第138話 魔王、を知らぬ仇敵同士の争いが始まるのじゃ
◆ドワーフ軍◆
森に覆われた過酷な道なき道を彼等は豪快に進んでいた。
ドワーフ王国対エルフ特務部隊。
彼等は仇敵エルフとの長きにわたる戦いに寄って産み出された対エルフ特化の特殊部隊であり、その乗騎もまたエルフの支配地で活動する事に特化した性能をしていた。
魔導機馬、ドワーフの欠点である足の遅さを補うために作られた錬金術の極み。
その金属の馬は、どんな荒れ地や毒沼といった危険地帯であろうともためらわず進み、時に崖すらも登ることができるドワーフ国の最高機密の一つであった。
だが真に機密とされているのは、内蔵された魔術攪乱機構。
魔力を乱す事で魔法を無効するという破格の魔法使い殺しの装置だ。
最も、術者によって制御された攻撃魔法を無効化する事は出来ず、あくまで弱い魔法を無効化する程度の、実戦運用には程遠い品であった。
だが、ことエルフ達の常套手段である、植物を介した監視術式を乱すには十分な効果を持っていたのである。
「アレがエルフ共の秘密兵器か……」
森の中を出たドワーフ達のリーダーが忌々し気に語る。
その視線の先には、巨大な動く山脈の姿、すなわち世界獣の威容がそびえ立っていた。
「まさか奴らがあのような兵器を隠しもっていたとはな」
その異常な光景には、さしもの特務部隊の長も気圧される。
「アレで我が国を攻められていたら、被害は甚大なものになっていた事だろう。貴殿の情報提供を感謝するぞ」
と、ドワーフ達のリーダーが隣の魔導機馬に乗る人間に声をかける。
「感謝する必要はありません。アレは我々人族にとっても危険な存在ですからね」
そう答えた男は、森の中を強行軍してきた軍隊の一員とは思えぬ格好をしていた。
そう、その格好は教会に仕える司祭のそれだ。
しかもその装飾は明らかに高位の司祭のソレ。
「謙遜する必要はない。我等ドワーフは働きに見合った評価をくだす。エルフ共と違ってな」
そう言われて苦笑する司祭。
「あれの情報の価値は非常に高い。それこそエルフ共に侵略された貴殿の国の復興を認めてよい程にな、エプトム大司教」
名を呼ばれた男は穏やかな笑みを浮かべる。
「既に言いましたが、私は国の復興を求めたりはしませんよ。支配者が変わる事になろうと、民さえ幸せならばね」
「ふん、坊主の言いそうな言い回しだ」
エプトム大司教と呼ばれた彼の姿は、間違いなくリンド達によって倒された邪神の使徒のそれであった。
何故死んだはずの彼がここに居るのか。それは非常に簡単な理由である。
(これでエルフとドワーフを争わせる本来の目的は達成されそうですね)
そう、彼等がエルフの国に侵入した理由とは、不倶戴天の敵同士であるエルフとドワーフを戦わせることにあったのだ。
(まさかエルフ達の機密である世界獣があのような化け物とは思いもしませんでしたが、寧ろそのおかげでドワーフ達も本気で戦う気になってくれたので僥倖と言えるでしょう)
人好きのする笑みの裏で、邪悪な笑みを浮かべるエプトム大司教。
(ドワーフ達の錬金術技術は素晴らしい。今でこそ沈静化しましたが、かつてエルフ達との大戦争で使われた数々の大量破壊兵器が再び放たれれば世界は邪神様の求める混沌の世となる事でしょう)
「まもなく射程に入る! 魔導法陣台設置を設置せよ! エルフ達の襲撃にも備えろ!」
「「「「はっ!!」」」」
ドワーフ達は魔導機馬から降りると、機馬を移動させて円陣を組む。
「「「「魔導法陣台展開!」」」」
直後、馬の形をしていたそれが展開し、ドワーフ達の背よりも高い小型の塔へと変化する。
「おお、これが!」
エプトム大司教が感嘆の声を上げると、ドワーフ隊のリーダーはニヤリと笑みを浮かべて応える。
「そうだ! これこそが対エルフ用大規模魔法兵器、魔導法陣台だ! 魔法杖隊 射撃準備!」
「了解! 射撃準備!」
後方に控えていたドワーフ達が自分の背丈よりも長く、棍棒のように太い魔法の杖を構える。
「魔力増幅装置起動!」
すると、ドワーフ達が展開した魔導法陣台から光の帯が流れ、それぞれの法陣台同士を繋いで円を成す。
そして光の帯の縁からドワーフ達の魔法杖に細い帯が伸び、魔力が伝達されてゆく。
「魔力チャージ!」
魔法が使える者がこの光景を見たら、法陣台から供給さる魔力の量の異常さに気付くだろう。
明らかに並の魔法使いに使える魔力量ではない。
それがこの場にいる魔法杖を構えた兵士全員に供給されているのだ。
「報告! エルフ共が来ました!」
「ふん、ようやく気付いたか枯れ枝エルフ共め」
ドワーフ特有のエルフへの悪態をつきながらも、リーダーは動揺を見せない。
「エルフ共を迎撃しろ! 魔法杖部隊はチャージ続行!」
「「「「はっ!」」」」
すぐさま魔法杖部隊以外のドワーフ達がエルフ達の迎撃に動く。
半数は迎撃を、もう半数は本陣の防御を担当する。
「ドワーフ共め! 我等の森に鉄臭い身で入り込むとはな! すぐに森の肥料にしてくれる!」
「はっ! 肥溜めになるのはお前等の方だ!」
エルフとドワーフ達の戦いが始まる。
その光景はすさまじく、エルフ達の放つ圧倒的な魔法と、それに劣る事ないドワーフ達の錬金兵器の応酬。
エルフの放った巨岩を貫く程の高密度の魔法を、ドワーフの騎士の構えた錬金技術の粋の盾が防ぐ。
対してドワーフが放った恐るべき貫通力を持った魔法杖の一撃を、エルフが三重展開した小型防御障壁によって完封される。
「「くっ!」」
エルフ、ドワーフ、双方の指揮官の忌々し気な声が重なる。
二つの種族は長きにわたって争い続けて来た。
同時に、お互いを滅ぼす為に自らの技術を磨き上げてもきたのだ。
だがそれ故に双方の技術はお互いの事を知り尽くした進化を遂げており、完全なメタ対策の応酬の様相を呈していた。
「魔力チャージ急げ! エルフの兵器を破壊するのだ!」
「魔力の充填をさせるな! 世界獣をお守りするのだ!」
互いの目的は同じ。違いはその対象への行動が破壊か守護か。
だがもう一つ違う事があった。
それはドワーフ達はエルフと世界獣の二つの目的に戦力を割かねばならないが、エルフ達はドワーフ達だけに専念すればいいからだ。
故に、戦いの天秤はエルフ達に傾きつつあった。この瞬間までは。
ドゴォォォォォォン!!
突如、轟音によって世界獣の体の一部が吹き飛んだ。
「なっ!? ドワーフ共の兵器か!?」
仇敵の攻撃を防げなかった事でエルフ達の間に動揺が走る。
だがそれはドワーフも同じだった。
「なんだ? まだ我等は何もしていないぞ!?」
双方の勢力が困惑する戦場の中で、一人法衣の男だけが暗い笑みを浮かべていた事に気付く者はいなかった。