの無茶振りか。
こ奴らも上司の命令とあっては逆らえずあのような真似をしたと。
とはいえ、本心では侮りがあったからこそ素直に実行してしまったのじゃろうな。
その結果、自国の真の最高権力者がわらわに頭を下げるというありえない失態の原因になってしまった訳じゃが。
そう考えると先ほどのリュミエの叱責は、演技などではなく本心からの叱責だったのじゃろう。
相手の力も見極められぬ愚か者めというな。
自らの慢心と気位の高さ、そして力量不足がこのような事態を産み出したのじゃ、こやつ等も心底肝が冷えたことじゃろうて。
いや、むしろこ奴らの手綱を握る為にわざとやったと考えるべきじゃろう。
ともあれ部下の育成の為にわらわを利用した詫びは先ほどの謝罪で十分過ぎる程受け取った。
少なくともこの島にあってはわらわが最高権力者じゃと示すことが出来たのじゃからな。
「うむ、許そう」
「寛大なふるまい、感謝いたします魔王陛下」
「「「っ! 申し訳ございませんでした魔王陛下!!」」」
「よいよい、お主等もリュミエの部下として苦労しておるようじゃしな」
こ奴等も可哀そうにのう。他の貴族の部下だったならば、何の問題も無くエリートとして振舞えたじゃろうに。
相手がエルフ国で最も厄介な原黒狸じゃからのう。
「あら酷い。わたくしは部下をとても大切に可愛がっておりますよ」
「「「え?」」」
そして心底驚いたような付き人達の声。
「何か?」
「「「なんでもありません!!」」」
いや本当に可哀そうにのう……
「まぁよい。今日は歓迎の宴を用意しておる。楽しむが良い」
◆
「それでは、新たな住人に乾杯じゃ!」
「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」
宴が始まった。
島の住民達はわらわの乾杯の音頭と共に酒をあおり、新たな住人達に歓迎のあいさつをしにゆく。
「よろしくなエルフさん達」
「おんやまぁ、都会の人はオシャレな服を着てるだなぁ」
「ふふん、ちーっとばかし大きいようだが、この島の先輩はこの俺達だぜ!」
「よろしくねー」
幸い、島の住民達はエルフを知らぬ者やおとぎ話でしか聞いたことが無かったような者ばかりで、エルフ達に対して物おじせずに話かける。
「ど、どうも」
「よろしくおねがいします」
「ほれ、アンタ等も食いなよ! この海で取れた魚は美味しいよ!」
「あ、ありがとうございます」
気位の高いエルフ達じゃが、こうも無邪気に好意を見せられては意地の悪い事も言えず、成すがままとなっておった。
まぁこれ以上失態を晒すわけにはいかないという緊張もあってのことじゃろうが。
「キュイ!」
「ポン!」
そしてカツラ達も島の魔物達と交流をしておった。
「こ、こら! 足元に纏わりつくな! 危ないだろう!」
そしてどこぞの聖獣だけはいつも通り足元にまとわりつかれて困惑しておる。
やれやれ、こやつはいつも通りじゃのう。
「ふふ、ここは面白い場所ですね」
と、グラスを片手にリュミエがやってくる。
「魔族、人族、エルフ、獣人族、魔物、聖獣、そして世界獣、まるでこの世界のあらゆる種族を集めようとしているかのようです」
「ははは、そんなつもりはないぞ。勝手に集まっておるだけじゃ」
実際意図的に集めた訳ではないしのう。
「それが貴女の徳なのでしょうね。自然と人が集まる、王の資質」
「そんなものは求めておらんのじゃがなぁ」
「あら、魔王陛下が新しい国を建国なさると言うのなら、私はいつでもお力添えをしますよ」
「いらんいらん」
建国時にエルフの国の陰の実力者が入り込むとか、ぞっとせんわい。
「キュイ!」
「む? どうしたのじゃ?」
気の置けない雑談をしておったら、カツラ達がわらわの元に集まって来た。
「魔王様ー、この子達魔王様にお願いがあるんだってー」
「わらわに?」
というか毛玉スライム達はカツラ達の言葉が理解できるんじゃのう。
「何といっておるのじゃ?」
「この子達、自分もカツラちゃんみたいな名前が欲しいんだってー」
「なんじゃと?」
名前が欲しいとな?
「名前を貰ったのはカツラちゃんだけだから、自分達にも名前を付けてって」
いや、わらわは個人に名付けたつもりは無かったのじゃが……どうやらカツラ達の間では一番近くにいた者が名付けられたと勘違いしてしまったらしい。
むー、どう説明したものか……
「魔王様―、皆にも名前をつけてあげてー」
モフモフとした毛の中からクリンとした目玉でわらわを見つめてくる毛玉スライム達。
どうように目は見えぬがわらわを見ている事が伝わるカツラ、いや世界獣の仔達。
「そ、そういうのはリュミエに付けて貰った方が良いのではないかの? ほれ、世界獣の世話役なのじゃし」
流石にここに居る毛玉達全員の名前を考えるのは手間じゃ。
ここはリュミエに押し付けるべきじゃな。
「まぁ! 流石は魔王陛下! 世界獣の仔から直々に名づけの名誉を頂くとは! 流石です! 我々従者程度では分不相応な栄誉を賜るとは素晴らしい事です!」
あっ、こやつ面倒だからと逃げを打ったな!
「それではわたくしは神聖な名づけを邪魔しない様に場所を変えますね!」
「あっ、こら待て」
しかし足元の毛玉スライムとカツラ達にあしを取られている間に、リュミエには逃げられてしもうた。
というか走っていないのになんという速さじゃ!
「あやつめ~!」
「どきどきー」
「キュイー」
「わくわくー」
「キュー」
……はぁ、仕方がない。
「分かった分かった。名付けてやるわい! 気に入らなくても怒るでないぞ!」
観念したわらわは世界獣の仔達を並ばせると、名前を付ける事になったのじゃった。
「ええとお主はエクステ、お主はウィッグ、お主はマスカラ、お主は……」